憧れのあの人

「よ、紅、それと聖も。お疲れ様」

「……あ、昴」

「……ほんと、疲れたよー」


 しばらくの間、紅と聖が会場に咲く二輪の可憐な華としてあちこちから大人たちに話しかけられ続け、すっかり微笑の表情に面の皮が固まった頃……人が途切れた頃を見計らっていた昴が近づいてくる。


「それで、みんなはどうしてる?」


 紅が気にしているのは、天理の客としてここに居る他の皆。

 それぞれ天理の計らいによって貸衣装に身を包んでいる皆は……特に雛菊や深雪の愛らしさなどは紅たちに引けを取るようなものではなかったため、同じように大人たちに捕まっていないだろうか、ちゃんと食事にありつけているだろうかと、ずっと気にしていたのだが。


「ああ、大丈夫。皆、思い思いに食事摂ってるよ。さすがに子供の食事を妨げるような人は居ないみたいだね、皆暖かく見守っているだけだったぞ」

「そっか……なら良かった」

「むしろ思うように食えてないのはお前たちくらいだな、ほら、とりあえず食っとけ」

「わ、昴ありがとー、気が利く弟を持ってお姉ちゃん嬉しい!」


 そう言って、いくつか取り分けてきた料理を手渡してくる昴。とりあえずと言いつつ、その皿にはきっちり二人の好みを把握したメニューが載っていた。

 紅も聖もそんな気遣いをしてくれる幼なじみに礼を言って、ようやく手が空いた今の隙に食事を摂る。


「しかしまあ、二人とも見違えたな。綺麗だぞ」

「えへへ、ありがとー。でもこんな立派なドレスは初めてだから、飲み物とか溢さないかずっと緊張しっぱなしだよー」

「あはは、すごくわかる……でもありがとう、昴も似合ってるよ、かっこいい」


 格好を褒められた返礼として、そう、紅は友人を何気なく褒める。親しい人物の登場にホッと気が抜けたため、その表情は自然と笑顔になっている。


「……だからお前、そうやって無防備な」

「ん?」

「……いや、まあ、何でもない」


 紅が、何故か目を合わせてくれない昴に首を傾げる。聖が、そんな双子の弟の様子を見て隣でくすくすと苦笑しているものだから、尚更だ。


 だがその言葉は決してお世辞などではなく、確かに昴の姿は様になっていた。



 さすがに昴までパーティードレスなどという事はなく、今の彼はホテルのレストランなどに入店するのが問題ない程度のドレスコードを意識した、ジャケット・パンツスタイルだ。


 それでも、きちんと髪を撫でつけて服装を整えたその姿は……今はもう娘のドレス姿で萌え尽きていた状態から復活し、挨拶周りをして来賓のマダムたちをポーっと惚けさせている、まるで映画俳優みたいなスーツ姿の要を若返らせたならば……たぶんこうなるだろうと思えるほどに、美男子といって差し支えない。



 ないのだが……


「でも、一緒にこの場にいる昴と同年代の男子がっていうのは、ちょっと大変だよね」

「まあ、別に注目されたい訳じゃなし、助かっているからいいけどな」


 紅の同情まじりの言葉に対し、昴は特に気にした様子もなく、むしろ心底安堵したようにそう言って眼鏡の位置を直す。


「お前や聖はとは別ジャンルだからそうもいかないだろうし、むしろ僕がお前たちに同情するぞ」

「本当だよ、あいつの妹とかサプライズで出てきて、会場の注目全部持っていって欲しいよね……」


 昴の心底同情する言葉に苦笑しながら、三人はパーティー会場、その中でも盛況な一角へと目を向ける。

 そこには大勢の女性客に囲まれ、しかし嫌な顔一つせずに穏やかに対応している銀髪の青年……玖珂玲央と名乗った彼の姿があった。


「はー、彼、すっごいねぇ……」

「あれ、絶対社交会とか慣れてる奴だよな……」


 聖も昴も、ただただ玲央のその完璧な貴公子ぶりに感心している。

 確かに、あれはきっと子供の時からずっとそういう環境……常に人の目を意識せざるを得ない環境に居たとしか思えない。


 そんなふうに、会場内を眺めていると。


「まぁ、実際慣れているじゃろうからな。あやつはちょっと特殊じゃろ、参考にはしても気にする必要はないぞ」

「あ、母さん、お疲れ様」


 そう、苦笑しながら紅たちを諭すのは、挨拶周りから戻ってきた天理。


「それより……ほれ、来るぞ。紅はあやつと話をしたがっていたじゃろ」

「あ……」


 視線の先で、紅たちに気付いた玲央が、婦人がたに断りを入れてこちらへと向かってくる。同時に……その背後に控えていた、彼の祖父である大柄な男性も。



 ――アウレオ・ユーバー。紅たちが通う杜之宮学園の理事長にして、フルダイブVR技術の祖である、天才科学者。そして……紅が憧れる、目標の人物。



「……紅ちゃん?」

「ひ、ひゃい!?」

「……ダメだこりゃ、ガチガチだな」

「こやつ、昔からあやつに心酔しておったからのぅ……」


 そんな彼がまっすぐこちらを見据えて歩いて来ていることに、この時点で紅はすでに頭の中が真っ白になるほどに、ガチガチに緊張していたのだった――……

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