クロマグロ(仮)を討て!

 ――合流後、地下空洞を一通り探索したルアシェイア一行。


 どうやらエリアとしては、やはり外れらしい。めぼしい財宝や隠し通路などは無く、何の成果も得られそうになかった。


 だが……




「シッ、奴が居たです」


 そう、先頭で岩陰から先を覗きこんでいた雛菊が、後ろの皆を手で制し、声を潜め報告する。


 クリムたちも同じく気配を殺し、その先を覗きこむと……



「あれは……どうやら、トラップを仕掛けているらしいですね」


 見覚えのあるグロテスクなヒトデを、パラパラと水溜りに放り込みながら歩いているクロマグロ(仮)。


「あのヒトデ、奴が仕込んだものだったか……おのれ、まんまと誘い込まれたとは我ながら不覚」

「……なんだか、ちょっと可愛く見えてきた自分が悔しいわ」

「奇遇なの、フレイヤお姉さん。ちょっとマメなとこが好感持てるの」


 そう、ヒソヒソと会話していると……どうやらこの場での作業は終えたらしいクロマグロ(仮)が、クリムたちの方へ背を向けて移動を始めた。


「さて……どうする」

「今なら、不意を打てるです」


 フレイと雛菊の提案に、しばし考えるクリム。

 正直、戦いたくない。気持ち悪いし。

 だが、千載一遇の好機なのも事実。


「……よし、仕掛けよう」


 葛藤は、一瞬。

 すぐにゲーマーの性に従って、皆に戦闘準備の指示を出す。



 コメント:調べないの?

 コメント:情報大事

 コメント:エネミー詳細希望



「っと……それもそうじゃな、リコリス、頼めるか?」

「うん、やってみるの」


 そう言って、最も偵察技能が高いリコリスがクロマグロ(仮)の情報を調べ、出てきたその情報ウィンドウを他者も見られるように可視化する。


 皆、リコリスが開いた情報を興味津々に覗き込む。

 そこには……



 ———————————


【サーモンリバー=カトゥオヌス十三世】


 海底にあると言われるブリディッシュ王国トゥナン州に存在する、サーモンド辺境伯家の三男坊。家を出奔して己の腕で立身出世を誓い、現在では王国直属の暗殺集団ブラックイールに所属している。

 確実に止めを刺したと思ってもいつの間にか隊に復帰しているため、『不死身のヒドラ』の異名を持つ。


 現在、■■■■に出向中。



 強さ:推し量れそうにないほどの相手だ。


 ———————————




「「「お前は何者だぁあああああああ!!?」」」

『ギョギョーッ!?!?』


 あまりに情報過多なその解説に、不意打ちも忘れ、思わずツッコミを入れてしまうクリム達一行。

 ビクッと驚きながら臨戦態勢を取ったカトゥオヌス十三世 (クロマグロ)との戦闘の火蓋が、なし崩しに切って落とされたのだった。



 ……


 …………


 ………………



 ――ズズン、と地響きを上げて、洞窟内に崩れ落ちる三メートルを優に超える巨体――カトゥオヌス (マグロ)。


「手強い相手だった……」


 額から滝のように流れる汗を手の甲で拭いながら、勝利の余韻よりもむしろ恐怖が強く浮かんだ顔で、クリムが呟く。


「何度かもうダメかと思ったよぅ……」

「敵ながら、天晴れでした……」


 それに、すっかり疲弊した様子のフレイヤと雛菊も重々しく頷いた。


「ああ……まさか、こんな水が少ない洞窟内であそこまでの水属性大魔法を使うとは」

「口からの水鉄砲も、恐ろしい威力と精度だったの……」

「びっくりするくらい、多芸なやつだったわね……」


 すっかりMP切れなフレイやリコリスら後衛組、そしてそんな彼らを守るためにボロボロになったカスミも、その奮戦をただただ称賛する。



 コメント:ふざけた名前と姿だったが、漢だったぜ

 コメント:何という武士もののふ

 コメント:一騎当千とはこのことか



 視聴者コメントでさえも、その健闘を称えるものばかりであり、いかに激戦だったかを物語っていた。




 ……何はともあれ、戦利品だ。


 クリムが皆を代表して、いそいそと戦利品をチェックする。


 まず出てきたのは……繊細な白いサシが入った、キラキラと透明な水に見えるほど澄んだ脂の滴る魚肉。


細雪ささめゆきの大トロ】


「これは、S級食材……!」

「知っているのか委員長!?」

「はい……味覚エンジンをフル活用して現実では再現不能とまで言われる旨味、食感、その他諸々を、プロの監修のもとで『こんな食材あったらいいな』を限界まで理想を追い求めたご都合食材。現実すら凌駕するあまりの美味しさに、市場では目が飛び出るほどの価格で取引されるというあの……!」



 カスミの解説に、皆がゴクリと唾を飲み込む音が洞窟内に響いた。


 肉類はほとんどがNGなクリムでさえ、香ってくるキラキラと流れるような脂の芳醇な香りに、涎が後から後から湧き上がるほどだ。


「う……売るか皆で食すかは後で決めるとして、次にいくぞ?」


 後ろ髪を惹かれつつ戦利品収納袋にトロを詰め込み、次の戦利品を確かめる。


 そこには……



【ブラックダイヤモンドキャビア】



「……は?」


 クリムが、思わず疑問の声を上げる。

 周囲では皆も、その頭上に疑問符を乱舞させていた。

 それはやはりS級食材……そして言わずもがな、


 その後も出るわ出るわ。


【黄金のトロサーモン】

【千年尾の身】(※尾の身:鯨肉のうち、背鰭から尾にかけての霜降りの部位)

【淡雪テッポウ】(※テッポウ:フグ肉の別名)


 他にも、次々とドロップアイテムから出てくるS級食材たち。


 コメント:ひと財産になるな……

 コメント:正直羨ましい……

 コメント:旨そう……


 そんなコメントのざわつき通り、これだけの量を金銭に換えれば、クリムたち皆が欲しいものを一つずつ購入してなおお釣りが出るほどの収入だが……


「……なぁ、あやつ、何者?」


 しみじみと呟いたクリムに、皆、視聴者までもが深々と頷いたのだった――……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る