レイドバトルを終えて
――邪竜は地に落ちて、もはや動かない。
そうして苦難を乗り越えたプレイヤーに待っているのは……そう、悲喜交々のドロップ品確認の時間であった。
ドロップ品は、大規模レイドバトルの場合プレイヤーごとにそれぞれ個別に処理される。
当然、中には運悪く残念な結果となるものも多いが……スザクは幸い、その点はかなり恵まれていた。
まず、嬉しい誤算だったのが、邪竜の口内で入手した黒い魔剣は、正式にスザクの所有物となった。
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【魔剣グラム・偽典】
邪竜の体内で魔力を浴び続けた、元は邪竜ファーヴニルに喰われた誰かの遺したもの。
内包する魔力に比べ剣本体の性能が不十分であり、鍛えていくことでその真の力を発揮できるようになるであろう。
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どうやらこの武器は、強化していくイベント武器の最初期のベース武器らしい。
もっとも、邪竜から採れる素材がまだまだ必要で、その必要素材数を見て、そっとウィンドウを閉じたが。
その他、【ダークドラゴン・ブレストプレート】という、今スザクが着ている紅く変貌した衣装によく映える黒いスケイルアーマーと、【ドラゴントゥース】という竜の牙を加工したらしい、サブ武器にちょうど良さそうなショートソードも手に入った。
そして、そんな当たりっぽい戦利品にホクホクと頬を緩ませていた最中――視界の端に、公式によるメッセージが流れた。
【プレイヤー名『スザク』が『竜血の勇者』の称号を取得しました】
「ちょっと待てええええええぇい!?」
油断していた。
スザクはてっきり、このテの称号は二人の少女が得るものとばかり考えて、気楽にしていた。
サーバー全体に流れるワールドメッセージに晒し者にされ、呆然とするスザク。
「あっはっは、おめでとー勇者クン!」
青髪の錬金術師猫が腹を抱えて笑いながらバンバンと肩を叩いてくるため、周囲の者たちがスザクを件の『勇者』と認識し、生暖かい拍手を送ってくる。
「いや、でも俺なんかより、そっちの子らのほうがずっと活躍していたと思うんだが」
そう言って、チラッと雛菊、リコリス両名に助けを求めるように視線を飛ばす。
「私たちは、辞退したです」
「これでも魔王様のギルドの幹部なのですからね」
二人はそう告げると、満面の笑顔で祝福してくる。
「あ、そ、そうなんだ」
「ちなみに、その子らは四天王ポジだから」
ジェードの説明に、むしろストンと腑に落ちた。
やけに強い子らだと思ったら、なるほどやはりトップもトップの上級者だったのだ。
「まぁ、勝てたのはかなりの割合でお前たちのおかげだからな」
「ヤバい時、持ち堪えてくれてありがとー!」
「今後の活躍期待してるぜ、ニュービーの勇者様!」
少なくとも、周囲の好意的なプレイヤーたちからは温かな言葉と拍手が投げられ……どうやら、もう辞退もできないらしいと、複雑な笑顔を浮かべ肩を落とすスザクなのだった。
――そんな騒ぎも一段落して。
始まりの街ヴィンダムは危険になるからと、連れであるダアト=クリファードのために数日間分、無制限交流都市ヴァルハラントの宿屋で取った部屋。
すっかり目立ってしまい、落ち着かない外からようやく戻ったスザクを待っていたのは……猛然と懐に飛び込んできた少女の体当たりだった。
「おめでとう、スザク!」
ニッコリと満面の笑みを浮かべ、そう真っ直ぐに祝福してくる少女。その様子についつい照れてしまい、スザクが目を逸らす。
「……見てたのか?」
「うん、宿で中継してたから、ずっと観てたよ」
なるほど、と納得する。たしかに、ロビーと……客室にも、動画視聴用のモニターがある。
「あの……お疲れ様。かっこよかったよ、スザク」
「……いや、格好良くはなかっただろ、あれ」
「私にとっては格好良かったの!」
「……なんだそりゃ」
そう、真っ直ぐにスザクを見つめて主張する少女に、ついつい苦笑する。
「はぁ……まあいい、腹減ったろ、打ち上げにどっか飯食いに行くぞ」
「うん! ……きゃ!?」
そう言って歩き出したスザクに喜びついてきたダアトが、次の瞬間躓いて転びそうになる。
「おっ……と、大丈夫か?」
「う、うん、ありがとう。なんだか足元が……」
咄嗟に受け止めたスザクは、その原因……ダアトの足元に屈み込んで、検分する。
「……ベルトが切れてるな」
彼女が履いていたのは、スザクが初めて会った時に履いていた白いサンダル。
大事に、何度も洗いながら使っていたのであろうそのサンダルの、足首を支えるベルトが、見事に千切れていた。
――どうやら、今日は出歩いていないというのは本当らしいな。
特に洗ったような形跡もなく、彼女のサンダルにも、彼女の白く小さな足にも、汚れなど見当たらないことを確認して、スザクが内心で独り言つ。
――ならば、あの時の声はやはり幻聴……?
「……スザク?」
「……あ、悪い。仕方ない。先に靴屋を見に行くか」
「いいの!?」
ぱあっと表情を明るくするダアトに。
「そりゃまあ、必要なものだしな。修理できるかわからんし」
「あ、でも裸足で歩きたくない。スザク、おんぶして」
「……はいはい、仰せのままに、お姫様」
呆れたように言いながら、スザクは彼女をひょいっと米俵みたいに肩に担ぐ。
「むー、お姫様って言うならもっと丁重に扱ってくれても……」
そんなことを、担がれながら愚痴っている少女に……スザクは、こんな仮想世界での日々がすっかり日常になるほどに馴染んでしまっていること、そしてそれをすっかりと満更でもなく思っていることに、つい苦笑するのだった。
◇
大会も終わってしばらく経った、ヴィンダムの街……夜もまだ暗い戦場跡の開拓区画。
クリムが一人訪れたのは、戦場になった森の片隅、邪竜ファーヴニルの被害を免れて残った森の中――大会中に、不審な少女の姿を見つけた場所だった。
湿気が粘土質な地面に残り、泥がぬかるんで靴にまとわりつく不快さを感じながら、向かったその森の中。
夜の闇の中、目を凝らして見つめた先に――目的のものは、あった。
――それは、女の子のものと思しき、小さなひとり分の足跡。
サンダルのものと思しきその足跡を追っていくと、途中で街の外壁を乗り越えて、外へと向かっていた。
「……街の中には居らんのか?」
僅かに残る、乾いた泥の足跡が向かった先を見据え……最後にそう呟きを残したクリムもまた、闇の中へと姿をくらませるのだった――……
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