複合スキル

 ――配信から、数日が経過したある日の夜。




 もうだいぶ慣れてきたリモートの授業も終え、さらには『Destiny Unchain Online 』のほうも皆ログアウトした夜更け……クリムは一人リビングのソファに寝転がりながら、様々なウィンドウを開いて眺めていた。


 自身のステータスのほか、ワールド全体の情勢図や、現在ここまでに得たポイントによって建造が始まった自警団屯所や外壁の状況……そんなものと睨めっこしながら苦い顔をしていると……


「クリム、こんな遅くに何をしているんだ?」


 不意にソファの背もたれの向こう側から掛けられた声。そこにはいつの間にか、もう何時間か前にログアウトしたはずの姿があった。


「ああ、フレイか。お前こそ明日学校なのにログインしていて大丈夫か?」

「はぁ……自分で登校しなくていいお前は気楽だな」

「はは……悪い」


 呆れたように溜息を吐く幼なじみの青年に、クリムが軽く謝って……ソファにきちんと座り直し、端に寄って、隣に座るようフレイを促した。


「丁度良かった。フレイに見てほしいものがあったんだ」


 そう言ってクリムはステータス画面を他者にも閲覧できる可視モードに切り替えて、言われたまま隣に腰を下ろしたフレイの前に投げ渡す。


「見てほしいのは、ベーススキルのとこなんだよ」

「へぇ、どれどれ……?」


 そう言って、フレイが興味津々といった様子で覗き込んだクリムのステータスウィンドウ。そこには……



 ――――――


 生命力(VIT) : 50/100(+15)

 精神力(MND):100/100(+30)

 筋力 (STR) : 65/100(+35)

 魔力 (MAG):100/100( +50)


 マジックエンハンス --/100(NEW!)


 ――――――


 特筆すべきは、カンストの青文字で記された【精神力】と【魔力】か。


「これは……お前、いつの間に」

「あはは……皆が眠った後に、ね」


 クリムのスキル熟練度合計はすでにマックスである1200に到達しており、今は不用なスキルを減衰設定にして調整しているところだ。


 そんな中、夜中、就寝前に魔法を使いまくって最大まで上がった二つのベーススキル……そして他にも、影魔法と闇魔法も今やマスター寸前だ。


「で、さ。そんなことは問題じゃないんだ。問題はこっちなんだよ」


 そう言ってクリムが指差したのは……ベーススキルの主要四つのステータス下に現れた、新たなスキルにあった。

 そこをタップすると、別の小窓が開いてスキルの詳細情報が現れる。


 ――――――


 マジックエンハンス --/100(未解放)


 習得条件: 【精神力100 】【魔力100】

 習得ボーナス:精神力+10 魔力+10


 このスキルを解放した場合、【精神力】【魔力】は初期化され、このスキルに統合されます。

【警告:このスキル上昇率は、元となるスキルの1/2へと低下します】


 ――――――



 毒々しい赤色で記された注意書き。


「低下するのは上昇率か……」

「な、嫌だろ?」


 クリムの言葉にフレイも同意して頷き、二人揃って顔を顰める。


 確率が二分の一ならば、これまでの倍修練に励めば良い……というわけではないのだ。




 スキル上げにおいて、何がモチベーションになるかというと……それは、スキル上昇の黄色い文字で表示されるログを見ることだとクリムは思う。

 逆に全くスキル上昇が見込めない場合、本当にこれで上がるのだろうかという疑心暗鬼がプレイヤーを襲い、そのモチベーションは著しく減退するのは避け得ない。


 だが、例えば魔法を一回使用して【精神力】や【魔力】が1上昇する確率を仮に2%とした場合、100回魔法を使用してこれらのスキルが1上昇する確率は、だいたい87%ほどになる。


 一方で、上昇確率が二分の一の【マジックエンハンス】の場合……100回魔法を使用してスキルが1上昇する確率は、約63%まで落ちる。


 つまり、100回魔法を使っても一回もスキルが上がらない確率が非常に高くなるのだ。その虚無期間の長くなる可能性というのは、スキル上げ当事者にとってはあまりにも辛い。



 それに……リソースにも限りがある。最大MPが上がりにくいということはさらに試行回数は低下し、事は『倍時間掛かる』というだけでは済まされない。相乗効果によって、再び同じ数値まで帰ってこられるまでには長い月日が必要となるだろう。




 だが……


「それでも、取らざるを得ないんだよねぇ」

「そうだな……先を考えると、それは必須だろう」


 苦々しく呟いたクリムの言葉に、同じく渋い顔をしたフレイが頷く。


 完全スキル制というものは、それぞれのプレイヤースタイルを工夫させるために、合計スキル上限がかなり厳しく制限が掛かっているのだ。


 その中で、二つのスキルが統合され一つになる……つまりこの【マジックエンハンス】を100まで上げ切ってしまった場合、精神力と魔力をそれぞれ100にした場合よりも、100の自由に振れる熟練度が浮く。


 ……それは、頂点で争ううえでは何よりも大きい。


 その100という数値は、レアな装備よりも何よりも、喉から手が出るほどに欲しい100なのだ。



 そして今はまだ、トップを走っているアドバンテージがあったとしても……やがて時間が経てば、これを持っているのが当たり前の環境になっていくのは、想像に難くない。


「問題は、しばらくの間私が弱体化するわけだけど」

「……人数に余裕の無い僕らには痛手だな」

「うん……それに、フレイや……あと雛菊もそろそろだよね?」


 その言葉に、フレイが苦々しく頷く。

 二人は取得スキルが特化している分、上昇が早いのだ。


 だが、ルアシェイアのメンバーはそれぞれ精鋭と言っても過言ではない、クリムとしては自慢したくて仕方がない者揃いだが、層が致命的に薄い。誰かが戦線離脱する際に控えが居ないのだ。


「幸い、他のギルドがこの辺りまで勢力を伸ばしてきている様子は無いが……つい数日前に龍骨の砂漠が『S.SABAKUS.SOS.SO団』ってとこに支配されたな」


 自らも勢力図を呼び出し、それを眺めて唸りながら、

 そんな報告をするフレイ。


「シュヴァルツヴァルト横の鬼鳴峠はまだ無所属なんだね……なら、ランキングマッチもまだ再来週だし、防衛戦が無い今のうちに取得してしまったほうがいいかもなぁ」

「そうだな。まぁ判断は任せるさ、ギルマス?」

「うん……やっぱり、団員の増強も考えないといけないよねぇ」

「それはそうだが、くれぐれも妥協した人選にはするなよ?」

「分かってるよ」


 そう言ってもう一度、深々と溜息を吐くのだった。

 そんなクリムを眺めながら……ふと、フレイが何か思いついたといった様子で眼鏡をクイッと指であわせる。


「あるいは……どうしたらいいか知っていそうな奴に聞いてみるといいんじゃないか?」

「知っていそうな奴?」

「ああ、例えば……」






 ◇


「……というわけなんだけど、どう思う、ソールレオン?」

『……なんで急に連絡してきたかと思えば、君ね』


 こめかみを押さえ、頭痛を堪えるようなポーズで通信相手……ソールレオンが呟く。

 フレイのアドバイスを元に、クリムがどうするべきか相談したのは、なんと彼だった。


『……でも、良かったのかなクリム君? このような貴重な情報、ライバルである私たちに』

「は、侮るでないぞ黒の魔王」


 レオンの言葉を遮って、クリムは不敵に笑い、口を開く。


「――お主らが、この程度の情報をまだ得ておらぬわけがなかろう」

『……すまない。どうやら本当に、君を侮っていたみたいだ』


 クリムが、堂々と言い放った言葉に、ソールレオンが苦笑する。


 ……割とまったり気質なルアシェイアと違い、北の氷河はバリバリの戦闘ギルドだ。その配信も大抵はレイドボス討伐生中継と、ほぼ対レイドボスギルドになっていると聞く。


 にもかかわらず、直近の北の氷河の配信を見た際には、ソールレオンとラインハルト、二人の主力の姿が見えなかった。それはつまり、なのだろうとクリムは踏んでいた。



『君の推測通り、ラインハルトは君にも現れた【マジックエンハンス】と破壊・精霊魔法複合の【深知魔法】を、私は生命・筋力複合の【フィジカルエンハンス】と片手長剣・片手武器マスタリー・二刀流の三種複合の【剣神】スキルを鍛えている最中だ。その分、大幅に弱体化している』

「……毎度思うんじゃが、お主らのプレイ時間どうなっとるんじゃ?」


 あと、プレイ時間がバグっていそうと言えばシャオもだ。自分を除く魔王たちおかしくないかと頭を悩ませるクリムだった。


 常時ログインしている自分より、なぜこいつらは成長が早いのだろう……実は極まった廃人というのは、時空を歪められるのだろうかと、そんなことを疑い始めているのだが、それは置いておいて。


「しかしそうか……やはり、魔法二種複合や、武器スキルも絡めた複合スキルは存在したのじゃな」

『ああ。おそらくもう1〜2ヵ月もすれば、複合スキル取得合戦になるだろうな』

「はぁ……我ら層が薄い小規模ギルドには、頭が痛くなる話じゃのぅ」


 ルアシェイアには、彼らのように主力が戦線離脱しても代われるだけの人材が現時点では確保できない。


 その点についてクリムが羨ましげな視線を送っていると……彼はなぜか気まずそうに視線を逸らしながら、口を開く。



『そうだな……例えば、戦力が薄くなる際には傭兵を雇うとか』

「傭兵?」

『ああ。あらかじめ契約金を払って登録しておけば、なんらかの事情で防衛戦やランクマッチに人が揃わない際に、代わりに参戦してくれる機能さ』

「ほぅ、なるほど……そのような機能があったのか」


 調べてみると、確かにギルド情報の結構深い方に、傭兵契約の条項が存在していた。眼からウロコが落ちる思いがするクリムだった。


『ただし、必ず信用できるか調べるようにな。下手をすると防衛情報を他のギルドに横流しされたりとか、そんな可能性もあるからな』

「ああ……そうか、他のギルドを防衛に関わらせる場合、たしかにそれが怖いな……」


 もっとも、そんなことをした場合そのギルドの評判は地に堕ちるだろうが……警戒は必須だろう。


「というわけで、困った際にはお主ら北の氷河に傭兵を頼みたいのじゃが」


 そう宣ったクリムに、ソールレオンが頬杖を突いていた手を滑らせてバランスを崩し、ガタンっ、と椅子を鳴らした。


「……む、どうかしたか?」

『いや……なんでそこで私たち?』

「いや……主らならば安心じゃろ、強いし、信頼もできるし」


 何を当然のことを……と、クリムはポカンと首を傾げながら語る。その様子に……


『くっ、はは、ははははっ!』

「ちょ……そんな笑うようなことではないじゃろうが!?」


 何やらツボに嵌ってしまったらしく、腹を抱えて笑うソールレオンに、クリムがあたふたと抗議する。


 やがて……ひとしきり笑い終えたソールレオンは、笑いすぎで、目の端に滲んだ涙を拭いながら、どこか喜色が滲んだ笑みを浮かべて頷いた。


『そうか……分かった。困った時は言ってくれ、喜んで君たちルアシェイアの傭兵をしよう』

「う……うむ、よろしく頼むぞ」


 何やら急激に好意的になった彼に首を傾げながら……しかし心強い味方を得たことに、クリムは上機嫌に笑いかけるのだった。

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