第二回配信

 入学式を終えて『Destiny Unchain Online』へと帰ってきたクリムは、かねてから予定していた第二回の配信準備をすすめていた。


 そして、その夜。





「……アディーヤこんにちわ! よく来たな人間ども、我はクリム=ルアシェイア! このギルド『ルアシェイア』の主人である!」


 定例文となるため、皆がログアウトした後に何度か練習した挨拶。

 詰まることなく言えたことに誇らしげに頷きながら、バサっとマントを翻してカメラの前に立つ。



 コメント:アディーヤ!

 コメント:始まった!

 コメント:挨拶がちょっと小慣れてるw

 コメント:さては裏で練習してたな?w

 コメント:クリムちゃん、魔王就任おめでとー!!



「うむ、おめありなのじゃ。参加した者も見学だけだった者も皆、暫定ギルドランク決定戦お疲れ様じゃったな」



 コメント:お疲れ様ー

 コメント:二位おめでとー!

 コメント:見てた、感動した!

 コメント:最後惜しかったねー



 流れる暖かいコメント群に、満足げに頷きながら口を開く。


「うむ……残念じゃが、勝負である以上は仕方がない。ともあれ二位入賞という望外の結果に、今は満足するとしよう」






「それで……今回はまず、以前は大会を理由に後回しとなっていた我々ルアシェイアの主要な仲間たちについて、知ってもらおうと思っておる。そう、共に戦ったあの者たちじゃ」


 コメント:待ってました!

 コメント:お狐様!

 コメント:ロボ子ちゃん!


「うむうむ、すでにファンも居るようで何よりじゃな。そう、ここに居るのがその時尽力してくれた、我らがギルドメンバーたちじゃ!」


 そう椅子に踏ん反り返って手を広げた瞬間、ライトアップされたそこにはクリムの両脇にフレイとフレイヤ、そしてさらに横には雛菊とリコリスが控えていた。



「では……まずは切り込み隊長、雛菊頼む」

「はい。私、雛菊と申しますです。種族はワービースト系レア種の、銀狐族です!」


 屈託のない笑顔でにこやかに自己紹介する雛菊。その様子に、コメントに穏やかな空気が流れる。



 コメント:お兄さんと呼んでほしい

 コメント:でも戦闘ではほんと強い

 コメント:つよつよ幼女

 コメント:刀使いの女神様やで



「あと……PKの人は名乗り出てください。斬りにいきますので」


 そう、光の消えた目でボソリと呟く雛菊に、穏やかだったはずのコメント欄が一瞬で騒然となる。



 コメント:ヒェッ

 コメント:pkk過激派……っ!?

 コメント:でも雛菊ちゃんになら斬られても良いかも

 コメント:↑ ドゴォ(aa略

 コメント:俺この子に斬られたけど良かったゾ

 コメント:pkニキ自首して



 配信が剣呑な雰囲気となり、クリムは慌てて次へとバトンを渡すことにした。


「つ……次! リコリスお願い!」

「は、はい! えっと、リコリスです。種族は融機種ノーマ・マキナと言いまして……」


 こちらは、雛菊と違いたどたどしく自己紹介するリコリス。

 だがこれでも大会前と比べるとだいぶ積極的になったほうで、どうやらあれで自信がついたのだろう。



 コメント:この子もかぁいい

 コメント:クリムちゃん以上に初々しいな

 コメント:大会ではMVPおめでとー

 コメント:ラストシュートは既に伝説になってる


「あ……ありがとうございます! ありがとうございますなの……!」


 コメントにわっと流れる好意的な声に、恐縮してまたペコペコと頭を下げているリコリス。それでまた、かわいいコメが加速する中……



 コメント:ところで使ってたビームライフル何?

 コメント:あ、気になってた。



 不意に流れたそんな質問に、リコリスの身体がピクッと震えた。

 それは……思わず語り出しそうになり、慌てて堪えたらしい。


「あっ……すみません、武器の詳細情報に関しては……禁則事項なの……」


 ガンマニアとして語りたいけれど、チームのためにはあまり情報を出せない……そんな葛藤に、そわそわし始める彼女。

 別に、秘密主義はクリムの性格みたいなものなので、大会も終わった今なら話しても構わないとクリムは思うのだけど……どうやら根が真面目な彼女は、律儀に秘密にしてくれるらしい。



 コメント:ウズウズしてるw

 コメント:本当はめっちゃ語りたい奴だこれw

 コメント:微かに俺らと同類の気配がするw

 コメント:俺らはこんな可愛くないだろ!!



 そんな和気藹々と流れていくコメント。

 うむ、うむと満足げに頷きながら……今度はクリムは、両隣にまるで側近のように侍る双子、フレイを、まるで魔王のように尊大な手振りで促した。


「ではフレイ。次よろしくの」

「了解。僕はフレイ。エルフ上位種であるハイエルフだ。以上、多分視聴者は僕には興味ないだろうから、はい次姉さんよろしく」

「え!? あ、うん!」

「ちょ、おま、フレイ待っ……っ 逃げたなあいつ!?」



 コメント:出た、ハーレム野郎

 コメント:名誉晒しスレ常連さんちーっす

 コメント:腹黒眼鏡

 コメント:鬼畜眼鏡

 コメント:ってもう終わりかよw

 コメント:自己分析完璧過ぎるw

 コメント:無茶振りが過ぎるw

 コメント:エルフちゃんこれ心の準備できてないだろw

 コメント:クリムちゃん、素、素が出てるw

 コメント:それよりエルフちゃんがお姉ちゃんなのか

 コメント:お姉ちゃんエルフ……最高やな!



 クリムが呆気に取られている中、話を振られたフレイヤが、わたわたと自己紹介を始めた。


「えっと……フレイヤです。さっきのフレイ君のお姉ちゃんで、同じく種族はハイエルフ……クリムちゃんともお姉ちゃんみたいな関係……かな?」



 コメント:お姉ちゃんエルフいいぞ

 コメント:姉なるもの……じゃない!?

 コメント:エルフは美少女多いけど、その中でもちょっとトップクラスだと思う

 コメント:この清楚可憐なナリでガチタンなんだよな……

 コメント:この胸でガチタンは無理でしょ……

 コメント:胸部装甲だから問題ない

 コメント:法衣の上から分かる胸部装甲えちちすぎる

 コメント:お姉ちゃんと呼ばせてください!



「こーら、女の子に胸の話をしてはいけませんよ?」


 話がほぼ胸の話になってきて、腕で胸を隠し、困ったようにやんわりと注意するフレイヤに……



 コメント:はいごめんなさいお姉ちゃん!

 コメント:このお姉ちゃん力よ……

 コメント:『姉』じゃなく『お姉ちゃん』これ大事な

 コメント:叱る声も優しい……



 大反響のコメント欄。だがしかし、一人ここにそれを面白く思わない者がいた。


「むぅ……」


 そう、不機嫌な声を漏らしたのは……クリムだった。

 流れるコメントを眺めているうちに、クリムの胸中にモヤモヤとしたものが溜まっていく。そして……


「良いかお主ら、こやつは血の一滴まで全て我のもの、絶対に手出しは許さんからな!?」

「ふぇ!? え、く、クリムちゃん?」


 何か胸のあたりがモヤモヤしたクリムは、まるで視聴者に見せつけるようにフレイヤに背中から抱きついて、その陰から覗き込むようにカメラを睨み付ける。


 無自覚な独占欲の現れだが、その様子はまるで……


 コメント:嫉妬w

 コメント:クリムちゃんガチ嫉妬www

 コメント:お姉ちゃんの驚き顔かわいい

 コメント:コレは嫉妬してますねぇ!

 コメント:完全に、お姉ちゃんが取られそうで拗ねてる妹的なアレw


 その頬を膨らませ、若干涙目でカメラを睨む様は……大好きな姉が実は人気者だったために、拗ねている妹そのものだったという。


「……あはは、しょうがないなぁ。また後でね?」

「むぅ……」


 宥めすかされて、渋々と離れるクリム。

 だったのだが……一瞬の空白の後、コメントが再び滝のように流れ始めた。



 コメント:今なんて?

 コメント:後で!?

 コメント:キマシタワー!?

 コメント:後で何を、ナニをするんですか!?

 コメント:詳細を! 後生だから詳細おぉ……っ!!



「秘密に決まっとるじゃろ、たわけが!?」


 盛り上がる、欲望に忠実なコメント群に、思わず吠えたクリムだったが……それは、火に油を注いだのだということに気づいた時にはまたコメントが加速していた。



 コメント:たわけ、いただきましたー!

 コメント:秘密にしないとな関係なのか……

 コメント:逆に考えるんだ。男じゃなくて良かったと

 コメント:秘密にしないといけないことなのかw

 コメント:今のご時世、ちょい大変だが女の子同士で結婚も子作りもできるけどな

 コメント:それはそれでてぇてぇからアリ

 コメント:幸せならokです。男じゃないならな!

 コメント:男じゃないなら←大事



「つ……次に行くぞ! だいたい紹介はおわったからの!」


 続けていたらどんどん深みにはまり抜け出せなくなりそうだったので、クリムは強引に流れを断ち切った。


 ……ちなみに、本人の希望により、リュウノスケは今後も謎のPとして暗躍することに決定したため、自己紹介は無しなのであった。






 自己紹介も終わり、さて次は何を……ということなのだが。


「とはいえ我らの大半は学業がある故に、あまり時間が遅くなると現実に支障が出るからの……」


 コメント:まぁ小学生もいるしな

 コメント:ボチボチ寝る時間?

 コメント:無理はせんでよ


「……ではあまり尺も取っておらぬし、お言葉に甘えて、メールにて先着で一つやってほしいことを募集して終えるかの。こちらのアドレスにって速ぁ!?」


 アドレス表示とほぼ同時にピロンと着信音。

 内心ビビりつつも、それを開くと……


「……………………お主らさぁ」


 ドン引きだった。

 しかもそのメールの速さ。おそらくは、来るかもわからないこの募集開始の前に、あらかじめメール本文は記入してスタンバイしていたので間違いないだろう。


「えーとじゃな、言うぞ? 『雛菊ちゃんとリコリスちゃんとフレイヤちゃん皆で罵ってください。あ、フレイ君はいいです』だそうじゃ」

「ふぇ!?」

「あぅ!?」

「あら、まぁ……」


 驚きの声を上げる、女性陣三人。

 ちょっとカメラの外、リュウノスケが待機していたほうからテーブルの端っこが砕けた音が聞こえたが、そちらからはサッと目を離すクリムなのだった。



 コメント:クリムちゃんいいドン引きの表情でした。

 コメント:これで一週間生きられる。

 コメント:要望が相変わらず欲望に忠実すぎるw

 コメント:絶対スタンバイしてないとできない速さw

 コメント:今生木が裂けるような変な音しなかった?

 コメント:正直に言うぞ……投稿主グッジョブ

 コメント:また罵倒集が伸びるな……



 続々と伸びていくコメントの流れ。

 これは、今更やっぱりやめました、と言うのも難しいかなと、半ば諦めの心地で溜息を吐く。


「そうか、僕はいいか。残念だ」

「フレイ、お主はガチで心抉るから絶対やるなよ?」


 幼なじみのドS眼鏡に釘を刺しておく。そうしないと、こいつはおそらく乱入してくる。


「まったく主らという奴は……我々はともかく、雛菊やリコリスまではアウトじゃろ……」

「大丈夫、こういう時の対処はお母様に習ったです!」

「私も、雛菊ちゃんにどうしたらいいか聞いたから、いけます……!」

「待て、とりあえず雛菊ちゃんのお母様何教えてるのじゃ!?」


 聞き捨てならない言葉にクリムが思わずツッコミを入れる中、二人はそんなクリムを他所にカメラへと顔を寄せ……



「まったく、お兄さんは本当に変態ダメお兄さんですね!」

「この……変態お兄さん……最低……!」



 二人、仲良くカメラに顔を寄せて、雛菊は面白がって、リコリスは倒れるんじゃないかと心配になるほど顔を赤く染めて囁く。



 コメント:……ぐはっ

 コメント:あかん、しんどい

 コメント:犯罪臭がやばい……

 コメント:削除気をつけて……

 コメント:雛菊ちゃんメスガキに理解ありすぎない?

 コメント:リコリスちゃん赤面と涙目と上目遣いのコンボでそれはダメですよ!

 コメント:おや、雛菊ちゃんの様子が……?



「ふふふ、小学生に変態って言われて悦ぶなんてぇ、お兄さんたちは本当にヘンタイ駄目人間なんですね……!?」

「あ、あの、雛菊ちゃん……?」


 蠱惑的な笑みを浮かべその小さな舌で舌舐めずりし、何やら様子がおかしな雛菊に、隣にいたリコリスがビクッと体を震わせた。

 だが……事態は、すでに危険域にまで進行していた。


「いいです、いっぱい言ってあげますよ、変態、へんたい、ヘーンタイさん?」

「いかん、変なスイッチが入っておる!? 誰か雛菊を止めるのじゃ!!」

「は、はい!!」


 クリムの指示に、慌ててリコリスが雛菊を羽交い締めにしてカメラ外へと連れていき、ようや安堵の空気が流れる。


「はぁ……はぁ……よもやウチに、フレイ以外にドSが居ようとは……」


 気疲れから荒くなった吐息を鎮めるため、深々と溜息を吐くクリムなのだった。



 コメント:駄目だ……俺もう目覚めたっぽい……

 コメント:次があったら是非防犯ブザー構えてお願い

 コメント:そんなことよりクリムちゃんの吐息えちちぃ

 コメント:ここは本当に変態不審者の多い配信ですね



「……誰が変態不審者の御用達かー!!」



 コメント:クリムちゃんキレたw

 コメント:ごめんなさい魔王様!!



 ぜぇはぁと息を切らせたクリムに、さすがにコメントが一度鎮まった。


「はぁ……もうよい、それじゃ次、本当は嫌なんじゃが次フレイヤお願い」

「あ、私? でも、どうしたら……」

「姉さん、姉さん、こういうのはどうかな?」


 困っているフレイヤに、フレイが何やら耳打ちしている。嫌な予感がするクリムだったが……


「うん、うん……そんなのでいいの? それじゃ……」


 そう言って、止める暇もなくフレイヤはカメラに顔を寄せて、囁くように優しく語りかける。

 その表情と声音はどこまでも優しく包み込むような色を帯びて、言の葉を紡ぐ。



「全くもう……そんなんじゃ、お母さんが泣いてますよ?」



 ……と。


 一瞬、コメント越しにも視聴者が硬直したのが分かった。

 意地の悪い笑みを浮かべるフレイの傍らで、クリムは顔を覆い天を仰ぐのだった。



 コメント:効いた……今のはめちゃくちゃ効いたぜ……

 コメント:心に来るのはヤメロォ……

 コメント:優しく諭すように言うのはヤメテ……

 コメント:お姉ちゃんごめんなさい……っ

 コメント:ごめんな……母さんごめんな……!?



 甚大なダメージを受けている視聴者たち。

 皆、自分が罵らられるのは良いが、さすがに母親が絡むと罪悪感で無理らしい。


 すっかり興奮から一転してお通夜状態となったコメント欄に見かねて、やれやれと溜息をついたクリムがフォローに入る。


「……全く。お主らは本当にどうしようもない奴らじゃのう。これに懲りたら、今日から親孝行に励むのじゃぞ?」



 コメント:クリムママ……

 コメント:やさしい……ママやさしい……



「誰がママじゃ、バカものどもー!!」


 そんなクリムの悲鳴とも怒声ともつかぬ叫び声と共に……グダグタなまま、この配信は解散したのだった。






 ――ちなみに翌朝。目覚めてギルド情報を確かめると……一晩で驚くほど大量の人気ポイントが追加されており、頭を抱えるクリムなのだった――……


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