第30話 それは約束を果たすべき時だったのです
「ぐ…………」
無謀である事はわかっていた。いくら弱くなってしまったといっても由良は強敵だ。あくまで以前より動けないだけで、その技術テクニツクや経験は変わらず持っているのだから。
たしかに今の由良はかつてのようにガルダートを動かせていない。だが、圭吾からすればハンデを背負った今でも恐るべき実力だった。
由良のガルダートに圭吾は存分に翻弄されてしまい、起き攻めは全て通されている。ルークが必殺技や通常攻撃を振れば、確実に防御ガードされ、それに合わせてカウンターヒットだって飛んでくる。あっさり画面端に連れて来られそこから脱出できなくなる。
由良は圭吾の動きが全てわかっているかのような動きをしてくるのだ。圭吾がその時にある選択肢で何を選んで行動してくるのか完全に読んでいる。
「また画面端に…………抜けられない…………!」
今の由良はキャラを動かすという事なら圭吾レベルが精々なのかもしれない。だが、読みの強さは健在だ。全国レベルを圧倒した時のままである。
そのため、由良は連続攻撃コンボや防御ガードをしくじっても、それを補ってありあまる量の単発攻撃を圭吾に通してくる。
三回決めれば勝てる高火力の連続攻撃コンボができないなら、S攻撃を十回以上決めればいい。威力の低いP攻撃やK攻撃なら二十回以上決めればいいとでも言うように。
単発攻撃でも、命中させ続けて相手の体力をゼロにすれば格闘ゲームば勝てる。
あまりにも忠実で基本な行動に則って、由良はガルダートを操作していた。
「全然攻撃が通らないし、防御ガードをやめて前進したり攻撃すれば、そこを狙われる!」
そんな由良に圭吾は為す術が無い。どんなにルークの動きに変化をつけようとも、その行動を潰されてしまうのだ。攻撃も移動も全部咎められてしまう。
「六十分の一秒ワンフレームが見えるから……オレの行動が全部見切られる…………!」
ガルダートがルークに与えるダメージは、ほとんどがカウンターヒットだ。圭吾の行動を由良はあまりに的確に潰し、前進させる事すら許さない。
ここまでいくとガルダートの攻撃範囲はもはや結界だ。その六十分の一秒ワンフレームの結界に入ればガルダートの攻撃をルークは防御ガードする事も回避する事もできなくなる。ガルダートのされるがままになり、ルークの体力はあっという間に削られていく。
六十分の一秒ワンフレームの結界に入れば為す術は無い。
だが、ガルダートに攻撃をヒットさせたいなら六十分の一秒ワンフレームの結界にルークが入らなければならない。
「ううっ…………」
もう五戦目だが、圭吾は一ラウンドも勝利できておらず、それどころかガルダートの体力を半分にもできていない。当然スーパーアーサースラッシュも成功できず、あっさりと防御ガードされて手痛い反撃をもらうだけになっている。
「くそ…………また何もできずに負けた…………」
そして六戦目が終わった。ここまであっという間だったが、二人に許された時間は着々と無くなっている。圭吾が由良に勝利するチャンスは、あと数回といった所だろう。ゲームコーナーの閉店はすぐ近くまでやってきている。
「やっぱりできないのか…………オレは姉ちゃんに何もできずに…………終わるのか!」
圭吾が七回目の五十円を投入する。
向こう側にいる由良は何も話して来ない。ゲームに集中しているのか、圭吾の邪魔にならないよう会話を避けているのか、それとも他に何かあるのか。
もちろん、由良に“あの日”のような異常が起こったワケではない。それはガルダートの動きを見ていればわかる。
「時間が無い…………オレはどうやったら…………どうやったら姉ちゃんに…………」
圭吾は由良の対戦動画を思い出す。
以前、圭吾は由良との対戦にそなえてあらゆる動画を見ていた。紫の家でレジェンディアレッドをしている時や、市川スワローでレジェンディアドレッドしている時以外は、何か対策を立てられないかと、とにかく動画を見ていたのだ。
由良の事を心の奥まで理解しようとずっと――――――――――ずっとずっとずっとずっと忘れる事なく考え続けた。
そう、圭吾はとにかくずっと由良の事を考え続けていた。
「うぐっ…………」
だが、そんな事を思い出すくらいで由良を圧倒できるなら苦労は無い。スーパーアーサースラッシュを成功させられるなら悩みはしない。
何もできず七戦目が終わり、八戦目も、九戦目も終わってしまう。
次で十戦目。まだ閉店していないが、対戦があと何回残されているかわからない。もしかしたら、この十戦目で最後になるかもしれない。
圭吾は筐体に十回目の五十円を投入する。
「姉ちゃんにオレは…………オレは姉ちゃんに…………」
圭吾はこの対戦中、ずっと由良の事を考えている。
考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考え続け――――――――――
「オレは………………」
――――――――そうしていて、圭吾はふと思った。
思えば、今日までどれだけ由良の事を考え続けただろう。
格闘ゲームをしていなかった間も、霧島由良という人物は知り合った一年前からずっと圭吾の中にあった。
実際に会った総時間は二十四時間にも満たないというのに、常に様々な事を思わせていた。
格闘ゲームを教えてくれた人、デパートでの約束、紫の姉、格闘ゲーム界の女帝、大人を倒せる子供、奈菜瀬の憧れ、長く生きられない身体、後悔を残した思い出、会ってはならないと決めていた時間――――――――――――色々だ。
どんな感情や思考であれ、由良は必ず圭吾の中にあった。無視する事を許さず、圭吾は当然のようにその影響を受け入れていた。
由良は圭吾の中で大きな存在となっている。由良がいなければ、今の自分は無くなってしまうというくらいまで。
――――――――この感情は何なのかわからない。圭吾にとって由良は何なのかを表す言葉を圭吾は持っていない。
「オレはッ…………!」
だが、表す術は持っている。
由良は圭吾にとって何であったのか。
格闘ゲームを通せば、その全てを見せる事ができると知っている。
本能が囁くのだ。武道家がその技や行動で相手に己を伝えるように。
言葉にできない言葉を伝えるように。
由良の事をどれだけ強く思っているか――――――――――格闘ゲームなら形にできる。
それだけ思って考えているなら――――――――――――その行動は必然になると。
「………………あ」
それは圭吾が単純に撃った必殺技だった。
何か考えがあったワケではない。理由を聞かれても納得してもらえる答えは言えないだろう。ただ、絶対にここだという確信を持って圭吾は撃っただけだった。
周囲は無音で何も聞こえない。闇の中にある一筋の光だけが見えており、その光に触れるにはその行動が必要だと思っただけ。
――――――それは本能の確信。可能性の宇宙。
目で見て処理される情報よりも早く、画面内で起ころうとしている事が直接脳で処理される。
身体に流れる電気信号は光より速くなり、一瞬で銀河を突破できる速度でこれから起こる世界を圭吾に届ける。
「…………いける」
六十分の一秒ワンフレームの宇宙。
その未来と現在が混在する宇宙は――――――――――ここだけに存在する。
スーパーアーサスラッシュ。
ガルダートの下P攻撃に合わせるようにルークのアーサースラッシュが放たれると、画面にカウンターヒットの文字が表示された。
「……………………」
圭吾はスーパーアーサースラッシュを成功させた。
しかも、ガルダートの下P攻撃という、たった二十分の一秒スリーフレームで放たれる通常攻撃に合わせて。
さすがに動揺したのだろう。ダウンしたガルダートは起き上がると、初めて対戦中のルークから距離をとった。
距離を取ったのは仕切り直すため。そうする事で圭吾に傾いている“流れ”を絶とうとしているのだ。
画面端に追い込まれたワケではないし、たった一撃もらっただけだ。アーサースラッシュをカウンターヒットでもらっただけで、対戦はまだまだ由良が有利である。ルークがガルダートに対空技をしただけである。
仕切り直せば問題無い。
由良のガルダートはそういう動きをしている。
「……………………」
圭吾は距離を離したガルダートを冷静に追って行く。ガルダートの体力ゲージを減らすべくルークがダッシュしていく。
そこにガルダートを追撃しようと必死になる姿は無い。ただ、敵を倒そうと近づいている。一ラウンドの勝利を手に入れようとしているだだった。
ガルダートの攻撃範囲――――――――六十分の一秒ワンフレームの結界内にルークは入っていく。
ガルダートに攻撃を当てるべく、圭吾は六十分の一秒ワンフレームの結界を全く意識する事なくルークを侵入させる。
そこで再び、ガルダートの下Pがルークに放たれる。
今までの流れからすると、それは由良が必中と確信して行った攻撃だ。六十分の一秒ワンフレームの見える由良にとって、圭吾の行動は手に取るように理解している。
しかし、その下Pは失敗した。
アーサースラッシュを合わせられたのだ。
ガルダートはダウンし、画面にカウンターヒットと表示される。
「………………ここだ」
さらに、この後にガルダートが放った立ちKにも圭吾はアーサースラッシュを合わせた。さらにダウンしたガルダートにルークは起き攻めを開始し、そのまま画面端にまで連れて行く。
初めてガルダートにやってきたピンチだ。由良はガルダートを画面端から脱出させなければ、不利な状況で戦う事になってしまう。
ルークは画面端にいるガルダートに攻撃を続ける。
だが、その攻撃は全て防御ガードされており、由良は抜け出すチャンスを狙っている。ルークの隙をつき、逆に画面端を背負わせようと画策している。
「……………………」
圭吾は画面端のガルダートを見て何を思ったのか――――――――――突如、ルークの猛攻を止めた。
画面端を背負うガルダートと、その前にいるルークが、互いにしゃがんでいる態勢で見合う形になる。
互いに動かない。両者しゃがんだままの態勢で時間は進み続ける。
「……………………」
どれだけ経っただろう。
先に動いたのはガルダートだった。
由良が思考を逡巡させ、六十分の一秒ワンフレームの宇宙を見て判断したのは下Pだった。
防御ガードされてもヒットしてもいい。圭吾との距離を離そうとしたのだ。
このしゃがみPによってルークと距離を離し、ガルダートが取れる選択肢を増やす。ピンチの状況は変わらないが、そうする事で画面端から脱出する機会を増やそうとしたのだ。
安定した行動だ。危険リスクを抑えてガルダートの安全確率を上げる事ができる。おそらく、由良でなくても選んだ選択肢だろう。
ガルダートの下P。それはいつ放たれるかわからない二十分の一秒スリーフレームの攻撃である。
だが、圭吾は――――――――――――――ルークはそれに合わせてアーサースラッシュを決めた。
カウンターヒット。もう三度目になるスーパーアーサースラッシュである。
「………………」
本来ならここで終わりだ。アーサースラッシュがヒットした相手は画面奥に飛ばされ、そこで起き上がる。
だが、今のガルダートがいる場所は画面端だ。奥に吹っ飛ばされないため、空高く打ち上げられてしまっている。
アーサースラッシュのモーションが終わる。ルークの硬直が解ける。ガルダートがルークの目の前に落下してくる。
「……………………」
圭吾は冷静に落下するガルダートに対し追撃を開始する。
画面端でアーサースラッシュをカウンターヒットさせた時にだけ成立する“画面端限定連続攻撃コンボ”の入力を行った。
グランディアスラッシュ。超必殺技と呼ばれるそれぞれのキャラが持つ最大火力の必殺技がルークから放たれる。
スーパーアーサースラッシュを画面端で決める事で成立する、その最大連続攻撃コンボでガルダートの体力はゼロになった。
ルーク勝利の文字が画面内に表示された。
「………………あ」
十戦目の第一ラウンド。
圭吾は由良に勝ったのだ。
「ね、姉ちゃん!」
まだ第二ラウンドがあるというのに、圭吾は席を離れて由良の元へと行った。
「やった! やったよ!!」
別に圭吾は由良に勝利したワケでは無い。
まだ第二ラウンドが残っており、そこで負ければ第三ラウンドも待っている。もう一ラウンド勝たなければ対戦で勝ったとは言えず、今のままでは勝利したと言えない。
「やったよ姉ちゃん! オレ、姉ちゃんに一ラウンドとれたよ!」
だが、この一ラウンドは圭吾にとってあまりに求めていた勝利だった。由良に見せたい成長や感謝やこれまでが詰まった、持ち得る全ての勝利だった。
「…………圭吾クン」
やってきた圭吾に由良は怒ったりはしなかった。圭吾が試合放棄したような状況だが、理解してくれたのだろう。
これは大会のような正式な試合でもなければ、取り決めのある対戦でも無い。ただ、圭吾と由良が対戦している以外は何も無い対戦だ。
「圭吾クン…………私にスーパーアーサースラッシュを…………決めちゃった…………」
由良は圭吾から見えないように顔を逸らした。
以前もあった事だ。由良は何故か後ろを向いたり逸らしたりと、圭吾に表情を隠す事がある。
「姉ちゃん…………?」
気になって圭吾は由良の顔が見える位置に移動する。
「あ、待って待って! 待って! 見ないで圭吾クン!」
「え? なんでなんで? 別にいいじゃん?」
圭吾が顔を覗こうとすれば、由良は別方向を向き、それを圭吾が追いかける。
由良は何か恥ずかしがっているが、それが圭吾にはわからず由良の顔を覗こうと移動し続けた。
そして、由良の顔を覗く事に成功する。
「…………あ」
そこで見えたのは、真っ赤にして照れている由良の顔だった。
「あー! もう恥ずかしいー! 恥ずかしいよー!」
圭吾に見られてしまい、由良は思わず自分の顔を手で覆った。
「こんな顔見られたら………………圭吾クンに…………バレちゃうよ…………」
赤くなった顔を隠して呟く由良を見て――――――――――圭吾は理解した。
(そうか…………そういう事だったのか………………)
圭吾が由良に一ラウンドでも勝とうとするなら、スーパーアーサスラッシュを決めたいなら、あらゆる努力が必要になる。
それは由良の対戦動画を見る事だったり、紫に由良の事を聞いて情報収集する事だったり、由良のガルダートを想定して対戦をする事だったり色々だ。
とにかく由良の事を考え続ける必要があり、そうしなければ由良と対等に対戦する事は絶対に不可能だ。
そう、つまり圭吾は常に由良の事を考え続けなければならないのだ。
――――――それは圭吾の事が好きな由良にとって、どれだけ幸せな事だろう。
好きな人がずっと自分の事を考えている。
その結果が圭吾の一ラウンド勝利であり、スーパーアーサースラッシュの連続成功。
恋する少女であれば、この事実に顔を真っ赤にしないはずはなかった。
「姉ちゃん…………」
由良が顔を背ける理由はわかった。それは恋をしている少女の反応である事は理解できた。
だが。
「…………変だよ」
――――――――今もそんな反応ができる由良の様子は何処かおかしい。
いや、そもそもこのデパート屋上のゲームコーナーにいる由良は最初から変だった。
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