第17話 それはなぜそこにいるのかという事だったのです
「しゃあああああああ! まいったかこらああああああ!」
圭吾の動きは安定(アーサースラッシュは失敗するが)している。
ヨコチンのクセを練習以上に見抜けており、もう完全に圧殺できていた。何度も対戦する内に未来予知のような動きになってきたため、これではヨコチンは絶対に圭吾に勝てないだろう。これ以上の連コインは無駄にしかならない。
「キキキキキャキャキャキャ………………キャキャ!?」
ヨコチンが圭吾の座る席にやってきた。もう百円投入は諦めたようだ。
「…………キキ…………キャキャ…………」
圭吾を見る目は憎悪というよりも驚愕に満ちている。どうやら、以前カモにした人物だと覚えているようだ。
「ギギ…………キャキャキャ…………」
自分達が出禁、もしくは警察沙汰になってもおかしくない事をした自覚はあるのだろう。また、店員からマークされていた事にも気づいているようだ。
周囲を見渡した後、ヨコチンは捨て台詞も吐かず(吐いても圭吾にはわからないが)、落ち込むように店内から出て行った。
「勝ったッ!」
そのヨコチンの去る姿を見た後、圭吾を勢いよく立ち上がる。
「どうだ! 見たか奈菜瀬! これがオレだッ! 努力だッ! 実力だッ! 逆襲だッ! オレは完璧とも言える強さを手に入れたッ!」
相当に嬉しいのだろう。もの凄く調子にのっている。それが傍目からでもわかる。
だが、それは仕方ない事だ。以前、為す術無くボコボコにされた相手をボコボコにしたのだから。正面から打ち負かしたのだから。
かつての実力者をした実感は、どんな美酒にも勝てる(未成年だが)心地よさを圭吾に与えていた。
「凄いですッ! ぐうの音も出てませんでしたよね! もう完膚なきまでって感じでした! 完全なる敗北とはヤツらの事です!」
「はははははは! もっと言っていいぞ! 言ってくれればくれるほど、今日までの努力が報われる!」
「素晴らしいです! これで少しは大人しくなると思います! 初心者だと思ってた相手にボロ負けなんて、向こうからしたら酷くかっこ悪くてプライド傷ついたでしょうからね! もう圭吾お兄様の何もかもに負けたと思ってる事でしょう!」
「いいね! テンション上がっちゃうね! どんどん言っちゃって! もっともっと言っちゃって!」
「よっ! 総理大臣! 皇太子! 首相! 国王! 法王! 教皇! 大統領! 国家主席! 総書記! えーと、他にどういうのあったっけ…………」
言葉に詰まりながらも奈菜瀬は圭吾を褒め続ける。以前、対戦マナーの悪い行為をされた相手なので、個人的にも嬉しいのだろう。完全な天狗になっている圭吾にツッコミする事はなく、ただただ圭吾を褒めていた。
「アンタ、自分に酔ってる間にCPUが一本取っちゃうわよ」
「げ!?」
紫に冷静に筐体画面を指さすがもう遅い。圭吾が座ったと同時に最後の一撃が決まり、ルークが立ち上がる事はなかった。CPUのハーヌマンがバッチリ勝利のポーズを決めている。
「よそ見してる間にCPUに負けるとか、よくそんな恥ずかしい事できるわね。私じゃとても無理だわ。すごーい。やばーい」
「ぬぐぐ…………」
事実なので言い返す事はできない。
冷めた視線を向ける紫を横目に、圭吾は二ラウンド目のCPUハーヌマンとの対戦を始める。
「ま、まあいいさ。ここから負けなきゃいいんだからな」
さすがに今の圭吾はCPU相手なら負けない実力がある。ルークは難なくハーヌマンから一本取り返した。
「CPUはもう危なげないわね。対人ならさっきのマリアンヌオンリーになるだろうけど」
「ふ…………元々CPUなら余裕で勝てるっての。いくらでも連れてきてくれ。オレが絶対勝つんで。約束できるんで」
「CPUに勝てる事を威張ってんの宇宙でアンタだけよ」
ハーヌマンに勝ち、圭吾ルークのCPU戦が続いて行く。
「うし、もう油断もよそ見もしないぞ」
もう圭吾に油断は無い。CPUだからと言って安易に勝ちに行こうとはせず、小さい隙を逃さないよう連続攻撃コンボを決めていく。隙を意識しすぎて動きがぎこちなくなる時もあるが、別にそれで負けはしない。体力ギリギリになろうとも、かならず一ラウンドは取れていた。
「へー、もの凄く上手くなったね圭吾クン。デパートの時と大違いだ。いっぱい練習したんだね」
「当たり前よ。私が付き合ってあげてるんだもの。このくらいにはなってくれないと、私の時間が無駄になるわ」
「アハハ。紫ちゃんはスパルタだなぁ」
「だって、お姉ちゃんと戦うのよ? それなら完全初心者状態くらいは抜け出してくれないと。そうじゃないと見てる方も苦痛よ。舐めて対戦してんのかって思われちゃうわ」
「うーん、考えすぎだと思うけどなぁ。舐めてる対戦っていうのは、そういう事じゃないと思うけど」
「お姉ちゃんと対戦するなら、アイツはそれなりになって欲しいの。それが中西圭吾ってヤツがするべき礼儀と誠意なの。勝つとか言っといて、何の練習もせず、何も強くならず、以前のままお姉ちゃんと対戦するのはあまりに自分勝手だわ。お姉ちゃんへの侮辱よ」
「フフフ………………そっか。ありがとう。それを紫ちゃんは手伝ってくれてるんだね」
「別に。私はただ思ってる事をやるだけよ」
――――――――何やら気になりすぎる会話が圭吾の背後から聞こえる。
圭吾にとってあまりにも無視できない人の声が聞こえたため、操作する手や指から正確さが欠けていく。
その証拠に、さっきまで決められていた連続攻撃コンボが全て不発に終わり、防御も疎かになっているため、CPUからあっさり大ダメージをもらってしまった。
「あ、やべッ!?」
そのため、圭吾はCPU最終戦で負けてしまった。普段なら勝てる相手なのだが、まだ圭吾には気が散った状態で勝てる実力は無い。
「あちゃー、残念だったね。でも、凄くうまくなって見違えたよ圭吾クン」
「や、やっぱ姉ちゃんだったのかよ!? こんな所にいていいの!?」
圭吾が背後を振り返ると、病院にいるはずの由良がそこに立っていた。
青空に輝く太陽のような笑顔で圭吾にグッと親指を立てているその姿を、圭吾が見間違えるワケが無い。だが、それ故にこの市川スワローにいる理由が不明だった。
「こんな所なんてヒドイなぁ。この市川スワローは私のホームなんだから。ここでいっぱい対戦してたんだよ? 思い出の場所で、対戦現在進行形場所でもあるんだから」
ワザとらしく頬を膨らませて由良は抗議した。ぷっくり膨らんだ頬を見て圭吾は頬を赤らめ、由良の魅力に塗れてしまうが――――――――――すぐに首を振って「いやいや見惚れるな自分!」と己を取り戻す。
あと、由良がいるのにあまり店内が騒いでないのは、由良が言った通りここがホームだからだろう。久しぶりとはいえ由良に慣れている客は多く、注目はされても大きく騒がれる事はなかった。
それに、圭吾が来る前に馴染みの客やらファン達への挨拶は済んでいるようで、みんな由良へ会釈してスワローを出ている。中には笑顔で手を振る客もいて、それは由良がスワローの客達に愛されてる事がよくわかる光景だった。
「そうじゃなくてここにいてもいいのかって事! 姉ちゃん入院してるだろ!」
そんな選挙中の人物みたいになってる由良だったが、構わず圭吾はもっともな事を言った。
「いや…………えっと、まあ、その…………問題が無いからここにいる…………んだろうけど…………」
だが、そのもっともな事は違うだろう。由良が外出許可をとっている事、市川スワローに来てもいい事は簡単に予測がつくからだ。
「…………私をジロジロ見ながら言うのやめて欲しいんだけど」
なぜなら、由良がいるのに紫が何の抗議も文句も言わず平然としている。由良に病院から許可が下りていなければこんな態度はとれないはずだ。
「うん。最近はずっと調子がいいからね。だから、大会本番前に筐体に触りたいって先生にねだったら外出OKもらっちゃった。だから心配はいらないよ。大丈夫大丈夫。問題無い問題無い」
「ちなみに、アンタがさっきの猿(DQN)相手にしてたずっと前からお姉ちゃんいたわよ。奈菜瀬ちゃんは気づいてたみたいだけど」
「私は紫お姉様と話してる時に気がつきました。いや、前々から店内にそれらしい姿は見えてたんですけど、そんなワケないって思ってたので…………」
「奈菜瀬ちゃんもヒドイなぁ。こんな魅力的なお姉さんがいる事にササッと気づけないなんて、女性として自信なくなっちゃうよ~」
「普段も入院中も容姿に気を使わないクセに何言ってんだか。服やら選んでるのは私で、化粧だって私がしてあげてるっての。ずっと残念系を突っ走るお姉ちゃんがそんな事を言う資格無いわよ」
「あー! 紫ちゃんまでヒドイよー!」
その場で由良はメソメソと泣き始めるが、それが嘘泣きなのは明白だ。
紫はため息をついて「はいはい。私はヒドイヒドイ」と言いながら、由良の嘘泣きをやめさせる。当然、奈菜瀬も嘘泣きには気づいていたが、相手が由良なのでツッコミも何も言えなかったようだ。
「…………あの…………姉ちゃんさ」
「ん?」
これは――――――――――――――千載一遇のチャンス来たのでは、と圭吾の閃きが走った。
「その……さ…………」
大会で対戦する約束はしている。しかし、だからといってそこでしか対戦が許されないワケでは無い。
別に対戦するなら今やってもいいのだ。大会でなければならない理由なんて何処にも無い。憧れの人物が今ここにいるなら尚更対戦するのは当たり前だ。
「あ………………いや、何でもない」
「そう? んー、お姉ちゃん気になっちゃうなぁ?」
由良は圭吾にズイとワザとらしく距離を詰めてくる。さすがに顔を零距離にまでもってくる事は無いが、圭吾にとっては十分意識してしまう距離だ。
その小悪魔とも言える由良の表情は、圭吾に何度目かわからない愛情おそらくのオーバーフロウを起こしてしまう。
「何でも無い! 何でも無いの!」
普通に考えれば対戦した方がいいだろう。こんな由良を見ていると圭吾は現実感が無くなってしまうが、由良は長く生きられない身体である。さすがに今すぐ死ぬ事は無いとしても、対戦するチャンスには限りが存在しているのだ。
ここで対戦をしない事は、その貴重なチャンスを失うと同じで、後悔に繋がる可能性がある。そうならないためにも、ここは絶対に対戦するべきだ。
「仕方ない。ならこれ以上の追求はやめてあげようではないか。何故なら、この由良お姉さんは寛大だからね。うむうむ」
だが、由良は圭吾に言ったのだ。
楽しみだ、と。
大会当日に対戦できる事を――――――――――あの時、今見たような笑顔で圭吾に告げたのだ。
「…………………………」
だからなのか――――――――――圭吾はここで踏み止まった。圭吾の本能はここで対戦する事を拒み、由良との対戦は時も場所も選ぶべきだと警告した。
対戦するのは――――――――――大会の時だと。
「ふっ…………姉ちゃんは余裕ぶっこいてればいいさ。当日、オレの実力を見たら卒倒すると宣言するよ。実はどうあがいても絶望は姉ちゃんの方だったって事を見せつける! オレのスーパーアーサースラッシュでな!」
「いや、無いから。対空技を無意味に撃つだけで勝てるワケないから。あらゆる神に誓って無いから。絶対に無いから。あり得たらグランドクロス起こるから。太陽系消滅だから」
「お前ッ! 仮にもオレに教えてる師匠的存在だろッ! 嘘でも励ましたらどうなんだよッ! 普通に無理って冷静に言ってくるなよ! テンション下げるだけだっつーの! 一度くらい決まるとか思っとけよ!」
「いや、アンタみたいな癇に触るクソバカ野郎に言われるとムカツクから、つい言っちゃったの。悪意しか無いから安心して。カウンターヒットどころか、対空すらまともに決められないから安堵して」
「そこも冷静に言うなよ! 普通にこき下ろすなよ!」
「ま、まあまあ圭吾お兄様…………紫お姉様は男嫌いですから、そのくらいは許す器を見せるべきかと――――――」
「奈菜瀬よ!? 今のお前は紫かそれ以上にヒドイ事言ってんぞ!」
紫の悪態と奈菜瀬のフォローになってないフォローに圭吾がツッコミを入れる様子は、ただの漫才かコントにしか見えない。おそらく、このやり取りを聞いてドン引きする者はおらず、思わず笑ってしまう事の方が多い事だろう。
「ハハハ。うんうん、これはきっと青春ってヤツだね」
それは由良も例外ではなく、三人の会話を笑いながら見ていた。
「ハハハハハハ」
由良は決して三人の会話に混ざろうとはしない。
ただ、ずっと圭吾、紫、奈菜瀬の会話を楽しそうに聞いていた。
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