第11話 それは絶対の約束だったのです

「ちょ、ちょっと待ってよ! アイツって男嫌いなんでしょ!? なら、友達になるのは奈菜瀬の方がいいと思うんだけど!?」






 「あの子、中学に友達って呼べるような人物がいなくてね。男嫌いなのが誤解を色々と生んで、どうもクラスで孤立してるみたいなの。だから姉としては妹がそんな立場にいるのを良しとする事はできないのよ。でも、私は入院中だし高校生だし。紫ちゃんに対してできる事はあまりに少ないんだよね」






 ウンウンと納得するように、再度由良は頷く。






 「でも、その点圭吾クンは紫ちゃんと同じ中学校! 紫ちゃんとの接点を作りやすい! つまり友達になる事も容易! 紫ちゃんの寂しい中学生活を終わらせる唯一の存在でもあるよね!」






 「姉ちゃんノリノリっすな…………」






 「そりゃ妹の問題を解決できるかもしれないからね。ノリノリになりますとも」






 パンと両手を合わせると上目遣いに圭吾を見た。






 「だからお願い圭吾クン! 私を助けると思って紫ちゃんと仲良くしてもらえない?」






 「う……」






 圭吾の心臓がドキリと波打つ。






 「わ、わかったよ。できるだけ頑張ってみる。姉ちゃんの頼みじゃ断れないし…………」






 動揺はしたものの、大事な人物の頼みを雅久が断るワケがなかった。






 「本当!? やった!」




由良は胸の前でガッツポーズをする。






 「ありがとう! これで紫ちゃんの問題はなんとかなりそうだよ!」






 「大袈裟だよ。別にこのくらい大事でもなんでもないし」






 頼み方が少し卑怯に思えたが、由良からの頼みだ。圭吾に断る気はなかった。 






 「お? もうこんな時間か。圭吾クンと奈菜瀬ちゃんもそろそろ帰らないとね」






 待合室の時計は五時を大きく回っていた。たしかにそろそろ帰らなければいけない時間だ。






 「あ、そうだ。圭吾くんは来月に市川スワローであるレジェンディアドレッドの大会でるんだよね?」






 「え? 大会?」






 大会。




 由良が言ったその二文字を聞いて圭吾の奥底で僅かな炎が灯った。






 「そう。そこそこの人数でやってる市川スワローの月例大会なんだけどさ、私、出場しようと思って」






 「ゆ、ユラお姉様エントリーするんですかッ!?」






 奈菜瀬の顔が驚きと喜びの表情で埋め尽くされる。






 「リハビリがうまくできてるせいか最近は手と指の調子が良くてね。この調子を逃したくはないし、市川スワローはホームだし顔も出したいんだよね。以前、迷惑かけちゃったのもあるからお詫びって意味も込めて」






 「その大会盛り上がりますよ! きっとエントリー殺到です!」






 奈菜瀬は興奮隠さず鼻息を荒くしながら喜んだ。由良が大会に出る事が相当嬉しいようで、立ち上がったまま天井を見上げて色々と妄想までしている。






 「…………ねぇ圭吾クン。そこで私と対戦してみない?」






 その言葉に圭吾の胸がドキリと波打つ。






 「野良試合やネット対戦もいいけど、圭吾クンには店舗規模とはいえ大会の雰囲気を知ってもらいたいし。スタッフに言って一回戦は私と圭吾クンにしてもらうよ。ホントはいけないんだけどね。みんなには内緒だよ?」






 由良は口元に人差し指をつけウィンクした。






 「姉ちゃんと…………対戦………………」






 「エントリーしますよね圭吾お兄様! しかも全国チャンピオンのユラお姉様から密かに指名とか光栄極まってます! 絶対絶対絶対ぜぇぇぇたいに、ボッコボコでズタズタのバキバキにやられるでしょうけど凄く良い経験のはずです! きっと! たぶん! おそらく! だったらめっけもん!」






 断るのは人外の所業とでも言うようなテンションで奈菜瀬は圭吾に詰め寄る。






 「ボッコボコのズタズタのバキバキか……まあそうだろうな……」






 相手は全国優勝常連者だ。ほんの少し前に格ゲーを始めたばかりの圭吾とは文字通り天と地程の実力差があり、どんな奇跡が起きようともそれがひっくり返る事は無いだろう。アリと恐竜が喧嘩するようなモノなのだ。見る前から結果は決まっている。例え、病気で体が弱くなっていようとも。






 しかし。






 「でも、別にオレが勝ちゃってもいいんだろ? 全国優勝七連覇の女帝にさ」






 だからと言って圭吾に負ける気はこれっぽっちも無い。






 「な…………なななな、なんという神をも恐れぬ発言を…………」






 「ふっ、オレの成長を姉ちゃんに勝利する形で知ってもらうのは悪くないからな! スーパーアーサスラッシュをみせてやるぜ!」






 「…………お兄様。スーパーアーサースラッシュはやめておくほうが無難な気が…………いや、ユラお姉様相手なら何をしても関係ないか…………」






 「スーパーアーサースラッシュ?」






 由良がキョトンとしながら聞き返す。






 「お兄様はカウンターヒットしたアーサースラッシュをスーパーアーサースラッシュって呼んでるんです。それを絶対にお姉様に決めてやるんだって」






 「しかも一発じゃないからな。オレは姉ちゃんに何度もスーパーアーサースラッシュを決めてやるんだ」






 「いや、一度なら偶然が毛程の可能性であっても、何度もなんてそんなレバガチャプレイ…………」






 「いいやッ! やるんだッ! デパートで見せてもらった姉ちゃんのプレイをオレがやってやるのだッ!」






 頑なに奈菜瀬はできないと言い続け、圭吾はできると言い続ける。




 普通に考えれば奈菜瀬の言い分がもっともで、狙ってカウンターヒットを何度も成功させるのは無理である。しかも、成功させる相手が由良なのだ。できるわけがない。






 「………………………………」






 だが、由良はそんな圭吾に苦笑いもせず、遠回しに「無理」とも言わずに


――――――――――――何故か顔を後ろを向けた。






 「………………………………」






 圭吾と奈菜瀬に表情が見えないよう後ろを向いて、無言の由良。






 「…………ユラお姉様?」






 「どうかしたの姉ちゃん…………?」






 何故、由良がそんな事をしているのか二人には全くわからない。






 (………………なんか似たような事が以前もあったな)






 だが、圭吾はこんな由良に心当たりがあった。デパートの時も突然由良は背後を向いて、何をしているのか考えているのかわからなかった時がある。




 何かを隠すような、何かを見せないようしているような、何かを繕おうとしているような――――――――――






 (前と…………同じ?)




 何か――――――――恥ずかしがってるような?






 あの時と同じ何かが、今の由良にはある。






 「あ、ゴメンゴメン。スーパーアーサースラッシュって言葉が面白くて。私、笑い顔が変だから後ろ向いて笑っちゃった」






 笑った――――――――と言う割に、由良は身体も震わしてなかったし、声も出していない。




 由良の言っている事に違和感はあるが、別に気にするような事ではないため圭吾と奈菜瀬は何も言わなかった。






 「あ、笑う必要ないですユラお姉様。ただのアーサースラッシュですから」






 「アーサースラッシュじゃない! スーパーアーサースラッシュだ! オレがそのスーパーアーサースラッシュで姉ちゃんを倒すんだッ!」






 圭吾はたしかに対戦で何もわからずやられてしまうレベルの実力だ。素人と断定できるウデであり、ゲーセンだろうとネットだろうと勝てる相手を探す方が難しいだろう。




 自分の実力は理解している。だが気持ちを折るつもりはない。どんな相手だろうと立ち向かう勇気が圭吾にはあった。






 「スーパーアーサースラッシュか……………………その必殺技って凄く素敵だね…………」






 それを人は無謀と呼び、笑うのだろう。しかし圭吾は本気だった。






 「フフフ、私みたいなカウンターヒットを狙うなら、六十分の一秒ワンフレームが見えるようになるくらい頑張らないとね」






 「あ! そうだよ! それ! なんで姉ちゃんは六十分の一秒ワンフレームなんてのが見えるの?」






 今の圭吾にとっては大きな疑問だ。デパートの時はスルーしてしまったが、由良がデパートで見せた芸当は人間業では無い。






 六十分の一秒ワンフレームなんてモノに人が反応できるワケがないのだ。なのに反応できるというなら、そこには理由があるはずだ。そうでなければ、あんなに連続でカウンターヒットを発生させられるワケがない。






 「見えてるというか…………わかるんだよ。相手が何をするのか、何をしようとしているのか、その行動がね。私には解っちゃうんだよ」






 由良は続ける。






 「相手がいつ何をしてくるのかわかるなら六十分の一秒ワンフレームに反応できるでしょ? 見えてる六十分の一秒ワンフレームに合わせて攻撃を出せば、それはカウンターヒットになる。それだけだよ」






 「相手が何をしてくるか…………わかる? だから六十分の一秒ワンフレームが…………見える?」






 由良から圭吾には理解できない発言が飛び出した。






 「予知って言った方がいいのかなぁ。その予知で六十分の一秒ワンフレームのタイミングが見えて、ここにこの攻撃を差し込めば勝てる。ここでコレを撃てばダウンを取れる。そんな感じ?」






 「あり得ん………………どういう感じだよ…………」






 嘘としか思えない。完全予知ができる占い師や予言者なんてこの世にはいないのだ。AIだってまだ無理だろう。的中率百パーセントなんてフィクションでしか存在を許されていない。予想は可能でも、それを予知にまで昇華させる事は今の人類では不可能だ。






 「不可能…………としか思えないけど…………」






 だが、その不可能は可能である。何度でも思い出せるが、由良はたしかにデパートの時、アーサースラッシュを全てカウンターヒットさせたのだ。




 その事実がある以上、圭吾は由良の言っている事を否定できなかった。






 「まあ、もちろんその予知というか、六十分の一秒ワンフレームに反応できるようになるには色々と努力というか………………その…………えっと…………ゴメン恥ずかしい…………」






 「え? 恥ずかしい?」






 どういう事だろう。よくわからないが、その絶対予知を手に入れるには、何か恥ずかしい修行をしないと手に入らないのだろうか。それをしなければ六十分の一秒ワンフレームに反応できないのだろうか。




 圭吾は奈菜瀬の方を向くと、奈菜瀬も「?」の表情だ。由良が恥ずかしがっている理由はわからない。






 「いや、ホントにゴメン…………秘密ってワケじゃないんだけど…………その…………うん…………」






 「あ、いいよいいよ! 無理に聞きたいってワケじゃないし!」






 だんだんと顔が伏せていく由良に慌てて圭吾は謝った。別に悪い事をしたワケじゃ無いのだが。


 「こ、こっちこそゴメンね! えっと、そうだな…………私がどうにか言える事は…………うん…………」






 由良は自身を落ち着かせるように深呼吸してから圭吾に告げた。






 「……………………いっぱい対戦の動きを見て………………そうしていけばだんだんと…………六十分の一秒ワンフレームが見えるんじゃないかなって思う」






 「…………予想はしてたけど大雑把な答えだ」






 だが、それは仕方ない事だ。由良と圭吾ではそもそもの実力が違いすぎる。幼稚園児にプロのパティシエのやり方を説明するモノはいない。今のレベルにあった優しい方法を教えるだろう。






 「六十分の一秒ワンフレーム…………」






 アーサースラッシュを連続カウンターヒットさせるには、あらゆる攻撃を見切って、その瞬間に差し込まなくてはならない。当然、相手がどんな行動をするのかわからないので、その都度の攻撃に反応しなくてはならないだろう。






 それには六十分の一秒ワンフレームが見えるようになる必要がある。それができなければ、スーパーアーサスラッシュは成功しない。






 「絶対に…………できるようになってやる!」






 六十分の一秒ワンフレームの見切り。




 なんとしても圭吾は覚えなくてはならない。




 ――――――――由良が恥ずかしがった理由が気になるが、とりあえずそれは頭の片隅に置いておく。








 「しかし、私を倒すなんて言うね圭吾クン。なら、当日に、その強くなった実力で対戦させてもらおうかな」






 「そんな事言えるのは今だけだって、当日姉ちゃんに教えてやるぜ。六十分の一秒ワンフレームだって見えるようなってくるからな!」






 「…………うん」






 圭吾の強がりを聞いて――――――――――誰もがドキリとするような笑顔でこう言った。






 「教えてもらう事にする。楽しみだよ。フフフ」






 どうして、そこでそんな顔ができたのか。




 その由良の笑顔は圭吾にとってあまりに――――――――――――そう、異常に魅力的だったため、頬と耳がすぐに真っ赤になっていく。




 その進行を抑えるため、圭吾はすぐに照れを誤魔化す発言をした。






 「あ、バカにしてるな! どうせあの日から何も変わってないと思ってる顔だソレ!」






 あと、忘れそうになっていたが、もう帰らなければならない時間だ。なので、丁度良いとばかりに圭吾は待合室を去って行く。






 「覚えてろーッ!」






 「圭吾お兄様! それ三流悪党の台詞ですよ!」






 そんな日曜朝八時半的な去り方で圭吾と奈菜瀬の二人は姿を消した。

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