第六十四話 部活の体験入部みたいなノリで宗教勧誘されてるんですけど
神殿の扉をくぐって中に入る。中は広間になっていて、あちこちに置かれたテーブルで何やら話し込んでる人たちがいた。「これくらいでどうですか?」とか、「あっちの街でこういうのが流行ってるらしいんだが仕入れられないか?」みたいな会話が漏れ伝わってくる。なるほど、商談をしているのか。
広間の奥は一段高くなっており、人間の男性の1.5倍くらいの大きさの像が鎮座している。ターバンのような布を頭に巻いていて、ゆったりした外套をまとっているデザインだ。旅の商人をイメージしているのだろうか。顔は細面で、エキゾチックな雰囲気のイケメンだ。精巧な作りではあるけれど、あまり神々しさは感じないな。
サルタナさんの後について神像の前まで進むと、神像と同じ服装をした男性が歩み寄ってきた。
「ようこそ商いの神メルカトの神殿へ。本日はどういった御用で?」
「お初にお目にかかります、神官様。わたくしどもは遠方より参った旅の商人でございまして、こちらには初めて訪れましたのでまずはメルカト様にお祈りを、と」
そんな挨拶を交わしつつ、流れるような動きで布袋に入った硬貨を渡す。受け取った神官は無遠慮に布袋を開くと、中の金額を確かめている。もし日本の神社やお寺でやったらネットに晒されて大炎上しそうな光景だが、サルタナさんは気にする様子もなく金額の確認が終わるのを待っている。商いの神の神殿だけあって、金銭のやり取りはばっちり明瞭に行うということなのだろうか。
「さすがは第三位階の聖印をお持ちの方ですな。たしかに預かりました。奥の部屋にお通ししますのでいらしてください」
布袋から顔を上げた神官が満面の笑みでわたしたちを案内してくれる。これ、もし少額だったらすっごい塩対応をされたりしたんだろうか。
テーブルがひとつ置かれた小部屋に通され、しばらく待っていると先ほどとは違う男の子が冷たいエールとお茶請けのお菓子を届けに来た。紹介できる商人の名鑑があるので、それの準備をしている間待っていて欲しいとのこと。なるほど、こうやって情報収集をしようとしていたのか。よくあるファンタジーでたとえるなら、商人ギルド的な役割をこの神殿が担っているのかな。
お茶請けの菓子は焼き菓子だった。薄く伸ばした生地を巻いて焼き、全体に砂糖がまぶされている。正直、エールには合わないが単体ではなかなか美味い。
お菓子をもそもそと食べていると、ドアがノックされ、「ちょいと失礼するな」と言いながら一人の男性が入ってくる。服装は例によって神像と同じで、顔立ちは……あれ? なんかこの人、神像にそっくりじゃない?
男性の顔を見たサルタナさんが慌てて立ち上がる。
「これはこれはメルカト様、直接お目通り願えるほどの寄進をしてはいないのでございますが……」
「かまへんかまへん、気になることがあっただけやから」
メルカトと呼ばれた男は軽い調子で手を振り、サルタナさんに着席するよう促すと自分も向かい側の椅子に座った。あれー、ずいぶん軽い感じだけど、ひょっとしてこれが神様……?
「
「とんでもないことでございます。わたくしども商人の方こそ、メルカト様の加護にいつも助けられております」
「せやろせやろ。地味だけどけっこう便利やからな。わいの加護」
うーん、ずいぶんとフレンドリーだな。まるで神様感がない。ってか、こんなところに出張っていてよいものなんだろうか。
「別にここにおるからって他をほったらかしっちゅうわけやないから大丈夫やで。それに、所詮は分け身のひとつやしな」
おわっ、いまわたし考えたことを口にしなかったよな? ひょっとして、心を読まれた系?
「せや。わいら神っちゅうんは物質よりも
「そ、そうなんですか。なんか失礼なこと考えててごめんなさい……」
「だからそれもかまへんて。この気安い感じでご信者さんを増やしてるところあるしな」
「はぁ……」
うーん、心が読まれてると思うとなんかやりづらいなあ。ダジャレとか急に考えたら笑ったりするんだろうか。アルミ缶の上にあるミカン、なんちて。
くだらないダジャレを考えていたわたしの顔を、メルカト様がじーっと見つめてくる。ちょっ、えっ、なんだろ。いまのダジャレは神様的に不謹慎ギャグだったとか? そしてイケメンにじっと見つめられるとか、ちょっとドキドキするからやめてほしい。
「やっぱりなあ。嬢ちゃん、こっちの世界の出身ちゃうやろ?」
えっ!? サルタナさんに続いてまさかの転移者バレ2連打!? 別に地球や日本のことなんか考えてなかったのにどうしてわかったの!?
「
あー、たしかに。アルミ缶どころか缶詰も見たことないや。しかし、この流れだと「気になること」っていうのはわたしのことだよな。えっ、えっ、どうなっちゃうの!? 「世界の異物めー!」とか言ってぷちっとされちゃうとか……?
「そんな物騒なことはせんから安心しときや。だいたいわしは商いの神で、争い事の神ではないけぇの、そんな恐ろしいことできひんわ」
金運を最低に落としてやることぐらいならできるけどな、と続けてハッハッハッと高笑いをする。うーん、それはそれでかなり怖いぞ。
「んで、本題やけど、嬢ちゃんもなんぞ妙な力をもらっとるんか?」
妙な力……というとアレだよなあ、チートのことだ。うーん、もらったっていえばもらったけど、
なんと答えたものかと悩んでいると、メルカト様がまた目を細めてじーっと見つめてくる。うーん、やめて。そういう意味じゃないのはわかっててもなんかドキドキしちゃうから。
「そんな大した力はもらってないみたいやの。たまーにとんでもない力を持っとって、周りにぎょうさん迷惑かけるやつがおるけぇ、見つけたら念のため釘刺ししとるんよ」
メルカト様の表情が元に戻り、にっこりと笑う。白い歯がキラッと輝きそうな感じだ。色こそ白いが、アラブ系の王子様と言われたら信じてしまいそうなイケメンである。
「しっかし、仮にも神さんと話しとるのに妙なことばっかり考えておもろい嬢ちゃんやなあ。なあ? せっかくやし、ちょっと入信していかへんか?」
なんか部活の体験入部みたいなノリで宗教勧誘されてるんですけど、これどうしたらいいんですかね?
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