第13話 希望はようやくやってくる 

 要塞内の戦いがひと段落ついたころ、要塞の外における大襲撃にも光明が見えていた。


 守護者第10位、吉里の攻撃は徐々に大規模な呪術の行使、砲台としての役割に慣れてきて秒ごとに放たれる光弾の数がさらに増えている。


 彼女の曲がる弾は天使兵の半端な防御を掻い潜り、バリアを張ろうものなら一か所を攻撃し続け脆くして突破する。天使兵の大群が単なる数の突撃では損失が激しいと学習するのに時間はかからなかった。


 その結果、地上ルートからの侵攻に割く兵力が多くなり、要塞前で戦うエキスパート隊員たちの負担が上がっている。


 にのまえと上級天使との戦いも激化し、1人で2体と同時に戦うしかなくなっている。


 屋上からその様子を見ていたレオンは援護射撃を何度か試みているが、何度も天使兵から放たれる反撃に冷汗を流す事態になるだけで事態が好転していない。


「平気? レオン隊員?」


「すみません、さっきからお役に立てず」


「なに、俺の方は攻撃する余裕なくてね。当たろうが当たらなかろうが攻撃手になってくれているのはありがたい。死なない距離感で続けてくれ」


 一のこの言葉は本心だったが、レオンにとっては自分の無力感を増長させる効果もあった。


「一さんの逆転の一手になるような支援は、やはり痛手を与えることだ」


 自分が使うのは長距離狙撃の銃。どうあれ自分にできるのは位置取り、使う弾の種類、どこを狙うかの3つ。


(いや、違う。もっと考えを広げないと)


 そんなもの、とっくに何度も変えて試したが通じなかった。


「敵は俺が見えている。だからさっきから俺にも攻撃を――」


 レオンがそこで言葉を止めて目を閉じたのは諦めを示すものではなく、想像のための集中だった。


 戦場でこれほど愚かな行為はないだろうが、幸い空中戦は他の隊員と何より吉里の攻撃で自分が参加しなくても致命的にはならない。既にほか隊員も数名が下の戦闘の援護に回っている。


 想像したのは、壊れた銃身。形だけ再現できれば良い。そしてその銃に見た目だけ似ている足りないパーツをくっつけ完成形の銃を装った。この部分はハリボテで何の役にも立たない。


 普段自分が使っている銃で細部まで毎日メンテナンスのために見ている。多少粗があってもそれは細部で、良く見なければ見分けがつかないだろう。


「よし」


 この撃てない銃で敵を狙う。


 先ほどまでと結果は同じだった。攻撃される。レオンは回避して銃だけが壊れるようにわざと当て、ハリボテ部分は完全に破壊される。


 天使兵から見れば銃は破壊されその場に置きっぱなしになり、そしてレオンは相手に見えるようにそこから逃げ出した。


 銃は形が壊れているようにした理由は、相手から見れば視覚的には壊れてもう使い物にならないと見せるため。その場からレオンが逃げれば脅威は排除したと勘違いするだろう。これが作戦の1つ目。


 レオンがこの形にした理由はもう1つある。


 実はその銃の中には本物がある。1サイズ小さくすっぽりとそのがらくたに収まる別の銃。つまり、壊れた銃自体はちゃんと攻撃できるものなのだ。


(昔考えたいたずらだったが、ここで生きるとはね)


 その銃にレオンは3つの仕組みを仕掛けた。1つはサイレンサー、発射の音を小さくする効果。2つはタイマー、規定時間後に銃弾が発射される。そして3つ目は弾に強い追尾機能と弾速をできる限り最大にして回避を許さないようにした。


(弾と想像でほぼすべての呪力を使い切った。これがダメならもう俺は逃げるしかない)


 レオンの渾身のトラップは逃げた3秒後に発動した。


 結果は。


「ナイス!」


 一からの連絡で明らかとなった。10秒ほど身を隠していたが、また一から連絡が来た。


「レオン隊員、こっちは2体終わった。フェイクとはなかなか考えたね。俺もちらっとそっち見たけど、この距離だと完全に壊れたようにしか見えなかった」


「俺の弾、当たりました?」


「ああ。頭にナイスヒット。おかげで俺も1体に集中できるようになった。俺が苦手なタイプを始末してくれたおかげで追加された方は軽々倒せた。感謝感謝」


「すみません。もうおれ」


「ああ。あれだけの仕掛は結構呪力使うだろ? 中に戻るといい。どうやら、この戦いもそろそろ終わりそうだ」


 通信が終わりレオンは要塞内へと戻った。既に要塞に侵入した伊東家の刺客は倒されたことは共有されている。


 レオンのもう1つの心配がなくなれば、この戦いは終わったも同然だ。


(如月、林太郎、大丈夫なのか?)




 *****




 炎の口、燃える羽、そして崩壊の黒い瘴気。すべて人間が降れるとまずい災害。


 それらが多く入り乱れる中、空中では大天使とレイの大規模術のぶつかり合いが続き、そして地上では花原の顔をした上級天使兵との戦いがもうすぐ終わろうとしていた。


 ここまでスタンダード隊員の健闘により、重傷者はいても死者も出ず、少しずつ敵にダメージを確かに蓄積していた。


 しかしここに来て天使兵にまた異変があった。


 あるタイミングを境に天使兵は目の前の敵を倒すのにこだわりを見せなくなったのだ。適当にあしらってとにかく要塞の方へと移動しようと行動方針を変えたのだ。


 それは要塞内に侵入した伊東家の刺客全員を倒したという連絡が来てからのこと。


 先ほどまでと戦況もがらりと変わり、逃げようとする上級天使兵に大阪が食らいつき、それを如月がサポートする。他の者は大阪や如月から離れたところに射撃や投剣を行い逃亡を邪魔する。


 しかし、皆要塞方向に走ることが度々あった。つまり邪魔はしていても徐々に天使兵は要塞へと近づいているということだ。


 羽の攻撃はレイが大天使と戦いながら大部分を撃墜するおかげでスタンダード隊員全員が天使兵への攻撃に参加できている。


(まずいってこれ)


 もう要塞がすぐ近くまで来ている。そろそろ本気で止めなければもう中の爆弾が爆発する。


 散々利用されて最後は体を爆破されて終わるなど、その体の持ち主にはあってはならない尊厳破壊だ。


 如月は確信して、無茶を承知で大阪を抜かし前に出た。


「おい!」


 わかっている。万全の状態ではない自分では分が悪いどころではない。最悪すぐに殺されるかもしれない。


「でも。絶対それだけは許さないから!」


 如月は覚悟を決めて剣を構えた。


 天使兵も如月をどうにかしなければいけないと分かったのか、先ほど殺し損ねた少女にとどめを刺すべく接近する。


 如月は直後、炎を見た。


 これまでずっと見せられてきてもううんざり。と如月は思ったのだが。


(違う)


 その炎は黄金だった。


 そしてその炎の使い手を如月は知っている。絶対に味方だと確信できる。


「礼……!」


 剣に煌炎を宿して如月の前に降り立った礼は、

「待たせた」

 とだけ言い残し天使兵へと突撃する。


 如月は直後、わかっていたような、しかし信じられないものを見た。


 天使兵を圧倒している。


 相手からの攻撃はすべて弾き、炎の口は礼が手を地に当ててそこからあふれた炎で焼き尽くされ、狙った攻撃はすべて当たる直前までいっている。


(これなら……!)


 この戦場にいる全員がそれを好機として天使兵へ攻撃を開始。礼が脅威だと判断した天使兵は礼から逃げながら、他の隊員たちを迎え撃る。


 先ほどまでじわりじわりと要塞に近づいていた状況が、礼が参戦することで少なくとも完全に足止めができている。


(さすが、ヒーローだね)


 天使兵は礼の攻撃を何とか回避し続けているが、刃先が体に切り傷をつけた。


「あと一歩」


 そこから煌炎が傷口を燃やし始め天使兵の動きが止まった。


「あ、ああああああああああああああああああ」


(え? なに? どうしたのあいつ?)


 それは天使兵が初めて表情をゆがめ、人間らしい声をあげた瞬間だった。残った手で頭を抱えてうめいている。


 礼にも身に覚えが無い様子で警戒してか追撃はしなかった。


 それは、礼を責めることはできないものの悪手となってしまう。天使兵は苦しそうに歯を食いしばり、全速力で要塞へ向けて動き出したのだ。


「ガンナー!」


 これまでを遥かに超える速度で大阪や如月が全速力を出しても追いつけない。


 礼が炎を使い自分を加速させて追いつけそうになっていたが、直前のところで失速してしまった。如月が見ると、傷口を抱えていた。


「あんた! 回復したんじゃないの!」


「いや、大丈夫だと思ったんだけど。それにみんな苦戦してるって」


 如月は礼が早く来たから助けられた身分。文句は言う気分にならないその余裕もない。


 天使兵はもう。要塞まで後150メートル。


「ヤバい……!」


 もう終わりだとあきらめたとき。


 その天使兵の前に1人の男が現れた。


「なんだ、ぎりぎりじゃねえか。これだから雑魚を身の程をわきまえろってんだ」


 守護者第3位。武田達弘が他の箇所の討伐を終えて到着したのだ。

(第14話 煌炎の奇跡と憧れに託す願い事 につづく)

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