第8話 何事も仕事にやりがいは必要だろう?

 クロハが使っている十字の手裏剣のような武器は、彼女の要求に応じて姿を変えまくっている。


 飛ぶときは手裏剣、いや、プロペラのように回転しながら飛ぶブレード。これは姉貴の謎技術により飛ぶ刃と同じように、クロハの意思によって自由に飛び回っているように見える。


 そして光の刃でできている十字の刃は形を大きく変えることができるみたいだ。近接戦闘では、トンファーの形になって天使兵の攻撃をしのいでいる。


 下級の天使兵の主な武装は槍とたまに飛んでくる羽の形の光弾であることが多い。突きを弾き、次の攻撃が飛んでくる前に俺の追撃が間に合った。


「こっちも終わった。後続が来る前に逃走」


 護衛対象の2人にクロハが出口を指さしながら指示をする。


「2人とも、申し訳ありません。このようなことに巻き込んでしまい」


「2人を守れればそれでいい」


「ありがとう。今日お話しできたのは楽しかったです。また会いたいですね」


「それは2人とも生き残ったらだ」


 クロハは従者のほうにも声をかけた。


「ここは私たちで食い止める。向こうで何かあったら、その時は腕輪を使え」


「はい。お嬢様は必ず守ります」


 別れの挨拶はここまで。また嫌な感じがこっちに近づいているのが分かった。


「行って!」


 2人が出口を通るところまでを見届けるのと、次の天使兵がここに来るのは同時だった。


「礼。突破」


「ああ。ここを通しはしない」


 次にやってきた天使兵を俺たちは迎え撃つ。





 10体くらい倒しただろうか。おそらく俺たちが逃がした2人はターゲットで向こうも逃がすわけにはいかなかったんだろう。


 あきらめてくれたのか、ピタリとその後来る天使兵はいなくなった。俺たちはレイたちと合流するために表通りに戻ることにした。


 広い通りに出てすぐ、俺たちの目に映ったのは、槍の戦い。


 よく見ると花原さんが天使兵と戦っていた。彼女は近くで怯える人たちが逃げる隙を作ろうと果敢に挑んでいるみたいだ。


 花原さんが使っているのは、形が刃の部分が光の刃になっている軍でも使われているスタンダードなもの。にも見えるけど刃の色と持ち手の部分があまり見ないような。


 クロハが十字の手裏剣を飛ばし彼女を援護すると、出来た隙に天使兵に致命的な一撃を追わせて討伐することができた。


「うわぁ! びっくりした! 君たちいたんだぁ」


「大丈夫か?」


「私は平気。とにかくこの人達が逃げれる出口に行かないと。向こうは今レイちゃんともう1人が足止めしてくれてて」


 レイに通信がつながらなかったのはそれどころじゃなかったからか。


「そこの出口は今天使兵なし」


「おっけー。みなさん! その道に行ってください!」


 行ってください! って君も逃げるんだよ! と言いたいところを我慢。いや。逃がす必要はあるけど1つだけ聞かなければならないことがある。


「隣にいたやつはどうしたの?」


「少しトイレ行ってくるから待っててって。待ってる間に騒ぎになっちゃったから、待たずにここまで来ちゃったけど」


 どうも怪しい。本物だったら俺やクロハだけでなく、レイでも苦労する伊東の幹部だ。見つかる前に逃げる方が良いに決まってる。


「なら花原さんも逃げて。俺はレイと合流してから」


「そうはいかないよ。まだ困ってる人がいる。あの学校に通っている以上、せめて反逆軍や御門家が来るまで」


「危険だって!」


「なら君も逃げよう。君だって特別じゃないんだよ?」


「俺はそういうわけには。レイだって」


「君が逃げないなら私が逃げるわけにはいかないよ。私も君も同じ学校に通って、将来は京都を守る人になるんでしょ? 怖くたって逃げてちゃだめじゃん」


 まずい、こりゃ思った以上に頑固……いや言い方がよくないな。花原さんは正義感が強いんだ。


「……誰かさんにそっくりな頑固さと総隊長だったら言うね。人のこと言えないくせに」


 クロハ? それはまさか俺のこと……?


「出口の近くという優位を崩すのは拒否。上級天使もいるかもしれないし、そうなったらさっきみたいな幸運はない」


 そうだよな。もし3体一気に出てきたら、俺が1人、クロハが1人、だとしてももう1人が花原さんを狙うかもしれない。


「花原さんは逃げて。俺たちは大丈夫だ」


「でも……」


「君が行かないのなら無理やり連れて行く」


 さすがに折れてくれたのか、

「むぅ……わかったよぉ」

 と出口へ走り出した。


 嫌な予感。天使兵がまた近づいてくる。今度はひと際強い力も感じる。上級天使以上が混ざっているに違いない。


「礼、襲来」


「分かっ」


 それ以上の言葉が出なかった。


 世界がゆっくり進んでいる。


 その中で、俺の直感が1つの危険を知らせた。



 このまま出口に行かせてはいけない。



 迫って来る天使兵ではなく、すぐに出口の方を向かなければならない。そっちに。


「何してるの!」


 クロハの声も無視。煌炎で出せる全力で花原さんのところに!


 ――。


 ――?


 痛ぁ……ぁ!


 違う。しっかりしろ、吹き飛んでるぞ俺! 何かに弾き飛ばされた。とにかく地面に、足をつけて。


 花原さんは。


 俺の見た先に。最悪の光景が広がっていた。


 心配そうに俺を見る花原さん。その背後に。


 フードの男が立っていた。


「だーめだよ。待っててって言ったのに人助けのために突っ走るなんてさ」


 その男は花原さんの首に何かを打ち込んだ。注射器……?


「え……?」


 花原さんは意識を失った。その場で倒れてしまった。


 すぐにそいつを何とかしよう。足に力を込めた瞬間。


 黒い風のような何かが襲い掛かってきた。煌炎を身にまとい何とか身を守って。


 俺はまたぶっ飛ばされた。


 最初、少し浴びてしまった気がする。近くに十字の手裏剣の残骸が転がっていた。


「あ……ぐ……」


 腕がひび割れている。ひびが少しずつ体の中に入ってきてすごく痛い。もしかしてあれは、ただ破壊力があるだけじゃなくて、少しでも受けたら体が崩れる。


 俺は無事だったけど、体が崩れるなんて、どれだけの痛みが……!


 けど、俺の痛みはすぐにひいた。オレとしてはこっちの方が少し怖かった。炎が俺の傷をすぐに修復して、ひび割れを無くしていく。


 隣にぶっ飛ばされたクロハに俺は煌炎を灯してみる。


「う……? これ」


 よかった、効果があるみたいだ。


「興味深いね。ここで会えるとは思えなかった。神の巫女。黄金の炎は俺の崩壊の力を直してしまうとは。素体候補の君にはちゃんと自己紹介をしておこう。伊東家、崩壊と新生を統べる権能を持つ大天使を律す。『崩壊』天と呼んでいいよ?」


 先ほど俺をぶっ飛ばしたのはあいつの横にいる天使。見た目は俺の少し年下くらいの少年なのに、大天使なのか……!


「おまえ……花原さんをどうするつもりだ」


「俺はこの子がお気に入りになってね。ほら9月1日、そこでお披露目するステキな新技術を使った天使兵の素体に彼女を使おうと思ったんだ」


「だましてたんだな。花原さんを」


「おいおい、ひどい言い方だな。伊東の中じゃ俺は異端児でね。俺のようなおもちゃ屋は、いや、改造屋は人間をいかに大切に、俺たちの仲間に改造するかを常考えるものだ。今回の仕事はみんなは京都のゴミ溜めに来るの嫌がってたけど、俺はやりがいを感じてる」


「掃除? 改造? 人間を当たり前のように」


「……どうしてそんな怒るんだ。だって旧式だろ君たち? 不要になったら捨てられて終わりだ。ひどい話だ。 だからちゃあんと、リサイクルしてあげる。うれしいだろぅ? この子もその栄誉に選ばれたんだ。むしろ喜んで、そして感謝するところだろ。ほら? それすら理解できない低知能なら猿と変わらない」


 こいつ……。にっこにこで頭のおかしいことを言っている。


 わかることは。伊東の中核にいる連中は、どうあろうと人間を同じ生命体として見ていない。ゴミかそれ以下かと本気で考えているんだ。


「だから、殺すのか」


「殺す? ははははははははははははははは。ふはあっはハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 は……? なんで笑うんだ。


「やっぱり面白いね。人間と話すのは。本当にカルチャーショックってやつを受けるよ」


 こいつは……。


「君たちだめよ。『死ぬ』『殺す』って使っていいのは、この地球で生きる生物に対してだ。邪魔だから掃いて捨てるだけの人間が、くくふふ……『生きている』わけなぁいじゃーん! だから俺がちゃんと生まれ変わらせてあげる。好きになった子を見捨てるのは愛じゃないだろ?」


 だめだ。


 俺は今まで甘く見ていた。言葉がでない。


 伊東は人間にとって悪いやつとかそういう次元じゃない。


 人間にとって伊東家は本来。絶対に倒さないといけないんだ。


 (第9話 伊東の大神は人間掃滅を宣告した に続く)

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