第5話 神人の世を知るものは人間の価値を語る

 *****


 買い物を楽しむふりをしながら、視界の端には花原さんといけ好かない男の姿を捉え続ける。


「これ、栄養ドリンクなんだぁ」


「飲んでみたい?」


「でも人間のお客様には体質に合わない方もいるって書いてある」


「でも体質に合わないからって死ぬわけじゃない。才能がある人間が飲むとテイル残量をさらに強化してくれるらしいよ?其 失敗したらお腹くだすだけだし試してみるのも一興」


「人前でもしもがあったら恥ずかしいからお家でやる」


「ボクは君がどんな姿を見せても失望なんかしないのに」


 先ほどから想像以上に仲睦まじそうな2人を見て、別行動にしてしまったことを少し悔やんでいます。


 あのフードの男は怪しいと


 うらやましいなぁ。


 私だって今まで礼とはずっとあんな感じでらぶらぶしてたはず。もちろん今もそうですけど。言いようのない不安は一晩寝ても消えてくれる様子はないですが。


「そんなにおだてても飲まないよ。でも、どんな姿を見せても失望しないなんてホントー? 私、お世辞は嫌いだよ?」


「そうかい? 本当に気に入ったなら、相手がどんなのになっても愛着があるものだとボクは思うね」


「愛着って。まさか君私のこと好きなの?」


「人間を見る目はある方なんだ。君はきっとボク好みだと思う。事実近くで見ているだけで僕はワクワクしている」


「君……」


「本当の愛ってのはどんな相手でも受け止めることだ。そしてそうしてくれると信じて相手への献身を止めないことが相思相愛への第一歩じゃないか」


「なんか、すごいこと言うじゃん。ナンパ得意?」


 どんな相手でも受け止めること、そうしてくれると信じること。


 怪しい男に諭されるのは実に良くないと思いますが、確かにそうかもしれません。


 相手のことが好きなのに、相手が自分を嫌うかもしれないなんて考えてしまったら、疑心が生まれてしまうのも当然。


 私は礼のことを信じてます。だから不安に感じる必要なんてない。きっとどんな私でも……いえ、それではだめですね。


 伴侶として恥ずかしくない心構えではいなくては、あの想像みたいな傲慢な態度は良くないですね。


 ちゃんと献身の心も忘れないように。


 まあ、具体的に何かが変わるわけではないですが……。


 おっと、2人が外に出ていきそうです、追わないと。


 2人が気づかないよう、しかし撒かれないように少し距離を空けることを忘れないように――。


 ん……。見られている。


 1人、私に殺気を向けている者がいる。店の扉を出た瞬間から徐々に私と距離を詰めています。


「クロハさん。少し相談が」


 この事実を伝えたところ、尾行はまもりさんが引き継いでくれるそうなので、私は自分に迫っている敵への対処に集中することにしましょう。


 路地に入り、あえて行き止まりのところへ私を追っている者を誘導します。


 翼が生えている人間。


 釣れたのは伊東家の天使兵。


「私に何か用ですか?」


 相手は答えず、少しずつ私に近づいてきました。どうやらただでは帰してくれなさそうです。……目の前には1人ですが後2人はいそう?


 ここで大事にするわけにはいかない。手加減しながら様子を見ましょう。


 でもどうして天使兵がここに? この商店街に実害がなければいいのですが。――人間の姿をしていてもその体はとっくに変わってしまっていることが分かります。



 *****

 



 クロハがやってきて俺の隣に座った。


「ここに引きこもる?」


「はい。迷惑をかけますねクロハ様」


「承知」


 目の前のお嬢様は隣に座ったお人形(クロハ評)の服の乱れを直している。


「お嬢様、ありがとうございます」


「これくらいお礼を言うことじゃないでしょう」


 隣の従者の子はされるがままだ。しかし不快そうではない。きっといつもこうしているのだろう。


「あなたから見て、私たちは異常者に見えますか? 伊東の神人に愛される人間など」


 唐突に従者の方が俺に話しかけてきた。


「え?」


「すみません。緊張を紛らわせようと思いまして、会話の種を」


 ええ……その話題で?


「世間知らず」


「申し訳ありません。クロハ様。今後のお付き合いの際に不快であれば控えないといけませんのでそれをはっきりさせようと思いました」


 しかし内容はともかく気を利かせてくれたのなら俺も黙るわけにはいかない。別に悪口が思い浮かんだわけじゃないし。


「仲いいなってことと。あとは、少し俺も単刀直入に言わせてもらうけど。伊東家にも人間に友好的な人がいるんだって」


 お嬢様はくすくすと、俺がジョークを言ったのかというタイミングで笑い始めた。


「私に幻滅してもらいますね。私も人間の世なんてどうでもいいのです。伊東家が正しいとは思いませんが、私はこの京都は『神』に支配されるべき土地だと思いますし」


 げ、人間の味方ってわけじゃないのかこの人。


「私はこの子と一緒に生きていければ場所は京都でも神戸でも名古屋でもいい。そして世界的な共通認識として、『神』の庇護なき人類は淘汰されるものです。私は今もその考えは確かに持っているということです」


「それはつまり、京都も伊東のものになるべきだとは思ってると?」


「私は八十葉がふさわしいと思います。高性能な者が社会を動かし低性能な者はそれに従う構造はあるべきです。低性能な人間は高性能な神人に管理され、神人は管理下の人間への報酬として幸福を彼らに保証する。……なんて言ったら生粋の京都人のあなたは怒りますよね?」


 隣の従者のお嬢さんもうなずいた。


 なるほど……価値観ちげー! これは伊東の世を見て出てきた から出てくる言葉なのか。大事に


 カルチャーショックってやつを受けたからか、言い返す言葉が思いつかない。


「ほら言った。お人形遊び」


「本人の前でもそれを言うのか」


「護衛の話の受けたときに私は言った。偽らないし協力相手に共有すると。彼女はそれを了承済。彼女にとって隣の子は大事なお人形だから執着している。初めての友達だし可愛がりたいけど」


 クロハははっきりと、

「でも別に、人間に対して慈悲を持っているわけじゃない。伊東とずれているだけで京都が敵視するべき神人」

 言い切った。


 向こうから何も反論はなかった。悪びれる様子もない。


 しかし言いたいことはあったようだ。


「でも、私は京都に来てから人間にも好意を持ちましたよ」


「ふうんそれは初耳」


「多様なあり方を認め共存の可能性を残す柔軟性、どれだけ理不尽な世でも生き抜こうとする生存性、そして大事なもののために合理を捨てて行動する意外性。神人が軽視する価値観です。この街で私は多く見ました。それは人間らしい良さだと思います」


 俺の方へと視線戻すお嬢様。今の3つを象徴するような人物ではないと思うけど俺。


「あなたは殺すのが理に適っていると判断すべき今のパートナーを助けた。悪を受け入れ、生を尊び、合理を捨てて、それを今も通し続けている。私はあなたが人間として魅力にあふれていると思いますよ」


 魅力にあふれる……褒められている? 


「そう……かな?」


「ええ。これは本当にそう思ってます」


 悪意のないならば内容の前に、照れてお口が、にへら、と緩んでしまう。


「あなたのご活躍は、故郷を離れ無援で逃げ込んできてすぐの、未来が不安だった私に勇気を与えてくれました。私も、たとえ何が起ころうとも、大事な彼女と一緒にいようと」


 お嬢様は隣の人形に肩を寄せる。自分を所有物だと自覚する従者の彼女もそれに応え方を寄せた。


「いちゃつくのすきだね」


「あなたはまもりさんとこれくらいの仲じゃないの? 私からすれば私たちとあなたたちはそう変わらないけれど」


「……私は、まもりのことは好き。でも向こうはどう思ってるかな」


「ふふ。私たち、気が合うと思います。だってみんな人間らしい愚かでも美しい愛を持っている。私たちは似た者同士かもしれません」


 ――目の前の2人を見ているとレイの変化に一抹の不安を覚えていたことが小さな悩みだと思えてきた。


 大事にすると決めたんだ。相手がどうなろうと一緒にいたいと思う限りは目の前の彼女のように大事にする。それでいいと思う。


 多様を受け入れるのも人間らしいし、もしレイが俺が想像した最悪お嬢様に変貌しても、人間らしくそれを受け入れる度量を持ってこそ、パートナーというものかもしれないしな。


 それによく考えたらあくまで最悪の場合だから今から悲観的になる必要もないし、リスクを考えて先手を打つほどの命に関わる重要事項でもない。


 未来を悲観する必要なんかないだろう。





 お茶会はしばらく続いた。


 お嬢様は結構自分のパートナーに自信があるらしく、思い出話や従者であるマミさんの可愛いところの自慢話を披露してくれた。なかなかおしゃべりだが、話上手なので意外と夢中になって聞いてしまった。


 お嬢様の自慢に合わせ時々表情を変えリアクションをする隣の子。幸せそうな2人の様子の様子を見ると、クロハが2人に手を貸したい、という気持ちも少しわかった気がする。




 *****


 お茶屋の近くに翼をもつ人型の何かが数人、誰かが出てくるのを待っているかのように立っている。


(第6話 なぜ姉は裏切ったのか につづく)

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