第3話(終) 姉貴「礼が妹だったら溺愛してたなぁ」

 俺の家は相当変わった家だ。


 外からの見た目はでかめの倭風の屋敷なのだが、そもそも玄関の扉は自動ドア。


 引き戸が勝手に開くと奥には木製だと見た目から嘘をついているエレベーターの乗り場が現れるのだ。


 地上2階、地下8階建てのマンションなのだが廊下というものは存在しない。


 エレベーターに乗って生体認証を受ければそのまま部屋の玄関へと連れていってくれる。


 ちなみに災害等が起こりエレベーターが使えなくなっても、部屋全てに呪術を用いた避難口が存在する。


 どんな原理で外に出られるのか不思議だったものだ。


 それも今にして思えば、レイと俺が一緒にいるあの部屋も倉庫の入り口を媒介にあの空間へとつなげているのと同じ原理なのかもしれない。


 いきなり現れた玄関で靴を脱ぎ捨て、フローリングの廊下を歩いて、真っすぐリビングへと向かう。


 3LDKの家は姉貴と2人でクラス分には十分広く、バイト先でレイにばったり会わなければ今もこの家に帰っては寂しく一人過ごしていただろう。


 姉貴は1週間に1回帰ってくればいい方だ。


 どうやら姉貴は中堅クラスの戦闘員として最近は京都の外へと遠征をすることが多いらしい。


 この前なんかはそれなりに長かった。帰ってきてすぐ怪我の療養のため数日入院したんだから、その姿を見た時に冷や汗が流れたものだ。


 そんな姉貴の姿を見てきているから、姉貴が俺に同じ道に来てほしくないという話をする気持ちは分かる。


「姉貴……」


 マジか。リビングでお茶飲んでた。帰りを待つか、帰ってこないなら電話しようと思ってたくらいなのに。


「おかえり礼。久しぶりね? とりあえず向かいに座りなさいよ」


 姉貴は少し怒っている、いや少しどころじゃないだろう。見た目不良弟に怒りを覚えるのは当然のことだろう。


 恐る恐る椅子に座ると、いつもニコニコしている姉貴が真面目な顔で真っすぐこっちを見る。


「ねえ、貴方最近家に戻ってないでしょ?」


「姉貴だって戻ってないだろうが。大丈夫だよ、別に不良とつるんでいるわけじゃない」


「お願いだから家に居て。最近は危ないんだから」


「なんで。危ないのはいつものことだろう?」


「最近は正体不明の鬼娘が悪霊を倒してまわってるけど、鬼は人を襲うんだから。貴方に何かあったら耐えられない」


 姉貴の目、マジだ。目に光がない……こえぇ。


 もしもあの娘が俺だとバレたら何しでかすかわからないな……。


 そういえば、バレるバレないで思い出したけど、安住は俺が姉貴の弟だって言ってたはずだ。


 昨日の昼間姉貴と話した時にはつい忘れていたが、姉貴は正体を知らないということなのか?


 それならちゃんと言えばいい。今俺は、ようやく自分の夢に向けて歩き出しているところだと。


「姉貴は反対するかもしれないけど、俺、やりたいことができた。そのためにはどうしても夜に出かけないといけないんだ」


「何のために?」


 全てを言えないのは後ろめたいところだが、さすがに、

『角の生えている女の子に「助けて」って言われたから手を差し伸べた。今は彼女の人間に戻りたいっていう願いをかなえるため頑張ってる』

 とか言った暁には、家に監禁されて、レイの身にも危険が及ぶことは明白。


 しかし姉貴に嘘をついてもすぐばれそうなので、本当のことを言うしかない。


「彼女ができた。独り身なんだ。一緒にいてほしいって。俺、彼女の願いを叶えてやりたい」


「……へ?」


 静寂。それは姉貴のフリーズによるもの。マジで10秒間微動だにしなかった。


 しかし、その後、姉貴は今までの怖い顔から一転、顔を少し紅くしてめっちゃにっこりした顔になった。


「そう。そうなんだ。それならまあ、仕方ないか。あんた男らしいところあるじゃん!」


 良かった……姉貴が笑ってくれた。これで疑心による追及は逃れられるだろう。


「てか、男らしいってなんだよ。俺はずっと男だっただろ」


「あんた妙に仕草が女々しいのよ。今はだいぶがっちりしてきたけど昔は他の同級生に妹なのってなんども聞かれたのよ?」


「あ、そうなん……知らなかったな」


「ウチとしても本当は弟と妹が欲しかったから、1人2役がアリなのは嬉しかったなぁ。礼がこのまま可愛い路線に走ってくれたらって思ったくらい」


 おいおいおい。それも初耳だぞ。今までそんな邪なこと考えたことがあったのか。


「そういえば昨日会った子。安住は危険だから近寄るなって言って詳しいこと教えてくれなかったけど、可愛かった。もしも礼が女の子ならあんなふうに……ふへへ」


 ガタン。


「何ビビってるの。ドン引きみたいな顔しないで」


 いきなり昨日の話を引っ張り出されてビビッてしまった。つい膝を机の支えにぶつけてしまったのだ。


「姉貴、妹も欲しかったのか?」


「溺愛しちゃうと思う。礼は男の子でしっかりしてもらいたかったから我慢したけど、甘やかしたいタイプなんだから。下の子にはね」


 マジか……厳しいイメージしかないけどな。


 母親代わりってこと背負って俺には厳しく当たってくれてたのだろう。愛の鞭多めなのは時代錯誤なのでいただけないけど。


「俺からすれば姉貴こそおしとやかさを覚えろって。嫁として貰い手がなくなるぞ」


「うっさい。自分がリア充になったからって調子乗るなよ。で、相手はどんな人? もしかして、金髪で黒瞳の自分に似た女の子とか捕まえてないでしょうね?」


「何言ってんだ? 違うよ、同年代のいい女の子だ。俺、アイツの為なら今までで一番頑張れる。そんな気がしたから一緒にいるんだ」


「ふうん……同年代ね……」


 一瞬笑顔が消えた……でもすぐに元に戻った。なんだったんだ?


「ふふ、会ってみたいわぁ。そうかぁ。あんたにそこまで言わせるのか。じゃあ、しっかり働けるようにならないとね。もう、戦いにこだわる必要はない」


「だけどここは京都だ。やっぱり俺、学校に行って必要な鍛錬だけはしておきたい。彼女を護れるように」


「戦いはだめ。私に相談しなさい。私があなたと彼女さんを護る」


「姉貴街にいないだろ。せめて遠征がなくなったら言えよ」


「くそ、弟も口達者になってきたわね」


 俺に言い負かされそうになっているのが気に食わないのか、今までちびちび飲んでいたお茶をここで一気飲み。


 そしてドンと机に茶碗をたたきつける。おーこわ。


「夜に帰らない理由は分かった。でもできる限りは家に戻ってきなさい。彼女さんを連れ込んでもいいから」


 連れ込むって言い方ヤメロ。いかがわしく聞こえるだろ。


「それでも学校の件は認められない。あそこは戦い技術も学ぶ、けれど貴方に戦いは不向きよ。これだけは譲れない。闘争沙汰で困ったら私に連絡を一本よこしなさい。必ず」


 うーん、そこは頑ななんだな。『俺は戦いには向いていない』ってところ。


「姉貴、俺、そんなに頼りなく見えるか?」


「頼れるかどうかじゃない。貴方は、性格的に不向きなの。人助けが好きな奴ほど戦いなんて向いていない。才能は人それぞれ、一番活かせるところで活かせばいいの」


 性格的に不向きか。


 また侮られて悔しいが、姉貴も一辺倒にダメと言うのではなく、ポロリと『性格的に』と言ってくれた。


 もう少しそこについて訊きたいと好奇心が湧くけれど、今日はこの程度にしておこう。元々の目的は、姉貴に夜に帰ってこないことが多くなることをしっかり話すことだ。


 今はいい流れになってる。戦いにおいて流れを読み、攻め時と引き際を測るようレイに稽古をつけてもらっていたが、こんなところでそのマインドが役に立つとはな。


 気になることはいずれ分かってくるだろう。


 覚悟はあの出会いの日の戦いで全て決めた。きっと姉貴の心配事項も俺を悩ませることになるけれど、その時が来たら、向き合おう。


「彼女のことは大切にね。女の子を泣かせる男はクズっていうのは昔から言われているんだから」


「ああ。頑張るよ。……帰らなくなる日も多くなる。これから」


「分かったわ、でも連絡だけはちょくちょくよこしなさい。さて、話もまとまったし、久しぶりに飯、一緒にちゃんと食べよか」






 その後は姉貴の手作りの飯を食べながらいつもと同じようになんとない話をした。俺は最近あった面白いことを、姉貴は軍で起こったこの愚痴やら自慢やら。


 実家をしばらく離れて、今こうして帰ってきた思ったけど、ここはここで俺の居場所としてリラックスできる空間なんだなって思った。


 度々帰ってきてくつろぐのはありかもしれない。そしていつか、レイに認めてもらえたらこの俺と姉貴の聖域に彼女を連れて来て、姉貴に紹介しようと思った。







 レイの元へ帰ると、レイは嬉しそうにこちらを見る。


「見てください!」


 違和感……。


「あ、角」


 レイは唐突に俺の手を握り自分の額へ。


 いや、角はある。見えなくなってただけか。でも、これはレイが昼間でも街を歩けるように隠形術を習得、開発していた成果だろう。


「これで、一緒に外に出られますね?」


「ああ。そうだな」


「早速、今度、服を一緒に買いに行きましょう?」


「へ?」


「礼が女性姿の時、昼間に出かけるのを遠慮してましたよね? でも服があれば昼間も活動できますよ?」


 コーデ……そう言えば姉貴にも、女姿の時にコーデの話されたな……。やっぱり今の服は他人から見ると巫女姿の時、変に見えてるのだろうか。


 レイも期待の眼差しで見ているところ、断ることもできない雰囲気だ。もしかするとレイもそんなことを思っていたのかもしれない。


「わ、分かった……でも、スカートは無理だぞ……」


「えー。絶対に似合うのに。仕方ない、まずは近い服からですね……」


 これから長い付き合いになるんだ。何事も俺がああしたいこうしたいじゃダメだよな。姉貴が言う通り、レイを泣かせないよう、ジェントルマンを心掛けなければ!

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