漂流物、和泉守兼定

 スケルトン工兵とオークたちに堀を掘らせている間、軍団の増強に努める。


 サブナク城の宝物庫から持ってきた素材はやはりコボルトを造るのに便利なものが多かった。


 それと獣人関係の魔物を造り出すにも。


 なぜだろう? と考えていると、イヴが答えを教えてくれる。


「それはサブナクが獣人の魔王だからでしょう。ですから自然と獣関連の素材が集まるのかと」


「そうなのか」


「そうなのです。サブナクの身体は人間の形を成していますが、首から上は獅子の頭を持っています。魔王サブナクの別名は獅子王です」


「なかなか強そうな二つ名だ」


「事実、強いかと。魔力には長けていないため、軍団自体は凡庸ですが、個人的武勇はFランクの魔王ではありません」


「なるほど、つまり脳筋魔王か。個人的武勇頼りなのかな」


「一言で言えば」


「ならば謀略の仕掛け甲斐がある」


「なにかいい案でも?」


「ある。とりあえず工兵たちにこの地図を渡して指示をしてくれ」


「これは……!?」


 頭の良いイヴは見た瞬間、俺の意図をくみ取ってくれたようだ。


 

「さすがは御主人様です。その知謀、獅子の爪さえ寄せ付けません」


 と褒め称えてくれた。


「まあ、褒めるのは成功してからにしてくれ。その前に準備をしないとな」


 サブナクがFランクの魔王でも、それは他の魔王との相対であって、俺の軍団との対比ではまだまだ向こうのほうが強勢である。


 こちらとしては弱者の戦略をとらせてもらうしかなかった。


「先ほどの強襲、それにイヴの話から、相手が獣人の魔物で軍団を編成しているのが分かった。ならばこちらはその獣人に強い魔物を多く召喚する」


「素晴らしいアイデアです」


「獣族は俊敏で強靱な肉体を持っているが、肉体派だ。魔法が使えるものは少ない。なので物理攻撃を無効にするゴーストやレイスの部隊を作ろうと思う」


「さすが御主人様です」


 とイヴは幽鬼族を作りやすそうな素材を持ってきてくれる。

 それによって物理攻撃の効かぬレイスという幽霊型の魔物を20体ほど作った。



【レアリティ】 シルバー・レア ☆☆

【種族】 幽鬼族 レイス

【職業】 魔法使い

【戦闘力】 211

【スキル】 物理無効 呪殺魔法



 能力はこんな感じである。


「これで一方的に戦えますね」


 イヴの声は弾むが、俺は軽く否定する。


「いや、魔法使いが少ないとは言っても、皆無なわけじゃない。それに魔法を付与した武器くらい持っているだろう。レイスにばっかり頼っていると負ける」


「なるほど」


「なのでこちらも強力な獣人モンスターを召喚する」


 先ほども触れたが戦利品の中には獣人関連のものが多かった。それらを集約して強力な獣を呼び出す。


 獅子であるサブナク自身には及ばなくても、コボルトやワーキャット程度ならば片手で倒せる魔物が欲しい。


 なので獣人でもより上位のものを召喚するため、サブナクから奪った素材をすべてクラインの壺に入れ、魔力を注ぎ込む。


 こうして生まれたのがかの有名な「人狼」だった。

 ウェア・ウルフ、ライカンスロープなどとも呼ばれている人型の魔物。

 全身に体毛があり、頭部が犬のモンスター。

 獣人族の上位種。

 人狼は上位種にふさわしいステータスを持っていた。



【レアリティ】 ゴールド・レア ☆☆☆

【種族】 獣人族 ウェア・ウルフ

【職業】 戦士

【戦闘力】 591

【スキル】 鋭敏嗅覚 治癒促進



 その能力値は今まで召喚したどの魔物よりも高い。

 こんな頼りになる魔物が10体も召喚できたのは僥倖であった。



 余りの素材で定番のゴブリンやオークを召喚すると、我が軍団アシュタロト軍の陣容が整った。


 数、それに質もサブナクの軍団に引けを取らないはずだ。

 そう口にすると、イヴは不敵に笑った。


「ならば御主人様の勝利は確実ですね。軍団が互角であるのならばあとは将の質。将としての器は御主人様が凌駕しております」


「だといいのだが」


 気軽に応じると、俺は召喚した兵を集め、訓練をすることにした。

 強力な軍隊も訓練をしなければただの獣と変わりない。


 彼ら個性的な魔物を統率し、自分の手足となって動かせるようになったとき、初めて油断することが許されるだろう。


 それまでは気を引き締め、兜の緒を引き締め続けなければならないのが俺の立場だった。





 このように対サブナクの戦略を練る日々、やつから奪った素材はほぼなくなったが、代わりにとあるものが残っていることに気が付く。


 やつの宝物庫には素材だけでなく、お宝もあったのだ。


 多くは金銀財宝で城の金庫に保管し、街の拡張などに使う予定であったが、中には換金できないものもあった。


 捨ててしまうわけにも行かないし、どうするか、悩んでいると、イヴがその使い道を教えてくれた。


「御主人様が今、見つめているものは、日本刀でございますね?」


「日本刀……?」


 と尋ね返したが、そこには意外という成分は含まれていなかった。


 反り返った刀身、まるで芸術品のような輝き、それは自分の頭の中にある日本刀そのものだった。


 たしか俺は前世でもこれを研究し、それに惹かれた記憶がある。

 この武器に惚れ込み、自分でも作ろうとした記憶があった。


 それが成功したかは定かではないが、これが日本という国の固有武器、カタナと呼ばれるものであるとは確信する。


 イヴに尋ねる。


「イヴよ、この世界にも刀はあるのか?」


「東にある島国にある、という噂を聞きます。そこからの輸入品の中に日本刀が。西側の国々では好評で王侯貴族が芸術品として収集しています。魔王の間でも人気で、日本刀で武装したものもいます」


「なるほど、しかしこれはこの世界の日本刀ではないな……」


 断言する。


「どうしてそのような結論に?」


「この世界の匂いがしない。俺は別の世界からやってきたから、余計に敏感なんだ。この国の物質の匂いにね。この日本刀はおそらく、いや、間違いなく、『異世界』のものだ」


「さすがは御主人様ですね。それが『漂流物』だと一目で見抜きましたか」


「漂流物?」


「漂流物とはこの世界に流れ落ちた異世界の遺物のひとつです。珍しくて強力なものが多く、多くの漂流物を所有することがこの世界の権力者のステータスとなっています」


「なるほどね、だから獅子王サブナクも持っていたのか」


「だと思われます。仮にも魔王。強力な漂流物を持っていてもおかしくない」


「たしかに日本刀は強力だが、一振りではなあ……」


 もしもこれを量産し、兵士に装備できるのならば話は別であるが、一振りだけだと工芸品としての価値しかない。


 そう言うと、イヴは珍しく笑みを浮かべた。


「……御主人様にも知らないことがあるのですね」


 と言った。


「どういうことだ?」


「漂流物と呼ばれるものは、召喚素材としても使えます。それをクラインの壺に入れれば、その漂流物の持ち主の魂魄を召喚できるのです。それを『魂魄召喚(こんぱくしょうかん)』といいます」


「普通の魔物召喚とは違うということだな」


「左様でございます」


「なるほど、面白い。それでは召喚してみるか」


 クラインの壺にカタナを入れようとするが、イヴが不審な顔をしている。

 どうした? と尋ねると彼女は言った。


「……たしかに魂魄召喚は強力な異世界の英雄を呼び出せるのですが、力の強い英雄は自我を持ちます。中には召喚したものに手向かうものもいますが」


「なるほど、ありえそうだな。しかし、もしもここで背かれるのならば俺もそこまでの魔王だったということ。たったひとりの英雄も御することができず、天下を望めようか」


 その言葉を聞いたイヴは、涙を流す。

 感涙にむせびながら、「さすがは御主人様です」と賞賛してくる。

 相変わらず大げさであるが、彼女の杞憂を早めに取り除くことにした。


 鬼が出るか、蛇が出るか、それは分からないが、 


『和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)』


 と書かれた刀を放り込む。

 それを壺に入れた。

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