星界よりの使者、メテオ

 魔王サブナクの城の前まで行く。

 するとそこには数匹のコボルトがいた。

 コボルトとは犬型の亜人だ。

 彼らは胡散臭そうな目で俺を見つめ、尋問してくる。


「なんだ、貴様は、ここを魔王サブナク様の居城と知ってのことか」


 俺は答える。


「もちろん知っている。俺の名は魔王アシュタロト」


「アシュタロト……? 聞いたことがないが」


 一匹のコボルトはそう言うが、もう一匹は俺のことを知っていたようだ。


「アシュタロト、聞いたことがある。最近生まれたばかりの魔王で、今回、サブナク様の従属下に入った新米魔王だ」


「ああ、なるほど。今、サブナク様が出陣しているのもこいつのためなんだっけ。――で? どうしてそのアシュタロトがここにいるんだ?」


 サブナク様はお前のために戦っているんだから、お前も平原に行くべきじゃないか、コボルトは常識論を述べる。


 犬のくせに正論であるが、その問いにはこう答える。


「サブナク様ほどの勇将ならば俺の助けなどなくても人間など蹴散らすでしょう」


「たしかにな。我が軍は最強だ」


「なので代わりに貢物を持ってきました」


「貢物? それは肉か?」


 コボルトは、「はあはあ」と尻尾を振る。


「肉もあるかもしれません。ですがその肉はあなた方の死骸の一部でしょう」


 どういうことだ! 二匹のコボルトが同時に叫ぶと、俺は呪文を詠唱する。



「時は満ちた。星を震わせ、雨となれ! メテオ!!」



 俺が詠唱したのは《隕石落下》と呼ばれる魔法。この世界では禁呪魔法の一種とされ、強大な魔力を持つ熟練の魔術師しか放つことのできない強力な魔法だった。


 空を覆っていた分厚い雲の間から真っ赤な筋が地上に降り注ぐ。


 大気圏を通過するときの摩擦で真っ赤に燃え上がった石の塊は、とんでもない速度でサブナクの城の城壁にぶつかると城壁を砕いた。


 その威力はすさまじく、周囲にいたコボルトを吹き飛ばし、庭に生えていた樹木を燃え上がらせるほどだった。


 メイドであるイヴは思わず口にする。


「御主人様は魔王随一の知略家であると同時に、最強の魔術師でもあるのですね」


「それは褒めすぎだが、まあ、城に穴をあけ、犬ころを倒すくらいは余裕だ」


 驚愕のあまり打ち震えているコボルトの後ろに回り込むと、彼らの首筋に手刀を入れる。


 無論、手加減をして。

 仮に本気で入れてしまえばそのまま首を跳ね飛ばしてしまう恐れがある。


 俺は猫好きではあるが、犬も好きなのだ。コボルトとはいえ、余計な殺生はしたくなかった。

 

 少なくとも武器をかまえていない兵士を不意打ちで殺すのは後味が悪い。 


 門番を倒し、城壁に穴を開けた俺は、イヴに指示をする。


「まずはウッド・ゴーレムを投入しろ」


「は!」


 うやうやしく頭を下げ、指示に従う。


「ゴーレムたちに細かな指示はいらない。どうせ覚えられないからな。とにかく、暴れまくれ。それ以外はしなくていい」


「ゴーレムを城内で暴れさせ、城兵を混乱させ、ゴーレムにヘイトを集める。その後、オークを投入して素材倉庫から素材を強奪させるのですね」


「さすが軍師様分かっているじゃないか。その通りだ。さっそくその通りに指示してくれ」


 イヴは分かりました、と頭を下げると、オークを投入する。


 彼らは元々強欲、宝物庫を探し出すのは得意であったし、略奪もお手の物であった。


 特に細かい指示はいらない。


 注意しなければいけないのは、手に入れたお宝を横領されないか、精査するくらいだった。


 それはイヴが目を光らせてくれるからいいとして、俺がやるべきはゴーレムの援護だろうか。


 俺の呼び出したゴーレムは城兵を蹴散らしているが、数が少なすぎた。

 あっという間に敵軍のゴブリンやオークに囲まれ、腕や足を破壊されていた。

 このままでは略奪が成功する前にすべて破壊されてしまいかねない。

 王として援護すべきだろう。

 そう思った俺は、馬車に詰め込んでいたスケルトンに魔力を付与する。


 先ほどまでただの骨だったスケルトンたちはカタカタと動き出し、人の形に復元されていく。もちろん、ひとたび失われた肉が復活することはなかったが。


 骸骨兵となったスケルトンたちは馬車に入れてあったショートソードと盾を握ると、そのまま前進し、場内の戦闘に参加した。


 スケルトンは弱い魔物であるが、死を恐れない。

 すでに死んでいるから憶することなく、前進し、敵に襲い掛かる。

 オークやゴブリンなど、ある程度知性のある兵にはそれは脅威だった。

 しかもこのスケルトンは俺が魔力を付与し、操っている特別な兵士。

 そこらの亜人では相手にならないだろう。

 ゴーレムを追い詰め、士気が上がっていた敵軍は、恐慌状態に陥る。

 そこにすかさず《火球》や《氷槍》や《風刃》などの魔法を詠唱し、援護する。

 もはや敵軍に反撃する余力はない。次々と城から逃げ始めた。


「お見事です。御主人様」


 イヴは褒め称えてくるが、それを受け入れる暇はない。


 こちらの戦力はいまだ過小、城兵たちが体制を整えればあっという間に駆逐されるだろう。


 それに万が一、サブナクの本隊が戻ってくれば万事休すだった。

 王である俺すら帰還できずに捕縛される。

 それだけは避けたかった。

 なので俺はイヴに迅速に尋ねる。


「宝物庫の略奪にはあと何分かかる?」


「5分ほどでしょうか?」


 懐中の時計を持ち出し、確認するイヴ。


「分かった。その間、俺は暴れに暴れ回るから、素材と宝の略奪が済んだら、オークたちを指揮し、帰還せよ」


「御意」


「落ち合うポイントは途中にあった森の中だ。もしも、一刻経っても戻ってこなければアシュタロト軍はそこで解散だ。宝物や素材は退職金としてオークどもに分けろ」


 その言葉を聞いてイヴは眉をしかめるが、俺は彼女を納得させるため、笑顔を作る。


「万が一だ。この俺が後れを取るわけはないからな。証拠を見せようか?」


 と言うと俺は呪文を唱え、《火球》を作り出す。

 それをコボルトの一団に叩き付けると、彼らを吹き飛ばした。

 爆風で吹き飛ぶ犬頭族(コボルト)たち。


 それを見てイヴは安心したのだろう。それに彼女は軍師でもある。今は時間が貴重だと分かっているようで、オークの指揮をとってくれた。


 メイド服のまま勇壮に指揮をする女性を見送りながら、魔法を放つ。

 魔力の出し惜しみはしない。

 この作戦は賭けである。

 もしも失敗すればそのまま滅亡するような大胆な作戦だった。

 能力も魔力も出し惜しみする理由はひとつもなかった。

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