ぎこちないサンタクロース
大きなリースで飾られた繁華街。街路樹に巻かれたイルミネーションの明かり。特別なフレーバーの温かいコーヒー。
ホリデータイムはいつどんなときでも美しくて、なんだか少しだけそわそわしている。
今日は人で溢れかえる百貨店へ足を伸ばしていた。
だが、人の多さに酔ってしまい、目的である物は何も買えていなかった。
これもまた一興だな、と一息つきながら喫煙所で煙草に火をつける。
彼女には、何が似合うだろうか。空気の淀んだ部屋で考えていた。
遠距離の僕たちに訪れる三度目のクリスマス。毎年一緒に過ごせているわけではなかった。
僕も彼女も、特別な日を作るのを嫌がった。記念の日がいつなのかわかると、離れて過ごしていることを実感するからだ。
だから街中がどんなムードになっても、二人はいつもマイペースだった。
そんな中、彼女が仕事の用で珍しく僕の住む街に来ることになった。
何もない部屋だけども少しだけでも一緒に居たいと思い、僕の部屋に泊まっていかないかと提案をしてみたところ、彼女から良い返事が返ってきた。
正直に言うと、嬉しくてたまらなくて、飛び上がってしまうみたいな感覚だった。
これは怠惰でぶっきらぼうな僕に神様が与えてくれたチャンスなんだと。
そして僕はこの際だからとクリスマスプレゼントを用意しようと考えたのだった。
彼女に思いを馳せる時間が僕は好きだ。自分自身に向き合う時間から開放される、ただそれだけのずるい理由からだ。
実は、彼女に物を贈るのは初めてだった。一緒に映画を見たり、テーマパークやライブハウスに行ったりはしていたが、一緒に住んだことのない普段の彼女の生活スタイルを僕は少しだけしか知らない。だから何を渡せばいいのか全く検討がつかなかった。
物を贈るなんて柄じゃねえや、と煙を吐く。寒くなった街の中で吐く息と似ていた。
僕は物を貰うのが好きではなかった。物が後世に残り、壊れる様が嫌いだった。
だが、今日の僕はなんだかいつもと少しだけ違っている。
あえて自分のルールを破りたい気分だった。
もし今、僕があれを贈ったら、彼女は驚くだろうか。
ふと考え、残り少ない煙草の火を消した。
思い立って向かったのは先程喫煙所に来るまでに見かけたジュエリーショップ。
この時期はショーケースを眺めに普段は来ないような男性客も多い。僕もその中の一人だった。そしてカップルの多さに圧倒される。
渡された札を持って順番を待った。番号が呼ばれたので店員に声をかけると、にっこりと微笑みながら僕の要望を聞いてくれた。
どんな間柄なのか。どんなシーンで贈るのか、どんなデザインが良いか、どれくらいの予算か。様々なことを尋ねられた。
いろいろと相談した結果、僕は何も買わないという決断をした。
彼女の指のサイズは知らなかったし、好みもあまり気にしたことがなかった。
今までの自分の在り方を後悔し、とぼとぼと百貨店を後にした。
飾られた街路樹を見ながら歩いていると路地裏に「Vintage Shop」と書かれた小さな立て看板を発見した。
近くに寄って見てみると、ショーウィンドウにはペアのカップとソーサー。
これかもしれない、と思った。
重たい扉を開ける。カランコロン、と音が鳴る。中からは暖かい空気と、控えめな音量のクリスマスソング。
六畳くらいの空間の中央に小振りのシャンデリアがあり、周りには高そうなベール付きのウールの帽子やキラキラと輝くイヤリング、ラグジュアリーなネグリジェなど、いろんな物が陳列されていた。
彼女に合いそうな物をいろいろと物色してみたが、やはり一番に良いと思った物がいい、と思い古そうな椅子に座る店主と思しき女性に話しかけてみた。
「せっかく来てくれたのに、こんな状態でごめんなさいねえ」
店主は今、足腰が悪いらしく、長時間立って接客ができないと言う。
僕が来た時間はもう暗くなり始めた頃だったので少し申し訳ない気持ちになった。
ショーウィンドウのカップについて尋ねてみると、どうやらそれは売り物ではなかったらしい。
僕が残念がっていると、店主がゆっくりと立ち上がり、レジの奥の方へと消えていった。
なんだろう?と考えているうちに店主は帰ってきた。何か布にくるまれた荷物を両手に持って。
「あのね、少し違うモデルなのだけど、もしよかったら見てみて」
巻かれていた布を広げてみると、先程ショーウィンドウで見たカップと似たような物だった。
あれと何が違うんだろう?と思っていると、店主が丁寧に説明をしてくれた。
「これは1990年からドイツで作られた物で、ヴィンテージと言うにはちょっとまだ浅いかな、という感じなんだけれど、飴色の釉薬がかかっていてとても素敵だから買って帰ってきたの。ディスプレイの物は同じメーカーだけれど、もう少し昔の物よ。」
僕は自分や彼女が生まれた頃に作られた物がまだこんなに綺麗な状態で世の中に存在するということが衝撃的だった。
僕はなんだか運命に出会ったような気分になり、カップとソーサーを二客買うことにした。
「すみません。あの、お代はいくらになりますか?」
「そうね…あなた、大切にしてくれそうだから、十パーセントくらい値引きしてあげるわ」
にっこりと店主は笑った。何故か僕は信用されているようだった。
なにやら話を聞いていると、あのショーウィンドウに飾ってあるマグカップは、店主が旦那さんと数十年前にドイツ旅行に行った際に選んだものなのだそう。
その旦那さんは数年前に亡くなってしまったから、売り物にはできない、という話だった。
彼女へのプレゼントなんです、と伝えると、店主はまたにっこりと笑って、「気合を入れてラッピングするわね」と言ってくれた。
プレゼントの梱包を待っている間、いろいろなことを考えていた。
彼女と初めて会った日のことや、一緒に見てきた景色のこと、電話で何時間も話した他愛もないこと、初めて一つになったあの夜のこと。
遠距離なこともあり、僕たちは普通のカップルと少し外れているような感覚があったから、こんなふうに恋人らしいことをするのは今更だけど少し照れくさかった。
また、プレゼントの中身が僕たちらしく少し変テコでなんだか可笑しかった。
丁寧に梱包されたプレゼントを店主から受け取り、僕は店を出た。
もう辺りは真っ暗で、街灯が灯っていた。
吐く息は煙草の煙と似ていて白い。
サンタクロースは、いつでもこんな幸せな気持ちなのだろうか、と思う。
あの小さな店で流れていたクリスマスソングの鈴の音が、僕の背中を押してくれた。
君はどんな顔をするだろう。
驚くだろうか。喜んでくれるだろうか。
喜んでくれると、嬉しいな。
彼女とお揃いの物を末永く大切に使っていけますように。
もうすぐ、クリスマスと君がこの街にやってくる。
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