【二一一《揺るぎない二人による尊い日の二人だけの証明》】:一
【揺るぎない二人による尊い日の二人だけの証明】
夏休みも折り返し地点を過ぎたこの時期、俺にとって重要なイベントが待っている。それは、凛恋の誕生日だ。
今までも、付き合ってからは毎年誕生日プレゼントは欠かさなかったが、今年は今までの誕生日とちょっと違う。
今年、凛恋は二〇歳になる。つまりは、成人になるのだ。
俺は凛恋の誕生日の遥か前から、凛恋と凛恋の家族であるお父さんお母さん優愛ちゃんに頭を下げて頼んでいたことがあった。
凛恋の誕生日を俺に使わせて欲しいと。
お父さんとお母さんにとっても、娘の凛恋が二〇歳になる日には格別の思いがあるはずだ。そして、その日を迎えられたことを盛大に祝いたいと思っているはずだ。でも、それは俺も同じだった。
お父さん達と比べれば、俺が凛恋と過ごした時間は短い。でも、凛恋への愛はお父さんお母さんにも負けていないと思っている。だから、俺は不躾なお願いをした。だが、お父さん達は本当に優しくて、俺に凛恋の大切な日を祝わせる権利をくれた。
だから、絶対に今日は凛恋に人生最高の日だと思ってもらわなければいけない。
俺は、車を運転しながら、前々から決意していて今朝も反すうした強い決意をまた反すうする。
誕生日を一日欲しいと言っても、流石に丸一日を下さいとは言えず、俺は夕方以降の凛恋の時間を使わせてもらうことになっている。しかし、その提案をした後に、俺はとんでもないお願いをしたことに今更気付いた。
俺は夕方以降の時間をもらい、お父さんとお母さんにちゃんと言ったのだ。
“翌日の朝には責任を持って家まで送り届けます”と……。
前の日の夕方から翌朝までの時間を下さいと言うということは、その日は一緒に寝泊まりしますと言っているのと同じだ。
お父さんとお母さんは俺と凛恋が同棲することを許してくれるのだから、俺達が一緒に寝泊まりすることに関してはきっと今更な話だ。俺もそういう慣れから、お父さんとお母さんにお願いした時は深く考えなかった。しかし、自分の言ったことを思い返して俺がとんでもないことを言っていたことに気付いた。
付き合っている大学生の男女が外泊すれば、そりゃあ誰だってその日はエッチくらいして当然だと考える。俺もそのつもりだし、隣でニコニコしている凛恋もそのつもりに決まっている。そして、お父さんもお母さんもそうなると分かっていただろう。それで笑顔で承諾してくれたお父さんには有り難いと思うと同時に申し訳なくなった。
みんなでコテージに泊まった次の日から、俺達は数日置きに互いの家に泊まり合っている。だから、泊まりに関してあれこれ考えるのも今更の話だ。仮に今日が凛恋の誕生日じゃなかったとしてもどっちかの家に泊まっていたのは間違いないし、互いの家族にバレないようにエッチしたのも間違いない。だけど、それをお父さんの目の前で宣言した形になったのではないかと思うと落ち着かなかった。
いや、もう今更考えても仕方のない話だ。凛恋のお父さんだって俺と同じ男だ。大好きな彼女の誕生日に泊まりになっているのに、何もしないことがどんなに精神的にハードルが高いかお父さんだって分かってくれる。もし、凛恋の方が拒んでいるのなら話は別だが、俺の隣に居る凛恋を見れば拒んでいないことは分かる。
「凡人~、どこに連れて行ってくれるの?」
「そんなに心配しなくても遠い場所じゃないって」
「え~教えてよ~」
嬉しそうに微笑む凛恋の顔を見て、俺は凛恋の笑顔を見られる幸福感を抱きながらも一抹の不安を抱く。凛恋の表情を見れば、今日この日のデートに対する期待値がかなり高いことが分かる。
そりゃあそうだ。二〇歳の誕生日は一生に一度なのだから、その誕生日をどう祝ってくれるかという期待は、それはそれは大きなものだろう。俺も、その期待を予想して前々から万全の準備をしてきたつもりだ。でも、それでもちゃんと喜んでもらえるだろうかとか、期待を超えられないとしても、期待に応えられるかという不安は持ってしまう。
「凡人、そんなに緊張しないでよ」
「そ、そうは言われてもな」
「私、今日を凡人と一緒に過ごせるだけでチョー嬉しいの。しかも、一ヶ月以上も前から今日の予定を俺にくれって凡人に言われて、凡人が私のことを大切に思ってくれてるって十分分かってるんだから。だから、そうやって緊張しないで一緒に楽しもう?」
「分かった。緊張しないのは無理だろうけど、緊張に押し潰されないように気を付ける。俺も、凛恋と一緒に今日のデートを楽しみたいし」
俺がそう答えると、凛恋は優しく笑って助手席から俺の太腿に手を置いて軽く撫でる。
「本当は一日凡人にあげても良かったのよ?」
「流石にそれは出来ないって、お父さんとお母さんにとっても大事な日なんだから」
「でも、おめでとうって言われたくらいよ? 凡人が夕飯は食べないでって言ってたから夕飯も食べてないし。別に食事とか気を遣わなくて良かったのよ? 私は凡人と一緒ならゲームセンターでもカラオケでも良かったよ? どこだって凡人と一緒なら楽しいし最高の誕生日になるに決まってるし」
「そんなこと出来るか。凛恋の誕生日なんだぞ。しかも二〇歳の誕生日なんだから」
凛恋は明るく言ってくれるが、優しい凛恋がそう思ってくれてるって分かるから、絶対に失敗することがあってはならないのだ。
「わあっ! サマーイルミネーション!」
車を自然公園の駐車場に入れると、デカデカと出されたサマーイルミネーションの看板を見て凛恋が弾んだ声を出す。
「やっぱり凡人ってロマンチストだよね。誕生日にサマーイルミネーションなんて!」
「結構調べたんだよ。雰囲気の良いデートスポットはないかって」
「ありがと! 凡人大好きっ!」
車を駐車場に停めると、凛恋が助手席から抱き付いてきて頬にキスをしてくれる。どうやら掴みは大丈夫だったらしい。
助手席から降りた凛恋に続いて俺も降り、車のロックを掛ける。すると、車の前を回ってきた凛恋が俺の腕を抱いた。
「凡人、行こ!」
ハイテンションの凛恋が俺をグイグイ引っ張って、自然公園の入り口まで歩いて行く。
駐車場から自然公園まで続く道は、俺と凛恋のように恋人連ればかりで、みんな手を繋いだり腕を組んだりしている。もちろん、家族連れの人達も居るが、圧倒的に恋人連れの比率が高い。
「私も遂に二〇歳になったか~」
「初めて会った時は高一になったばかりの頃だったから一五だったよな。それから五年経ったけど、昔の凛恋の写真を見ると、やっぱり大人っぽくなった」
「それって化粧の仕方とかファッションじゃない? 今は化粧にもかなり慣れてるし、ファッションも落ち着いたし。あと、髪の色も暗くなってるし」
「初めて会った時は典型的なギャルだったからな、凛恋は」
「初めて会った時に若干引いてたって聞いた時はチョー凹んだ思い出がある」
「仕方ないだろ? 俺は派手な女子が一番苦手だったんだから」
俺の頬を指で突きながら言う凛恋に、言い訳を言いながら昔を思い出す。
出会ったばかりの頃は、凛恋の派手な見た目に騙されていたが、凛恋という存在をちゃんと見た時から可愛かった。それはもう恐ろしいくらい可愛くて、しかも性格もめちゃくちゃ良いということも知って、いつの間にか凛恋のことを好きにさせられていた。
「でも、確かにあの時から比べると身長も伸びたし大人っぽくなったかな~」
「胸も大きくなったしな」
「それは凡人のおか――せいでしょ?」
「俺は何もしてない」
「私は高一の春に、凡人に大人の女にしてもらった記憶があるけど? めっちゃ痛かったし」
俺をからかい倒そうとする凛恋は、ニタニタ笑いながら俺の腕に胸を押し付ける。
「まあ、私も凡人を大人の男にしたけどねー」
「わざわざ凛恋がコンドーム買ってきてしたいって言ってたしな」
「仕方ないでしょ? 私、付き合う前から初めては絶対に凡人が良いって思ってたんだから」
凛恋をからかい返そうとしたら、いつもは赤面するはずの凛恋は涼しい顔で全く気にした様子はない。
「出会った頃の話が懐かしいって思えるの嬉しいな~。それだけ二人で過ごせた時間が長いってことだし」
「出会った頃はまさか付き合うとは思えなかったし、今同棲してるなんて想像してなかったしな」
「私は凡人と出会った時からずっと一緒に居たかったよ? 凡人は私の運命の人だし!」
「凛恋にそこまで思ってもらえて嬉しい。凛恋と付き合えてるだけでも幸せなのに」
「私の方が幸せよ。凡人みたいな優しくて格好良い彼氏が居て、その彼氏の運転でサマーイルミネーションに連れて来てもらえるなんて。しかも誕生日だよ? チョー幸せ者過ぎる」
弾んだ声で俺を褒めてくれる凛恋と一緒に、俺は入り口で二人分の入園料を支払って園内に入る。
「ヤバっ! チョー凄いっ! 凡人! 見て見て! チョー綺麗だよ!」
「凛恋、走ると危ないぞ」
子供のようにはしゃぐ凛恋に手を引かれ、沢山の電飾で彩られた公園に入っていく。
日頃は緑色の芝生に覆われている場所が、今は芝生の上に敷かれた電飾がオレンジ色の光を発していて、すぐに黄色から青色に変化する。
幻想的という陳腐な言葉が浮かび、俺の視界にキラキラと瞳を輝かせた凛恋の横顔が見えて、幻想的ということに陳腐さを感じる自分がどうでも良くなった。
ただ自分の見ている世界に凛恋が居るだけで、ただ凛恋の存在だけで何も要らないと思える。凛恋のことを、凛恋の秀麗さと可憐さを感じるためだけに自分の持っている感覚と感性を全て凛恋のためだけに傾けたい。いや……自分の全てを傾けないなんておこがまし過ぎる。
華やかで綺麗な電飾を霞ませるほど秀麗で可憐で艶やかな凛恋は、俺を振り向いて微笑んだ。
「凡人! 奥まで行こ!」
麗しい凛恋の声と笑顔に誘われて、俺はなす術なく凛恋の魅力に一気に取り込まれる。
凛恋に引かれて電飾のアーケードに入ると、凛恋は愛くるしい笑顔で自分の上にあるアーケードを見上げる。俺は、その凛恋が転ばないように通り道を確認してエスコートしながら、今この時の凛恋の表情を見逃さないように凛恋の顔にもせわしなく視線を向ける。
「やっぱり、凡人と居ると凄く心がドキドキする。綺麗なイルミネーションだけど、やっぱりこの感動って凡人と居ないと感じられない……」
吐息を漏らしながらそう呟いた凛恋は、アーケードから俺に顔を向けてニコッとはにかんだ。そのはにかみに、俺の心臓がドクンッと激しく跳ねた。凛恋が本当に喜んで楽しんでくれている。それを認識して、俺は一先ず安心してホッと息を吐いた。
アーケードの前までは、ふんだんに電飾が使われて明るく華やかなイルミネーションが印象的だったが、アーケードを抜けると電飾の数が抑えられていて、明るく華やかというよりも静かで落ち着いた雰囲気だった。
周囲の明るさが抑えられた分、周囲の人の気配が薄くなり、隣に居る凛恋の存在がより強くなる。
俺達は自然公園最奥まで行くと、小さな噴水の周りにあるベンチに並んで腰掛け淡い青色の光で彩られた噴水を眺める。そして、俺が凛恋の肩に手を回して抱き寄せると、凛恋は俺の胸に頭を置いて体を委ねた。
「最高っ……」
「喜んでもらえて良かった」
「こんなに素敵なデートに連れてきてくれてありがとう」
俺に体を委ねた凛恋はもう終わりという感じだが、俺からすれば第一段階を何とかクリアしたという段階だ。この後にまだ凛恋に用意しているものがある。
「後か先か迷ったけど、今渡す」
「えっ?」
俺は鞄の中から、綺麗にラッピングしてもらった小箱を差し出す。その小箱は結構小さめで、きっと箱を見ただけで中身に何が入っているかは予想が付いてしまう。
「指輪?」
焦りながらも丁寧にラッピングを解いた凛恋は、リングケースを開けて中に収められた指輪を見て目を丸くする。
「前々から思ってたことがあったんだ。凛恋の右手の薬指には何もはまってないって」
「右手の薬指?」
「ああ。凛恋は左手の薬指に俺とペアの指輪をはめてるだろ? でも、右手の薬指には何もない。変な男が凛恋の右手だけ見て声を掛けてくる可能性だってある。だから――」
「さっきの最高はなし! 今がさっきよりも最高っ!」
「おわっ!」
凛恋は俺の首に手を回してがっちり抱き付き、柔らかい頬を俺の頬に擦り付ける。
「凡人に付けてほしい」
「分かった」
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