【一六三《彼女達は出会い合い、彼女達は思い合う》】:二
「凡人は何食べる?」
「凛恋はどれとどれで迷ってるんだ?」
「えっと~アップルパイとフレンチトーストかな」
「じゃあ、俺がアップルパイ頼むから、凛恋はフレンチトースト頼めよ」
「うん! ありがと! 飲み物は何にする?」
「オリジナルブレンドのブラックにする」
「分かった。はい、飛鳥」
凛恋は俺の注文を聞き終えると、メニューを隣に座る稲築さんに渡す。しかし、凛恋はいつもの凛恋と違って、声は作っているし行動も大袈裟にべったりしている。明らかに本蔵さんの目を気にしている行動だ。
「多野くんと八戸さんって仲が良いね」
「うん。私と凡人はずーっと仲良しなのっ!」
空条さんが微笑ましそうに笑いながら言うと、凛恋がクシャッと明るく笑う。その凛恋は本当に嬉しそうだった。
「この後、みんなで遊びに行かない?」
みんなが注文した品々が運ばれてくる中、空条さんが凛恋と稲築さんの方を見て提案する。
「八戸さん達に何も予定がなければだけど」
「私は大丈夫だけど」
「私は、凛恋が良いなら良いよ」
凛恋が探るような視線を向けながら稲築さんに尋ねると、稲築さんは自然な笑顔で凛恋に答える。
やっぱり、凛恋と話している時は、俺が感じる刺々しさはない。
凛恋に対する態度と同じ態度を取ってほしいとは思わない。ただ、もう少しだけ無難に話せる雰囲気は作ってほしいと思う。そうすれば、お互いに変に警戒するというか、気を遣い過ぎることもなくなると思う。まあ、気を遣っているのは俺だけかも知れないが。
「じゃあ俺達も付いていこうぜー」
「多野くんは八戸さんが居るから分かるけど、飾磨はなんで付いてくるの?」
「ちょっ! 千紗ちゃん、酷いッ!」
ニヤニヤ笑いながら、空条さんがからかうように言う。すると、飾磨は大袈裟に声を上げて嘆いた。
「凡人は来てくれる?」
「もちろん」
隣から凛恋に甘えた声で言われ、俺はテーブルの下で握った手の指を凛恋の指に絡める。すると、凛恋は横ではにかみながら指を絡め返した。
「じゃあ、仕方ないから飾磨も付いてきて良いよ」
「よっしゃー! こんな可愛い子達と遊べるなら、荷物持ちでもなんでもする!」
本当に嬉しそうな声と表情で、頼んだナポリタンをガツガツ食べ始める飾磨から目を離す。そして、凛恋に再び向けると、凛恋がフレンチトーストを切り分けながらニコニコと微笑んでいた。
その日の夜、家に帰って来て風呂も入ってのんびりしていると、隣に座る凛恋が俺の腕を抱いてべったりとくっつく。俺はその凛恋の体に少し体重を掛けて寄り掛かった。
「空条さんと宝田さん、良い人達だったね」
「良かった」
「本蔵はなんで付いてきたか分かんないけど」
ぷうっと両頬を膨らませた凛恋は、不満げに話す。
本蔵さんも喫茶店に行った後も付いてきたが、洋服を楽しそうに見ている凛恋達から離れて、俺と飾磨のように凛恋達を遠巻きに見ていた。その間、俺にサークルの話をしていたが、確かに何しに付いてきたんだろうという感じだった。
「まあ、本蔵が何しようとしても、凡人は私の彼氏だから無駄だけど!」
「その割りには、結構意識してなかったか?」
凛恋にからかうように聞き返すと、凛恋は顔を近付けて目の前で小さく唇を動かす。
「意識するよ。ううん、チョー嫉妬する。だって、私の凡人を奪おうって言うんだもん。でもそれは、本蔵だけじゃなくて、理緒にも露木先生にも」
「俺は凛恋以外にはなびかないって」
「うん。だから安心してる。でも、凡人に好かれようってしてるの見ると、やっぱり意識しないのは無理」
目の前にあった凛恋の唇が、俺の口の端に触れる。そして、目の前でニヤッと笑う凛恋の顔が見えた。
「今、口にチューしなかったからがっかりしたでしょ?」
「し、してませんけど」
「嘘吐かないの。そういうの、私は全部分かっちゃうんだから」
笑いながら言う凛恋は、俺の手と指を組んで握り、俺の胸に頬を当てる。俺は空いてる手で、凛恋の背中を抱き寄せた。
「誰にも渡さないしもう二度と凡人から離れない」
「俺も凛恋を離さないぞ。離したら、他の男にすぐ盗られる」
「バーカ、私は凡人以外の男の人とは絶対に付き合わないし。凡人以外とチューしたりエッチしたりなんて考えただけで気持ち悪い。だから……ね?」
そう言った凛恋は、俺の顔を見上げて首を傾げる。そのほんのり頬を赤くした凛恋の唇に、俺は吸い寄せられるようにキスをした。
週末の講義が終わって、いつも通り食堂でコーヒーを飲む。今日は飾磨は居らず、久しぶりに一人でのんびりと休むことが出来ている。
今は、凛恋が講義終わりに話があると言って、凛恋が終わって連絡が来るのを待っている状況。もう少し、食堂で時間を潰すことになるだろう。
「あっ、多野くん!」
「空条さん」
「あれ? 今日は飾磨居ないんだ」
「ああ、予定があるんだって嬉しそうに帰って行った」
空条さんは持っていた紙コップをテーブルに置き、小さく息を吐きながら俺の隣に座った。
「八戸さんに、この前は楽しかった、ありがとうって伝えておいて」
「ああ。凛恋の方も楽しかったみたいだ。ありがとう」
「良かった。あんなに可愛いのに全然鼻に掛けない気さくな人だよね、八戸さんって」
「ああ。凛恋は凄く良い子だよ」
凛恋を褒められて嬉しくなって答えると、空条さんはニコニコ笑って俺の顔を見る。
「それに、多野くんのことも色々聞けたしねー。ミニスカート好きなんだって?」
「えっ!?」
思いも寄らない話に、俺は困って聞き返してしまう。確かに凛恋の穿くミニスカートの破壊力は強くて、俺は凛恋のミニスカート姿が大好きだが、そんなことを話されているとは思わなかった。
「だから、今日は多野くんにサービスでミニスカート穿いてあげたよ? どう?」
「あ、ああ。似合ってると思うよ」
薄手のストッキングに包まれた足と丈の短いスカートを穿いている空条さんに言われ、俺は大分返答に困りながら答える。
「良かった良かった。多野くんはこの後インターン?」
「いや、凛恋と会う予定がある。今は、凛恋が終わるまで待ってるところ」
「そうなんだ。私は暇だったんだけど残念。でも、多野くんが出て行くまで付き合って」
「ああ、良いけど」
「良かった。本当、この後は家に真っ直ぐ帰るしかなかったし」
紙コップから飲み物を飲んだ空条さんは、椅子の背もたれに背中を付けて大きく息を吐く。
「なんか疲れてる?」
「昨日親から電話があってさー。ちょっと面倒くさくて」
「なんか小言でも言われた?」
「いや~送ったお見合い写真は見たか? 誰が良いかって」
「お見合い?」
苦笑いを浮かべる空条さんは、紙コップを置きながらまたため息を吐いた。
「自慢とかじゃないんだけど、うちの親って会社を経営してるの。それで、良いところのお坊ちゃんと婚約しろってうるさくって」
「なんか、ドラマみたいな話だな」
「私もそう思う。それに、私ってまだ一九だし、それに……結婚するなら好きな人が良いって思うし」
少し恥ずかしそうに笑った空条さんは、紙コップの中の飲み物を飲み干して大袈裟に笑って、おどけた声を出す。
「相手が三〇過ぎのおっさんばかりなの。いったい、どこにこんなおっさんと結婚する女子大生が居るよって感じでさ。それで、お見合いはしないし、おっさんとも婚約なんかするかって喧嘩したの」
「でもそれは、空条さんが正しいと思う」
俺は空条さんの話を聞いて、凛恋の母方のお爺さんのことを思い出した。
凛恋の母方のお爺さんは、凛恋と優愛ちゃんに政略結婚をさせようとしに来た。その孫を孫とも一人の人間とも思っていない行動は、俺は今でも許せることじゃない。
空条さんの両親がそういう意図ではなく、少しでも裕福な家に娘を嫁がせて楽をさせたい。そう思ってのことだったのかもしれない。でも、本人の意思を尊重していない点では同じだと思う。
「もちろん、徹底的に反抗するつもり。なんだかんだ、お父さんって私に甘いから、結局向こうが折れるに決まってるし」
クスッと声を出しながら人の悪い笑みを浮かべる空条さんだったが、その空条さんに嫌悪感は抱かなかった。それくらいの反抗はしても問題ないと思えたからだ。
「多野くんの親は?」
「俺は小さい頃から母方の祖父母に育てられたから」
「ご、ごめんなさい……」
「気にしなくて良いよ。話してなかったから、知らなくて当然だ」
俺は謝る空条さんに笑顔で首を横に振る。
俺の両親のことを話して平然としている人の方が珍しい。空条さんのように気にして謝ってくる人が大半だ。そういう経験が沢山あるから、別に今更気にすることでもない。
「ありがとう。多野くんって、本当に優しくて良い人だよね。初めて見た時は、なんか話し掛け辛い人だなって思ったけど」
「まあ、第一印象は悪いだろうなー」
「ううん。悪いってわけじゃないんだけどね。なんか、私が話し掛けちゃいけない人だなーって印象があったの。まあ、凄く頭が良いって話を聞いてたのもあったんだけど」
空条さんはクスクス笑いながら、スカートの裾に触れる。
「でも、ミニスカートの話をしてキョドってる多野くんを見て、なんだかもっと親近感が湧いた」
「その件に関しては、これから凛恋に問い詰めないとな」
「あー、それ止めたげてよー。八戸さん、凡人のためにミニスカのバリエーションを増やすのって嬉しそうに話してただけだから。別に、八戸さんが多野くんの趣味をバラしたわけじゃないし」
「分かった。じゃあ、今日のことは聞かなかったことにする」
「うん。よろしく!」
空条さんがそう答えた時、俺のスマートフォンが震えて凛恋から着信が入る。
『凡人、今終わった』
「分かった。今からそっちに行くから、大学の前に着いたらまた電話する」
『ありがと。じゃあ、待ってるね』
「ああ。じゃあ、後で」
電話を終えて、俺は空条さんに視線を向けながら立ち上がる。
「じゃあ空条さん、俺はお先に」
「うん。多野くんが居なかったら話す人も居ないし私も帰る。ほら、急がないと八戸さんが待ってるよ」
「ありがとう。じゃあまた」
空条さんに別れを告げて、俺は足速に大学を出て成華女子に向かって歩く。
凛恋が話があると改まって言うのは珍しい。だから、ほんの少しだけどんな話になるのか不安ではある。
悪い話でなければ良い。そんなことを思いながら、俺は早歩きだった足を走らせた。
成華女子の前に着くと、成華女子の校門前に見慣れた顔を見付けた。
「希さん?」
「あっ、凡人くん。もしかして、凡人くんも凛恋に呼ばれた?」
「希さんも?」
声を掛けた希さんの話を聞いて、俺は聞き返す。凛恋は希さんも呼んでいるなんて話はしていなかった。しかし、希さんまで呼んでいるとなると、凛恋の話というのは結構大変な相談なのではないかと思ってしまう。
「希さん、凛恋から今日呼んだ理由とか聞いてない?」
「ううん。ただ、相談したいことがあるから来てって言われただけ」
「そうか……」
「でも、電話で話した時も深刻そうな声じゃなかったから、そんなに心配しなくていいんじゃないかな?」
「ああ、そうだよな」
さっき電話した時の凛恋の声も明るかった。あの声から、深刻さは微塵も感じられなかったし、希さんの言う通り構える必要はないのかもしれない。
「凡人! 希! お待たせ!」
「凛恋、いったい――」
「話は座ってゆっくり話そ! さて、今日はドーナツの気分だからドーナツ食べに行こっか!」
「ちょ、凛恋!?」
腕をがっしり抱いて凛恋に引っ張られ、俺は戸惑いながら凛恋の横顔を見る。その凛恋の顔はニコニコしていて、やっぱり深刻さは微塵も感じられない。
凛恋に連れられてドーナツ屋に入り、ドーナツと飲み物を買って座席に座ると、凛恋が俺と希さんを交互に見てニッコリ笑う。そして、可愛らしくウインクをしながら両手を合わせた。
「二人にお願いがあるの!」
「お願い?」
買ったアイスティーを飲んでいた希さんがストローから口を離し、キョトンとした顔で首を傾げる。声には出さなかったが、俺も凛恋のお願いとやらに疑問が浮かんでいた。
「二人に、飛鳥に心を開いてもらえるように手伝ってほしいの!」
凛恋がニコニコと笑って言ったその言葉に、俺と希さんは視線を合わせて、同じように少しだけ表情を曇らせた。
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