【一四〇《正しい愛し方》】:一
【正しい愛し方】
次の日、俺と凛恋は瀬尾さんに喫茶店へ呼び出された。そして、瀬尾さんが正面に座って俺に向かって頭を下げた。
「本当にごめんなさい。私がちゃんとサークルについて調べずに入ったから……多野くんの大切な凛恋を危ない目に遭わせてしまって」
「瀬尾さんも被害者だ。瀬尾さんは怪我は?」
「私も飛鳥も怪我はない」
「美鈴ちゃん達、今まで以上に気を付けた方が良いと思うぞー。美鈴ちゃんも飛鳥ちゃんも、凛恋ちゃんも可愛いからなー。良い男も寄ってくるだろうけど、悪い男も当然寄ってくるし。これうめぇー」
一緒に呼び出されていた飾磨が、注文したフレンチトーストをモグモグ食べながら話す。飾磨のせいで……いや、飾磨のお陰で雰囲気は暗くならなくて済んでいる。
「飾磨くんもありがとう」
「いーや、俺は多野から電話があってから一緒に飲み屋街を探しただけだ。それに、俺はあの集団にビビって警察を呼びに逃げたしなー。明らかに自分より体格の良い男達数人に喧嘩を売るなんて、多野に格好良いところは全部持って行かれたな~」
「こっちは必死だったんだ。別に格好なんて付けてない」
「分かってるって。良いところを見せたいって打算的な考えじゃ、あんな馬鹿な真似出来ないからなー。俺みたいにビビるに決まってる」
人をフォークで指す飾磨に目を細めると、飾磨が慌ててフォークをフレンチトーストに向けた。
「本当に二人共ありがとう。二人が居なかったらどうなってたか」
「そうだなー。じゃあ、今度五人で遊びに行こうぜ! それで今回のことはチャラにしよう!」
「ありがとう」
瀬尾さんはホッとした声を発した後、俺を見てニコッと笑う。
「多野くんって、大人しそうに見えて、結構男らしかったんだね。かなり格好良かった」
「美鈴? 凡人は私のだからね」
「分かってるわよ。純粋に多野くんが良い男って思っただけ。そりゃあ、凛恋が四年間も離れられないわけだって納得した。でも、多野くんが良い人で良かった。昨日の怒り方見てたら、許してもらえないかと思ったし」
「凡人はチョー優しいのよ。あんまり怒らない。怒るのは、友達と……私が危ない目に遭いそうになった時とかくらいだし」
「凛恋が惚気けた!」
「良いでしょ! 悔しかったら美鈴も彼氏作れば良いじゃん」
瀬尾さんと凛恋のやり取りを見ていると、稲築さんがずっと黙っているのが気になった。
「あの……稲築さん大丈夫?」
「大丈夫」
短く冷たい返事を受けて、そのを見た飾磨がニヤッと笑って言った。
「やーい、怖がられてやんのー」
週明け、俺はいつものように大学で講義を受け、今日受ける最後の講義が終わり講義室を出た。すると、後ろから肩を叩かれる。
「おーい、飛鳥ちゃんに嫌われた多野くーん」
「なんだよ」
「今日バイトあんのー?」
「今日は休みだ」
「そっか。じゃあ連行!」
「ちょっ、おい!」
突然現れていきなり話し掛けてきた飾磨は、なんの前置きもなく俺の腕を引っ張る。
「どこに連れて行く気だ」
「由衣ちゃんと佳純ちゃんがさー。多野が居ないと行かないって言うんだよ」
「どこにだよ」
「飯」
「何でそうなるんだ」
「俺に聞かないでくれよ。理由は由衣ちゃんと佳純ちゃんに聞いてくれ」
「違う。鷹島さんと本蔵さんが、俺が居ないと飯を食いに行かないって言ったからって、何で俺が連れて行かれるのかを聞いてるんだよ」
「だって由衣ちゃんと佳純ちゃんと飯食いたいし」
「それはお前の個人的な理由だろうが!」
「言っただろ? 俺は女の子には優しいけど男に優しくないって」
「この前の年上の人はどうした?」
「この前? この前ぇ~……んー? あっ! ああ、京子(きょうこ)さんは昨日会ってエッチした」
「そこまでは聞いてねえよ! 飯食う相手が他に居るなら、鷹島さんと本蔵さんじゃなくても良いだろって言ってるんだ!」
俺は飾磨に腕を引っ張られながら頭を抱える。
仮にも飾磨は塔成大学に受かっているのだから、頭が悪いなんてことはあり得ない。むしろ、全国の大学一年の中では頭が良い部類の人間のはずだ。しかし、飾磨の言葉を聞いていると、こいつは本当はとんでもない馬鹿なんじゃないかと思えてくる。
「だって京子さんとばっかりじゃ飽きるだろ?」
「贅沢なやつだな……」
「本当は両手に花が良かったんだけど、背に腹はかえられないし。仕方なく多野も連れて行くことにした」
「仕方なくで俺は無理矢理連れて行かれるのか……」
「良いだろ? 親友の頼みだ」
いつ飾磨と親友になったのかは分からないが、飾磨は意地でも俺を連れて行く気のようだ。
「飾磨、俺は凛恋と飯食う予定があるんだ」
流石に同棲しているとは言えずに俺が嘘を吐くと、飾磨がポンと手を叩いて俺を見る。
「凛恋ちゃん達も呼ぼうぜ! 俺、美鈴ちゃんに電話してみるわー」
やんわり断るために言ったのに、それさえも巻き込んでしまう。飾磨という大迷惑な渦に。
「もしもし美鈴ちゃん? 今から飯食いに行かない? 多野と多野の高校の同級生二人も居るからさー。おい多野、ボーッとしてないで凛恋ちゃんに連絡してくれよ」
瀬尾さんに電話をしながら、俺に視線を向けて不満を言う。勝手に巻き込んでおいて酷い話だ。
仕方なく凛恋に電話を掛けると、繋がった瞬間に凛恋の冷たい声が聞こえた。
『凡人、鷹島さんと"本蔵"と一緒にご飯ってどういうこと?』
「飾磨が二人を誘ったら、二人が俺が居るならって条件を付けたらしい。多分、二人共飾磨のことを警戒してるんだと思う」
どうやら瀬尾さんに事情を聞いたであろう凛恋が、本蔵さんに対してかなり棘のある声で話をする。
飾磨は見るからにチャラい。中身もチャラい。言ってることもやってることもチャラい。だから、女の子の鷹島さんと本蔵さんが知っている顔の俺を加えたくなる気持ちも分かる。
『飛鳥は予定が合わないみたいだけど、私と美鈴は行くから』
「ああ。飾磨達と一緒に迎えに行く」
そう言って電話を切ると、丁度飾磨も電話を終えてスマートフォンをポケットに仕舞っていた。
「にしても多野はすげーよなー。由衣ちゃんに佳純ちゃんに、それから美鈴ちゃんと凛恋ちゃん。一人多野を連れて行くだけで美人四人と飯が食えるなんて。多野には美人を引き寄せる能力があるんだな~」
「俺にはそんな能力はない」
「いいや。俺の見立てによると、少なくとも佳純ちゃんは多野に惚れてんな。多野の名前を出した瞬間に食い付きが良かったし」
「そんなわけ無いだろ……」
そう言いながら案外鋭いと思った。でも、それを口に出して言うのはしない。本蔵さんの問題はかなりデリケートなのだ。扱いを間違えたら、凛恋が不安がる。その点で、飾磨のような人間が一番、デリケートな問題をややこしくする元凶になる。
「そう言えば、文学部の他の男達が由衣ちゃんを狙ってるらしいぜ。由衣ちゃんとの飯をセッティングしてくれってめちゃくちゃ頼まれた」
「鷹島さん、綺麗な人だからな」
「そうそう。由衣ちゃん美人だよなー。今度、また別のやつと一緒にご飯行こー」
「変な男を紹介するなよ」
「そんな怖い顔しなくても分かってるって」
分かっている気配が全く感じられない飾磨と外へ出ると、並んで立っている鷹島さんと本蔵さんの顔が見えた。
「由衣ちゃーん! 佳純ちゃーん! お待たせー!」
ニコニコと愛想の良い笑顔を向けながら飾磨が駆け出し、俺は飾磨の背中を歩いて追い掛ける。
「多野くん、こんにちは」
「鷹島さん、こんにちは。本蔵さんもこんにちは」
「こんにちは」
二人に挨拶をすると、すぐに飾磨が大学の校門に向かって歩き出す。
「よーし、成華女子の美人二人を迎えに行くぞー!」
俺と鷹島さんと本蔵さんは、先に歩き出した飾磨の数歩後ろから歩き出す。
「鷹島さん、本蔵さん、良かったのか?」
「多野くんも一緒なら安心だから」
クスッと笑う鷹島さんが飾磨の背中を見る。
「飾磨くん、悪い人って噂は聞かないけれど、雰囲気がちょっとあれだから。多野くんも居るならって言ったの」
「鷹島さんの睨んだ通りだ。あいつは悪いやつじゃないがチャラい。鷹島さんも本蔵さんも付き合い方には気を付けた方が良いぞ」
「私は多野が居なかったら断ってたから」
二人に飾磨に注意するように話していると、塔成から近い成華女子の校門前にたどり着く。
「凡人! お疲れ様!」
凛恋はそう言って走ってくると、すぐに俺の腕に自分の腕を絡めて隣に収まる。
凛恋の視線は本蔵さんの方に向いていて、本蔵さんはその凛恋の目をジッと見返していた。その状況に、俺は胃がキリキリと痛むのを感じる。飯を食い終わって解散するまで、当たり障りがないように時間が過ぎて欲しい。
「みんな、今日は回る寿司を食べに行こう!」
その飾磨の提案には誰も反対することなく、今日は回転寿司に行くことになった。
「飾磨、何してるんだ?」
回転寿司屋に向かって歩き出した飾磨が、スマートフォンを真剣な目で操作している。
「んー? スマホで席取ってるんだよ。回転寿司屋のアプリを入れてれば、予約が出来るんだ。これなら、行ってすぐに座れるし」
「マメだな」
「俺が誘ったんだからな。みんなを待たせるわけにはいかないし」
飾磨がスマートフォンを仕舞いながら言う。本当に、"女性に対しては"優しいやつだ。
「多野」
「ん?」
「悪かったな。凛恋ちゃんと佳純ちゃん、仲悪かったのか」
チラッと後ろで話している女子陣四人に視線を向けた飾磨が声を抑えて言う。
「仲が悪いっていうか……」
「多分凛恋ちゃん、佳純ちゃんが多野のことを好きなの気付いてるぞ、あれは。もっと大切にしろよ、凛恋ちゃんを」
「…………色々と深い事情があるんだよ」
やっぱり察しが良い飾磨に困りながら、俺は飾磨の話を受け流す。すると、飾磨は俺の顔を見て目を細めた。
「なるほどね。つまり、多野は佳純ちゃんが自分のことを好きだって知ってて接してきたわけだ。多野って意外とえげつない性格してるな」
「友達として仲良くしたいって言われたんだよ。そう言われたら断れないだろ」
「突き放すのも優しさだぜ? まあでも、佳純ちゃん我が強そうだからな。それでも良いからとか自分で自分を追い込んじゃったのかねー」
的確に言い当てて見せた飾磨は、俺を見てニヤリと笑う。
「羨ましいな。凛恋ちゃんと佳純ちゃんから好かれるなんて」
「俺は凛恋しか好きじゃない」
「そんでもって一途と来たか。でも、正直になった方が良いぞー? 佳純ちゃんに好かれたって知った時、嬉しいって思ったろ?」
「気持ちに応えられないから困った」
「そんな綺麗事言っちゃって。まあ、それが多野の良いところなのかもねー」
飾磨に分析されながら回転寿司のチェーン店に着くと、飾磨が先頭に立って店に入る。
飾磨が予約していたお陰ですんなり席に座れて、俺はみんなの分のお冷をコップに注いで戻ってくる。すると、ニコニコ笑って鷹島さんと瀬尾さんの間に座っている飾磨の姿が見えた。
「見よ。これぞ両手に花というやつだぜ」
「良かったな」
「多野も両手に花やればー?」
飾磨は何も知らない風を装って俺に言う。さっき凛恋と本蔵さんについてかなり言い当てていたはずなのに、いったい何を考えているんだこいつは。
「俺は通路側で――」
「多野、隣に座って」
「ほーら。美人のお誘いを断るもんじゃないぞー」
「良いんじゃない。美人の本蔵の隣に座れば」
飾磨の言葉を聞いてムッとした表情の凛恋が、俺を押して本蔵さんの隣に座らせて、自分は通路側に座る。
「通路側に座らせたらジッとしてないから、どうせ私が通路側に座るつもりだったし」
隣に座った凛恋は座席に置いてあった注文用のタブレット端末を操作して注文を始める。すると、俺のスマートフォンが震える。震えた理由は、飾磨からのメールだった。
『モテモテな多野への神様からの天罰だ』
ニヤッと不敵に笑う顔文字が最後に書かれたそのメールを見てから視線を前に向けると、正面に居た飾磨がニヤニヤ笑っていた。
「美鈴ちゃんと由衣ちゃん達は仲良くなれた?」
「歩きながらさっき話してたから、もう仲良しよー。ねー、鷹島さん?」
「そうね。瀬尾さんは明るくて話しやすい人で良かったわ」
「そうかそうか。それなら誘った甲斐があったなー」
タブレット端末を回しながらそれぞれ注文の品を選び、最後は本蔵さんの番になった。
「多野、注文するの初めてだから教えて」
「あ、ああ。まずここで好きな商品を選んでタッチするでしょ? それから、わさび入りかわさび抜きかを選んで、次に何皿頼むかをここで変えて、全部決まったらこの注文確定ってところをタッチすれば良いよ」
「多野、ありがとう」
本蔵さんに注文の仕方を教えると、反対側に座っていた凛恋がテーブルの陰で俺の手を握って引っ張る。視線を凛恋に向けると、凛恋が頬を膨らませて僅かに口を尖らせていた。
「そう言えばさー。由衣ちゃんって多野とどうやって知り合ったの?」
「私は、高校一年生の時に文化祭で困ったことがあって、それを助けてくれたのが多野くんだったの。それが、多野くんと話すようになったきっかけよ」
「なーるほど。んじゃあ、佳純ちゃんは?」
「私は多野に好きになってもらうために話し掛けた」
「「「えっ!?」」」
本蔵さんの言葉に、聞いた飾磨を含めた鷹島さんと瀬尾さんの三人が驚いて声を上げる。俺は声を上げなかったが、まさかストレートに言うとは思わなくてあ然とした。
「そ、そうかー。佳純ちゃんって意外と積極的な子だったんだなー」
本蔵さんの言葉に、流石の飾磨も動揺を隠しきれない様子で言う。
「でも、多野くんは凛恋と付き合ってるし諦めた方が良いよ」
「なんで?」
軽い口調でそう言った瀬尾さんに、本蔵さんが真っ直ぐ視線を返して尋ねる。その瞬間に、場の雰囲気が一気に冷え込んだ。
「そういう話は無しだ。俺は凛恋以外とは付き合う気はない。それで話は終わり。せっかくの寿司が不味くなる」
「そうね。ごめん」
俺の言葉に瀬尾さんが笑顔を浮かべて謝り、なんとか雰囲気は持ち直した。でも、本蔵さんはそれっきり何も言わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます