第22話 継続する努力 選抜vs光陵

 四回表は由真の出塁と盗塁でチャンスを作ったものの、その後続くことができなかった。

 そして裏の光陵の攻撃は琥珀から始まる攻撃だったが、調子が上がっている秀の前に三者凡退で終わった。

 その後の選抜メンバーの攻撃。二番に入る琉華からの攻撃だが、光陵は大きく守備位置を変更してきた。

 まずはピッチャーに琥珀を入れる。エースの立ち位置にいる琥珀を三イニング投げさせ、バッターと一巡戦わせたいのだろうか。そして空いたセンターにはセカンドの咲良が入り、琥珀がピッチャーとなったことで護はライトに入った。ライトに入っていた明菜は退き、六番セカンドとして控えの西野美鳥が入る。


「琉華さん。打てますよね?」


「……打ちますよ」


 佐伯先生の煽るような、鼓舞するような言葉に琉華はニヤリと笑った。

 琉華は一本ヒットを放っているが、一打席目は三振だ。粘って球数は見たものの、最終的には光陵バッテリーにしてやられている。グラウンドに立てば年齢などは関係ないが、上の舞台を経験している者のプライドもあるのだろう。


 琉華が打席に立ち、まずは初球。外角への速い球だ。その球に琉華のバットは反応する。

 琥珀にとっては立ち上がりの初球だ。まずはストライクが欲しい場面のため、安全にストレートでいきたいところ。それでもその球はベース手前でカクンと落ちた。

 しかし琉華のバットは止まらない。

 落ちる球を琉華のバットは……捉えた。


「レフト!」


 当てるだけ。それでもしっかりと振り抜いたバットから繰り出された打球は、上手くレフト前に落とした打球だ。当てるだけのバッティングをさせられたわけではなく、あえて当てるだけのバッティングをしてフェアゾーンに落とした打球だった。


「ナイスバッティング!」


 上手く打った打球。初球をあえて変化球で攻めた琥珀だったが、その読みを外した球を琉華は読んで打った。


 ノーアウトから代わり際の初球を放ち、琉華が出塁する。そして続くバッターは珠姫だ。

 珠姫はこの試合で当たりが出ていない。県大会では打率出塁率ともに十割という記録を残したが、打ちに打ちまくったからこそ調子が落ち着いたのか、良い当たりはあるもののこの試合はゲッツーと犠牲フライだ。


 ここは打っておきたいその初球、琥珀の投じた球は外側への丁寧な緩い球だ。その球はゆったりとした軌道を描きながらストライクゾーンへと入っていく。そしてその球に、珠姫も積極的にバットを振った。


「ストライク!」


 珠姫はフルスイングするものの、そのバットは空を切る。スイングは良いものの、どうもバットがボールに当たらない。

 そしてイップスを克服してからというものの、珠姫が無理に大振りして空振りをすることは多くない。フルスイングする時は基本的に照準を定めた時だからだ。

 それでもバットにボールが当たらないということは、それだけ相手のレベルが高いのか、それとも不調なのか……。


 二球目、またも外角を丁寧に攻めたストレートを珠姫は見送る。


「ボール」


 立ち上がりでまだ力を入れていないのだろうか。琥珀の球は本来の球ではない。それでも恐らくボール一個分くらいのズレでコントロールしている。今回は若干の狂いで外れただけの球だ。

 そして珠姫はしっかりと球を見れている。構えからしても打ちそうな雰囲気もあり、県大会へ経たためか威圧感も増している。


 その考えが間違っていたということを、巧は気付かされることになる。


 三球目、今度は内角への際どい球だ。その球は速い球でありながらも、バッターの手元で沈む球。高速シンカーだ。

 内角ギリギリの打ちづらい球。しかし珠姫のバットは快音を響かせた。


「センター!」


 速い打球は瞬く間にセンターを超える。大きい打球だ。

 打球は伸びていき、伸びていき、フェンスを越え……ない。

 打球はフェンスに直撃すると、音を立てて落下する。速すぎる打球のため追いつけはしないが、センターの咲良の反応は速く、すぐに打球を処理した。


「バックホーム!」


 魁の声に反応した咲良は、素早く送球する。しかしその球は中継を必要としないほど強い送球だった。

 咲良と魁の間、理想的な中継の位置に入ったセカンドの美鳥だったが、その球をスルーする。そしてその強い送球を見たファーストランナーだった琉華は、三塁を大きく回ったところで止まった。

 ワンバウンド、ツーバウンドしたところで送球は魁の手元に届く。大遠投で低く鋭い送球とは言えなかったが、もし琉華が本塁に突入していれば、十分アウトになる送球だった。


「まじかよ……」


 センター最奥の位置からの大遠投。流石に送球速度を意識したからかバウンドはしたものの、小さな体から放たれた球は並の男子選手をも遥かに凌駕する強い送球だ。肩の強さだけを言えば黒絵にやや劣るほどかもしれないが、体格の差を考えるとあってないようなほどの差だ。

 そして驚くのはそれだけではない。打った珠姫の打球もだ。

 珠姫に対して感じていた違和感。それは打撃フォームだ。今までのものと違うと気付いたのは打つ直前で、この三打席は恐らくそのフォームで打席に挑んでいた。

 気が付いた瞬間は不調から来るものかと思ったが、打球を見て気が付いた。巧は自分の目が節穴だったということに。いつもヒットを打つ時と同じような、ミートすることを意識したスイングだったが、それでも打球の質が違った。そしてスイングするまでの間も余裕が生まれているように見えた。

 すでに高レベルだったバッティングに手を加え、珠姫は新たなフォームに挑戦していた。まだ完璧に自分のものにしたフォームではないため、照準を定めた球に対しても空振りしていたのだろう。ただ、今まではその天性のバッティングセンスと感覚、あとは磨き上げた経験や努力で打っていた珠姫だが、さらに上の技術までも磨こうとしていた。


 巧は今まで女子野球を侮っていたのかもしれない。

 正直、監督になる前は男子野球のことしか頭になく、自分とは関わりのないものだと思っていたため興味もなかった。興味があるのは巧と同じように中学一年生ながらUー15の日本代表に選ばれていた琥珀くらいだった。

 そして監督になってからは想像以上に女子野球のレベルが高いということを思い知らされていた。しかし、それでもまだ過小評価だったのだ。

 男子野球で強豪のトップレベルの選手と比較すれば流石に劣るだろうが、県内でベスト16を狙える高校と戦ったとすれば善戦する……もしくは勝てるのではないのだろうか。そう思えるほどに女子野球のレベルは高かったのだ。


 巧は自信家と言うわけではない。だからこそ、トップレベルの選手と言われてもなお、その立場にあぐらをかくことなく練習を続け、自分を磨いてきた。それ故に過度な自信は持たずとも、蓄積された実力と比例するように、それなりの自信は持っていた。どこかで油断をしていたのかもしれない。

 ただ、今はもうそんな気持ちなどない。目の前のマウンドに立つ琥珀を、格上以上だと考えて全力で挑む。


 友であり理解者。

 その琥珀の初球、巧はまずは見送った。


「ストライク!」


 内角いっぱいのストレート。初球から厳しく、打ちづらい球を投げてくる。

 そして二球目。今度は外角低めへの速い球。その球も巧は見送った。


「ボール」


 沈む高速シンカー。僅かに外れたが、良い球だ。

 この球は去年までの琥珀は覚えていなかった球種だ。この一年……もしかしたら光陵に入ってから覚えたのかもしれない。それでもこのキレは相当なものだ。

 琥珀の球種はストレートの他にカーブ、スプリット、今日は投げていないがフォークとシュートもある。それに加えてこの高速シンカーだ。スプリットも去年は投げられなかったが、その時点で練習していたという話は元々聞いていた。

 琥珀の成長は止まることを知らない。他の球種だって覚えていてもおかしくない。


 三球目、緩いカーブに釣られるようにして出したバットはボールをかろうじて捉え、一塁側へとフラフラっと上がったファウルだ。

 少しでもタイミングが遅ければファーストへのファウルフライとなっていただろう。巧の気分としてはすでに完敗していた。

 ただ、まだ命は繋がっている。


 四球目、外角への球だ。速い球。

 選択肢はいくつかあった。ストレート、シュート、高速シンカー、スプリット。

 しかし、そんな選択肢を巧は全て否定する。

 巧はバットを振り抜いた。

 軽快な金属音とともにセンター方向へと打球が上がる。マウンド上の琥珀は打球を見ることもせずに帽子を被り直した。センターの咲良は立ち止まって動かない。


 そして打球はフェンスを大きく超えた。


 スリーランホームラン。打った球はこの試合で初めて見せる……それどころか県大会ですら温存していたため、光陵の選手たちしか知る由のない高速スライダーだった。

 打てた理由は簡単だ。ピッチャーが立花琥珀だからだ。

 どれだけ成長し、どれだけ高いレベルのプレーをしようとも、慢心することなく成長し続ける琥珀だからこそ、さらに成長した姿をここ一番の場面で見せてくると思ったのだ。


 そんな琥珀の球さえも打ち砕く。

 それは選手を辞めてもなお、練習を続け、選手として成長し続けている巧だからこそできることだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る