№02・魔王の名刺・上
「おっはよ」
「……おはようございます」
「……なにやってんの?」
翌朝、約束通り酒場にやってきたメルランスは、南野の姿を見ていぶかしげな顔をした。それもそのはず、南野はせっせと酒場の床をモップで磨いていたのだ。
モップにもたれかかって、南野はぜいとため息をついた。
「昨晩はこの酒場の物置を借りました。その対価として、雑用を任されたんです」
「あー、そういうこと」
「雑用! モタモタしてんな! 次は芋の皮むきだ!」
「は、はい! ……ってことで、出発はちょっと待ってください」
「別に構わないけど」
と、メルランスはカウンターのスツールに腰を下ろして南野を待った。
それから芋の皮むきと皿洗いを経て、ようやく南野が解放されたときには昼時になっていた。
「お待たせしました」
「ずいぶんこき使われたもんだね」
にやにや笑いながら、メルランスは南野が席に着くのを待った。
「それで、ふたつ目のレアアイテムなんですけど……」
「どんなの? どんなの?」
わくわくと目を輝かせながら、メルランスは南野が開いて見せたレアアイテム図鑑の二ページ目を覗き込んだ。
「…………『魔王の名刺』?」
「魔王でも名刺なんて持つんですね。これって難しいアイテムなんですか?」
凍り付いたように動きを止めるメルランスに、南野はなんの気なしに尋ねてみた。
「あの……メルランスさん?」
「……やっぱ、あたし下りようかな」
「そんなに難しいものなんですか?」
「バカ! 難しいなんてもんじゃないよ!」
急に大声をあげられて、南野は目を白黒させた。メルランスはさらに追撃する。
「魔王だよ魔王!? わかってんの!? すべてのモンスターの王様だよ!? 魔王討伐のために何人の勇者パーティが行方知れずになったと思ってんの! 人間の村は焼き払うし、ひとは食うし、ものすごい魔法使ってくるし、この世の諸悪の根源だし、ああもう、とにかくヤバいの!!」
「いや、でも……」
「なに!? なんか秘策でもあるっての!? あるなら言ってみなよ!」
腰が引けている南野に、目を血走らせたメルランスが詰め寄る。なだめるように両手を上げて、南野は小さく答えた。
「……もう、アポ取っちゃいましたし……」
「は? あぽ?」
「アポイントメント、面会の約束です。今朝この宿の伝書鳩を借りて手紙を書きました。ビジネスにはアポが不可欠ですからね、いきなり押しかけても先方も困るでしょうし」
「は……? はぁ……??」
「いやぁ、意外とすんなり取れて安心しましたよ。先方も歓迎してくださってるみたいですし。これは手ごたえありますよ」
「魔王が!? 歓迎!?」
「ビジネスですからね、商材はなんとか用意できましたし、名刺をいただくくらいならどうにでもなるでしょう」
「え、ええ……?」
混乱の表情を浮かべるメルランスをしり目に、南野は立ち上がってレアアイテム図鑑に片手をかざした。
「さあ、アポの時間までもうすぐです。10分前行動、ビジネスマナーです。行きましょうか」
「ちょ、ちょっと……!」
まだ事態についていけていないメルランスの手を引いて、南野はレアアイテム図鑑にぴたりと手を置いて、目を閉じた。これでレアアイテムのもとに自動的に転送してくれると『緑の魔女』は言っていたが……
ぐいん、とからだを引き延ばされるような感覚のあと、足の裏に地面の感覚。
目を開くと、眼前には街の城壁よりもずっと堅固な壁がそびえていた。昼間のはずなのに空は暗く、見た目がグロテスクな生き物が飛び交っている。辺りの植物も毒々しい色合いをしていて、その茂みからは赤く光る無数の目がこちらを観察していた。
「なるほど、ここが魔王城……」
「ああああああああ! 来ちゃったよ! あたし帰る! 帰して!」
「そうは言っても約束しましたし。お手並み拝見していただきます」
「殺される! 絶対殺されるから! ああ、あたしまだ若いのに! 将来有望な冒険者なのに! これからばんばん稼いで稼いで稼ぎまくってやるつもりだったのに! こんなわけわかんない白髪頭のせいで!」
「なに言ってるんですか、ビジネスですよ? 殺されるわけないじゃないですか。そりゃあ、殺されるよりも辛い時間になるかもしれませんけど……」
「ひっ!? 拷問なの!? 拷問されるの!? その上凌辱されたりするの!?」
「まあ、商談が成立しなかったときの空気感は拷問であり凌辱でもありますけど……」
いまいち話がかみ合わない。なおもぎゃんぎゃんわめくメルランスを置いて、南野はさくさくと歩を進めて城門を叩いた。
「すみませーん! 13時にアポを取っておりました、石垣商事の南野アキラと申しますが!」
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