南野コレ式!~蒐集狂(コレクトマニア)の無能営業、最強の交渉人(ネゴシエーター)として異世界のレアアイテムをコンプリートするまで元の世界に帰れま100~

エノウエハルカ

№01・レアアイテム図鑑・1

 南野たちは今、牛に追われていた。


 牛である。


 それも、一頭や二頭ではない。


 百以上もの牛の大群に猛然と追われているのだ。


 走る、走る。原野をひたすら走りながら、南野は近い将来牛にミンチにされる図を想像してしまった。


「ねえええええ!? いつまで走るの!?」


 隣を走っていた少女が非難めいた声を上げる。


「わた……わたし……もう、はしれません……」


 眼鏡をかけた気の弱そうな少女がひいはあと息を切らせながら弱音を吐いた。


「こっ……このおれにかかれば……うしなど……」


「ならとっととやってみんかい!! このアホンダラ!!」


 端正な顔立ちで耳の尖った男と巨大なハンマーを担いだ少女が口にする。


 盛大な土ぼこりを上げながら突進してくる牛たちの目は、どれも怒りに燃えていた。


「や、やっぱり……あんなことしなければ……!」


 南野までもがあきらめかけたその時、がしっと隣の少女が南野の腕をつかんだ。


「こうなったら……飛ぶよ!」


「飛ぶって……ええ!?」


「つかまって!!」


 強引にからだを引き寄せた少女は素早く印を切り、呪文を唱え地を蹴った。


「『第二百八楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、空を泳ぐがごとき旋律を解き放て!』」




「あのねえ、南野君……」


 島崎部長の指がとんとんと苛立たしげにオフィスのデスクを叩いている。頬杖をついてお茶を口に運びながら『物わかりのいい上司』を装ってはいるが、じっとりと湿った視線がそれを台無しにしていた。


 オフィスに残っている他の社員たちが遠巻きにひそひそとささやいている。


『また南野か』


『そりゃそうだよな、あの成績じゃ』


『部長そうとうお冠だよ』


 やめてくれ、丸聞こえだ。


 こころの中でひっそりとそうつぶやきながら、南野アキラは部長のデスクの前で直立していた。


 25歳、男性。結婚はしていない。恋人はもちろん友人もいない。最近とみに目立つようになった若白髪が気になるひょろりとした体躯を安物のスーツに包んでいる。


 営業職として新卒でこの石垣商事に入ったものの、営業に必須の対人スキルが壊滅的で、同僚とも打ち解けられず、低飛空横ばいの営業成績をなんとかするでもなく、今日もこうして部長に説教を食らっているという体たらく。


 とんとんとんとん。表情ひとつ変えることなくひょうひょうと突っ立っている南野にいら立ちを加速させたのか、課長がやや乱暴に湯飲みをデスクに置いた。


「わかってる? 入社以来、営業成績最下位連続記録更新中なんだよ? つまり君はずっと我が営業部のお荷物状態なの。営業部っていったら君、花形部署だよ? 少しは奮起したりしないの?」


「……それは、がんばってるつもりですけど……」


 ようやく南野が口にした言葉は泣き言以外の何物でもなかった


 その言葉に、部長がわざとらしく深々とため息をつく。とんとん、デスクを叩く指が壁にかかっている時計の秒針の音と微妙にずれていて、南野はそこにいらついた。


「君ねえ、社会人でしょ? しかも新人の。もうちょっと上昇志向持ったらどう? いっつもなにが楽しくて生きてるの? 仕事ってのはね、人生の柱たるべきなんだよ。君、周りともうまくいってないみたいじゃない。みんな言ってるよ、『あいつはなにを考えてるかわからない』って。飲み会も出席しない、歓迎会すら欠席だ。もうちょっとコミュニケーションをだね……」


 くどくどくどくど。部長の説教は続く。最初は仕事についての話だったはずなのに話はどんどん壮大になり、人生やら努力やら絆やら、そんなあいまいなものについて言及するようになっている。こうなってからが長いのだ。


 南野は腕時計をちらりと確認することで暗に『その話はそろそろ終わりにしてください』とアピールした。その態度が気に食わなかったのか、部長はとうとう爆発した。どん、とデスクを拳で叩いて、赤ら顔で怒鳴る。


「なんだその態度は!? これだから最近の新人は……! ともかく、このままの成績なら査定に響く云々以前に君の席がなくなるからな! わかったら死ぬ気で商談取ってこい! ったく、なにが楽しくて生きてるのかわからねえ顔しやがって……!」


 なにが楽しくて生きているか、だって?


 そんなの決まってる。


 常人には理解しえない『楽しみ』が、今夜も南野を待っているのだ。


「……あの、話はこれで終わりですか?」


「南野……!」


「では、失礼します」


 怒りでぷるぷると震えながらなおも何か言いたげにしていた部長を残して、南野はさっさと自分のデスクに戻って帰り支度を始めた。


「お疲れ様です」


 まだひそひそと丸聞こえの内緒話にいそしんでいる同僚たちに定型句の挨拶を投げかけてから、逃げるようにオフィスを後にする。

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