interect trial〜テレトラ〜

ヒゴロモ

第0話 プロローグ

 某大手企業がマイクロチップ型の同時翻訳機を開発してから、数十年。生まれた赤ん坊に埋め込む事が義務化された事により、言語の壁は綺麗さっぱり取り払われた。老若男女問わずスムーズにやりとりが出来る様になった世界の技術発展は凄まじく、21世紀の技術者によって空想されていた技術は、タイムマシーンを含む超技術を除き軒並み実現されていた。


 その中でも人々を熱狂させた——させているのが『仮想現実没入型ファーストパーソン・シューティングゲーム』の到達点、【interect trial】通称【テレトラ】。


 実際の身体を動かして戦うわけではないので、理論上全人類が平等に遊ぶ事の出来るこのゲームは今まで生み出されてきたどのゲームよりも世界に名を轟かせ、ゲーム内通貨は現実の通貨と同等かそれ以上の価値を持ち始めた。


 定期的に行われている世界規模の大会は各メディアでも大きく取り扱われ、大会自体への賭博、配信コンテンツ、企業が本格的に参戦し始めた事による経済効果は凄まじく、もはや経済の中心と言っても過言ではない程、【テレトラ】は成長していた。


 【テレトラ】は主に『デスマッチ』『攻城戦』『目的達成』の三種類のゲームで構成されているシンプルなゲームだが、五つに分けられランクごとに使えるスキルが増えていくランクの完全差別化、効果自体は大した事ないが常時発動型の【Ⅰスキル】戦闘を有利に運べるがクールタイムが存在する【Ⅱスキル】どんな戦況でもひっくり返す程の潜在能力を持つが試合中に一度しか使う事の出来ない【Ⅲスキル】に分けられた計14種類のスキル、同じ物が一つとして存在しない多様性に富んだマップの数々が、人々を魅了させる奥深いゲームへと昇華させていた。


 これはそんな【テレトラ】で出会った、二人の少年の軌跡を辿った物語。




「さぁ今月もこの日がやって参りました!! 今や老若男女全てが熱中するテレトラの昇格戦!! 今月の試合は特に観客が多いようですが、何が起こっているのでしょうか」

「なんといっても二人の大物ルーキーが出場しているのが大きいのではないでしょうか」

「二人の大物ルーキーですか?」

「はい、一人は数多のシューティングゲームでプロ顔負けのプレイを見せるもののプレイヤー名である『白兎』以外全てが謎に包まれたプレイヤーです。その立ち回りは堅実そのもので、キルレは驚異の5.3…」

「それはまたとんでもないプレイヤーですね、もう一人の大物ルーキーはどのような選手なのでしょうか」

「もう一人の選手は、全く無名のプレイヤーでありながら白兎選手を抑えて、ランク1の歴代シーズン最多キル保持者の『紅緋』というプレイヤーですね」

「なるほど、それはかなり熱い戦いになりそうですね」

「えぇ、私も解説者として、そしていちテレトラファンとして見逃せない試合だと思っております」

「大変長らくお待たせいたしました、テレトラ第8シーズン昇格戦ランク1部問開始させていただきます!! 」


 硝煙の香りと鼻腔の奥に粘り着くような血生臭い匂いに囲まれた廃墟の中を、一人の男はその鋭い眼光と手に携えた小さな相棒とともに慎重に歩いている。一見何の痕跡も無い普通の廃墟なのだが、様々な修羅場を潜ってきた男はどこか不安を拭い切れないでいた。


 その廃墟に唯一健在している曲がり角から嫌な予感がした男は、ゆっくりと近付き相棒のデザートイーグルを構え直し、クリアリングを行う。


「なっ……!? 」


 男の目の前に広がっていた光景は、夥しい数の死体の山だった。この場で激しい戦闘が行われていた事は明白なのだがこの状況をたった一人の人間が生み出したとは、到底誰も考え付きすらしないであろう。


 その一瞬の隙を見逃される事は無く、死体の山に隠れ潜んでいたまだ顔にあどけなさが残った少年に撃ち殺されてしまう。見事敵をキルしたにも関わらず、純白の髪の毛を返り血で真っ赤に染め喜びの感情を欠片も出す事のない姿は『殺戮マシーン』そのものだった。


「……暑かった」


 そう言い残すと白兎は廃墟を後にした。


 鬱蒼とした森の中、小柄な見た目をした少年は恐る恐る道なき道を進んでいた。


「おっ!! 死体箱じゃん、ってことはキルされてから一定時間誰も触ってないって事だもんな……ラッキー」


 少年が死体箱を漁ろうとした刹那、遥か彼方から一発の弾丸が少年の脳天へと吸い込まれた。空気を切り裂くように一直線に飛んできた弾丸は現実世界では存在しないライフリング加工が施されており、発砲音すら聞こえない超遠距離からの狙撃を成功させた当人は森を抜けた先のビル群で胡座をかいていた。


「中身も入ってない死体箱漁ろうとして、キルされるなんて間抜けだねぇ」


 人を食うような発言をしている青年は、なんとも楽しそうな笑みを浮かべながら次のターゲットを仕留めるための準備を着々と進めるのであった。


 その後も試合は順調に進み、マップに残る人数は10人となった。ランク昇格できるのは最後まで生き残った10人ということもあり、ランク昇格が確定したプレイヤーは空に向けて各々の武器を撃ち続けているが、フィールドにはその銃声から位置を特定し最短距離を無駄のない動きで着々とキル数を稼ぐ影が2つも存在していた。


「……?」

「ランク昇格決まったからって勝負を捨てるの違うでしょ、面白くないなぁ」


 当初200人近くいたフィールドには、今はもうたった2人しか立っていない。お互いに最後の銃声からおおよその方角は把握しているが、的確な位置まで割り出せていないからか、膠着状態となっている。


「いやぁ、これはとても熱い展開となってきましたね」

「そうですね、普段通りであれば昇格が確定した瞬間には消化試合と化して、視聴者数もガクッと減るのですが減るどころか少しずつですが増えてきていますね」

「この勝負、どちらに軍配が上がると思いますか? 」

「状況によるとしか言えませんが、私個人の意見としては白兎選手有利と見てます。」

「なるほど、その理由をお聞きさせてっと、紅緋選手が先に動きましたね」


 戦いの場は遮蔽が少ししか存在しない見晴らしのいい平原ということもあり、二人とも慎重になっていたが痺れを切らした紅緋は極力物音を立てぬようにしてどうにか白兎の位置を把握しようと動き始めた。


「ダァン!!!! 」


 一発の弾丸が紅緋のいる場所とは全く関係ないところを通過する、その音に反応してしまいほんの少しだけ物音を立ててしまった。白兎がその小さな物音を聞き逃すわけもなく、精度はいいが手動装填のため連射速後の劣るボルトアクションのデメリットを無いかのような高速装填で紅緋を射抜こうとする。


「あっっっぶねぇぇぇ!!!!! 」


 顔の数センチ横を弾丸が過ぎ去った、紅緋は思わず奇声を上げてしまう。


「あそこだなぁ」


 弾丸が飛んできた方向にスモークを投げ込み、身体を限界まで低く白兎がいるであろう場所に向けて疾走する。


「厄介だな」


 煙幕を確認した瞬間、近距離にも対応出来るようにライフルのスコープを外し、煙幕に手榴弾を投げ込む。


「普通、煙幕張られた瞬間に即興で手榴弾投げるかよッ!!」


 ゲームの仕様で脳内に警告音が鳴り響く、それだけを頼りに手榴弾の効果範囲から寸での所で退避する。


 煙幕を抜けた先で紅緋を待っていたのは、ライフルを構えた白兎。


 白兎の目に映ったのは、外套で身体全てを覆い照準を合わせないように飛びかかってくる紅緋、ライフルから近接武器に持ち替え紅緋目掛けて走り出す。


 ライフルのワンショットキルを防ぐために外套に身を隠していた紅緋だったが、射撃音が聞こえない事で状況を察し、すぐさま近接武器に持ち替える。


 紅緋が煙幕を投げ込み、二人が近接武器に持ち替えるまで、僅か数十秒の中で二人幾度となく間接的に戦い続けている。見ている者からすれば一瞬の出来事なのだろうが、当人達からすればとてつもなく長い時間に感じられたその戦いは……。


「とんでもない試合でした!!! 解説者として今の今まで一言も発することができなかったことが恥ずかしいですが、いちテレトラプレイヤーとしてこの戦いをリアルタイムで見ることが出来たことは一生の自慢になるでしょう!! 」


「第8シーズンランク1部問、優勝は白兎選手!! この後もランク2部問、3部問と引き続き昇格戦を執り行いたいと思っていますので、しばらくお待ちください」


 

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