第80話:ある意味テンプレ
1.
俺は今、綾乃のファッションショーを見せられている。
もちろんファッションショーと言ってもそれそのものではなく、立ち寄ったショップで店員に捕まり着せ替え人形にされている綾乃が次々と着替えて試着室から出てくるのを眺めているだけだ。
こんな事がスノウの時もあったな。
一種の神々しさすら感じる美しさを持つスノウとは違って綾乃はどちらかと言えば可愛い系だが、何を着てもある意味キマってしまうスノウよりもこういう系統の方が店員としてはおもちゃにしやすいのかもしれない。
綾乃自身も満更でもなさそうなので止めはしないが、もうかれこれ1時間以上はファッションショーを見せられているぞ。
そこから更に30分ほど続いたファッションショーの終わり頃。
満足したらしいどこかツヤツヤしている女店員に「さあ彼氏さん、どれを選びますか!」とハイテンションに聞かれた。
彼氏さんじゃないけどね。
「ちなみに全部買うと幾らですか」
スノウの時も似たような展開になったなあ。
なんて思いながら店員さんに聞くと、ちょっと正気に戻ったっぽい。
「……流石に全部となると……お値段の方も……」
「金なら持ってるんで大丈夫です」
俺はそう言うものの、見た目が若いということもあって(実際に若いが)店員さんは訝しげだ。
しかしあからさまに疑うわけにもいかず、電卓をパチパチと弾いて金額を見せてくれる。
「そ、それなら……これくらいになります」
……わお。
想定してたのより桁が一つ多いな。
10万くらいかなーとは思っていたが。
途中で興が乗って高級なものも試着していたのだろうか。
だが払えない額ではない。
というか余裕で払える。
今、俺が個人で持ち歩いてるクレジットカードの限度額ですら200万くらいあるしな。
それに今朝、忙しくてちゃんと見れてはいないがブラックカードの勧誘(?)が郵便受けに入っていたのでそのうちそちらに切り替えることになるだろう。
金銭感覚を庶民のものから変えていかないといけない。
溜め込むだけは良くないからな。
金は天下の回りものとは上手く言ったものだ。
なので俺はニッと店員さんに笑いかける。
「桁がもう一つ増えても大丈夫ですよ」
「は、はあ……」
胡散臭い男を見る目だった。
当たり前の話である。
だって俺の格好、めちゃくちゃ普通だもんな。
ブランドものとか身につけた方がいいんだろうか……
2.
「あの、すみません、悠真くん。全部だなんて……」
申し訳無さそうに綾乃がぺこぺこする。
「いや、いいよ。いつも頑張ってくれてるし、あれくらいはプレゼントってことで」
まあ綾乃もあれくらいはぽんと支払えるくらいには給料を払う予定だが。
……まだ会社を設立して――というより、スノウと出会って一ヶ月経ってないんだよな、そういえば。
短期間に俺を取り巻く環境が変わりすぎているぞ。
一番変わったのはやはり金銭面だろうか。
両親の遺産の残額へ気を使いながらバイトをするという生活からは抜け出したわけだし。
まあ、元々そこまで不自由していたわけではないが……
店員さんは全然信じていなかったが、多分その気になればあの店ごと買えるくらいには稼いでるのだ。
それに明日またダンジョンに潜る予定があるしな。
お馴染み新宿ダンジョンに出現した新階層へ行くのだ。
ダンジョン管理局からの依頼で。
その報酬だけでも今日購入した服が50人分は買える。
魔石や素材の買取も含めればもっとだろう。
俺の感覚が庶民派なせいであれなんだが、金持ちってみんなどこで金を使ってるんだろうな。
毎日外食とかしてるんだろうか。
1日3食トリュフか? キャビアか?
ちなみにキャビアはちょっとだけ食ったことがあるが、いまいち美味さはわからなかった。
多分俺の舌が庶民仕様なのだろう。
今ならあれか?
流行りのソシャゲとかに鬼みたいに課金して最強になれたりするのだろうか。
例えば億単位で課金でもしたら大抵のペイトゥ・ウィンなソシャゲでは最強クラスになれそうだ。
最後に残るのは虚しさだけな気もするが……
む。
やばい、催してしまった。
なにをって、便意をだよ。
「ちょっとお手洗い」
「あ、どうぞ」
ちょうど近くにコンビニがあるのでそこでトイレを借りよう。
3.
今朝飲んだ牛乳がダメだったのかなあ。
アメリカへ行く前に購入したもので、賞味期限を2日ほどオーバーしていた。
綾乃が処分しようとしていたので勿体ないと思って全部飲んでしまったのだ。
そもそも俺、ダメになっていようがいまいが牛乳飲むとちょっとお腹がゆるくなるんだよな。
日本人の体質的に仕方がないことだとかなんとか聞いたことがあるようなないような。
コンビニへ入ってトイレを借りるだけでは申し訳ないという謎の遠慮する心から、外で待ってくれていた綾乃へとアイスを買っていく。
ソフトクリームみたいなやつだ。
甘いものがさほど好きではない俺にとってこの手のアイスはそこまで惹かれるものではないが、女性はまた別だろう。
自動ドアが開いて、この時期特有のちょっとむわっとした空気が肌に触れる。
のと同時に――少し離れたところで待っていた綾乃が複数の男に絡まれているのが目に入った。
体格のいい男が三人。
茶髪や金髪でピアスもあいてたり、人相も相まってあまりガラがよろしいとは言えない風体だな。
「オレ達と遊んだ方が楽しいぜ?」
「そーそー、こう見えて実は探索者なんだよ、俺ら。案外金持ってるんだぜ?」
「どうせ連れっても冴えない男だろ? こっちの方がよっぽどいいって」
綾乃自身、小柄ということもあって体格差がすごいな。
しかも三人で取り囲むとは。
そんなナンパの仕方じゃただ怖いだけだろうに。
いや、俺もナンパなんてしたことないけどさ。
「冴えない男で悪かったな」
後ろから声をかけると、威圧する気満々の顔で三人組はこちらを振り返った。
全員身長は俺と同じかそれよりも高いくらい。
筋肉もそれなりにあるように見える。
案外、探索者っていうのも女の子を釣る為の嘘ではないのかもしれない。
茶髪で蛇のような目つきのやつは明らかに俺を舐めているのか、顎を突き出してこちらを威嚇してきている。
他の二人に比べて比較的細身で、身長も俺とさほど変わらない。
そして同じく茶髪で三白眼の男は190cmくらいあるように見える上に体も分厚い。
脂肪ではなく筋肉でだ。
この中じゃ多分一番喧嘩とかにも強いんだろうな。
さっきのやつが蛇だとすればこっちはゴリラだ。
最後の一人は金髪でただただチャラい。
こちらを睨みつけているがタレ目なのでいまいちかっこついていない。
身長は180くらいだな。
こいつも例にならって動物に例えるなら……アライグマとか?
190近くある奴はともかく、他の二人は魔力を持ってなかった頃の俺でもなんとかなるくらいかな。
自惚れているわけじゃない。
俺だって相当鍛えていたからな。
知佳があんなナリであの性格なのでこういう厄介なのに絡まれることは今までにもちらほらあったし。
「……アイスあげるから見逃してくれないか?」
アイスの包装を後で入れておく為に5円で購入したレジ袋を掲げてみせる。
こういう輩は男がいるとなるとすぐに逃げ出してくれる奴の方が多いのだが、果たして……
「舐めてんのかてめえごら」
蛇っぽいやつが右手で俺の胸ぐらを掴む。
そして顔を近づけてきた。
タバコ臭え……
正直、喧嘩になるのはまずい。
手加減ができないかもしれないからだ。
どう考えても普通にやればこんなチンピラには負けない。
未菜さんやローラと言ったトップ探索者はもちろん、柳枝さんでも片手でこいつら纏めて一捻りできるだろう。
探索者と言っても恐らく大して真面目にやっていないか、本業としてやっていないか……
魔力もほとんど感じない。
隠しているのならともかく、感じられる限りでは最近の知佳の方が多いくらいだ。
……ウェンディもちらっと言っていたが、身体的な接触があると魔力の増える量も大きいみたいだからなあ……
なんてことを考えていると、ちっともビビっていない俺に半分キレかけている蛇っぽいやつが胸ぐらを掴んだまま俺を引っ張り上げようとした。
「襟が伸びちゃうだろ」
蛇っぽいやつの右腕を掴む。
普段通りの生活は送れているので日常生活範囲での加減は完璧なのだが、こういう荒ごとになった時にどうすればいいかはいまいちわからない。
「なんだてめえ、全然非力じゃねえか。ちったあ鍛えてるかと思えば見掛け倒しかよ」
というかこれ、多分意識すれば意識するほどわからなくなるな。
「悠真く――きゃっ!」
俺の方へ駆け寄ろうとした綾乃をアライグマのラスカ……じゃなくて金髪のアライグマが腕を掴んで止めた。
無理な止め方をしたせいで肩か肘かを痛めたようだ。
「どけ」
「のわっ!?」
蛇っぽいやつを突き飛ばすと、加減を誤ったか3メートルくらいぶっ飛んだ。
辛うじて受け身を取っているので怪我はしてないだろう。多分。
アライグマっぽい奴はそのままぽかんとした様子で俺のことを見ている。
そちらへ近寄ろうとした俺の前に、ゴリラが立ちはだかった。
「俺も探索者だ。揉め事は避けたいだろ?」
そう言ってみると、ゴリラっぽいやつははん、と鼻で笑ってみせた。
「オレはこれでも3年はダンジョンに潜ってる。新宿ダンジョンでは4層までソロでいけたくらいだ」
……いけたって言ってるあたり、本当に行っただけではないだろうかという疑惑が俺の中に持ち上がる。
それはおくびにも出さないが。
「そうか、そりゃすごいな。そんなすごい探索者なら尚更揉め事はまずいだろ?」
「お前がどこか行けばそれで済むことだ」
そういうわけにもいかない。
「そもそもお前、どこ所属だ? ここらで探索者してる奴ならオレだって見たことくらいはあるはずなんだよなあ」
あ、さては嘘だと思ってるな。
妖精迷宮事務所……と言ったところで嘘だと思われるのが精々だろうな。
なにせうちの会社は例の動画のお陰で恐らく若者への知名度だけで言えばダンジョン管理局に並ぶ程のものがあるが、ほとんど幻みたいな存在なのだ。
「……ダンジョン管理局だ」
後で柳枝さんに謝っておこう。
「ぶっ、ははははは! よりにもよって
ビビって引いてくれるかなと思ったら、思い切り笑われてしまった。
まあ実際嘘だけどさ……
言葉での説得は無理そうなのでもうこいつは無視しよう。
そう思ってそのままアライグマくんの方へ向かう。
「おいてめえ、無視してんじゃねえぞ」
ぐい、と肩を掴まれるが無視。
そのまま進む。
「なっ!? お、おいこら、止まれって!!」
推定100kg近くあるであろう巨体を引きずったまま、綾乃の元へと辿り着く。
「もう一度だけ言うが、揉め事は避けたい。探索者なら少しはわかるんじゃないか? 手を出しちゃいけない相手ってのが」
こいつらの中で一番でかくて強そうなのを意にも介さずに引きずって歩くというのはパフォーマンスとしては十分だったのだろう。
アライグマはすっかり俺に怯えていた。
綾乃から手を離し、じりじりと俺から離れていく。
……よし、多分考えうる限り一番いい形に近い終わり方だな――なんて思っていたら。
ガツン、と頭の後ろで大きな音が鳴った。
「え……っ」
綾乃が大きく目を見開いて驚いている。
「え?」
振り返ると、そこには右の拳を抑えてうずくまるゴリラがいた。
もしかして殴ったのか?
後頭部を?
こいつの体格と、多少は魔力によって強化されている力で後頭部を殴るのはどう考えてもまずいだろ。
俺が一般人だったらどうするつもりだったのか。
かなり痛そうにしているので、折れているかもしれないな。
だがまあ自業自得だ。
これで相手に怪我させたとしても俺が罪に問われることはないだろう。
多分。
だって自爆だし。
「はあ……」
さて……どうしたもんかね。
俺は無事だったとは言え、後ろから後頭部に殴りかかってくるようなアブナイ奴だ。
放っておくわけにもいかないだろう。
警察に通報するのは確実として、手刀かなんかでトンッと気絶させられたら楽なのだが。
もちろんそんなことはできないので見張っておくか……と思っていると、スッと後ろから黒染めのスーツを着たサングラスの男達が三人程現れた。
……どちら様方?
しかもサングラスをかけているとは言え、見えている部分の顔立ちからして明らかに日本人ではない。
ロサンゼルスでの嫌な思い出が脳裏をよぎる。
直撃しても効かないかもしれないとは言え、拳銃を向けられるのは本能的に恐怖を感じるものだ。
少し身構えた俺に、男達のうちの一人が両手を挙げた。
まるで何も武器は持っていないと言わんばかりに。
……本当に武器を持っていないのかは怪しいところだけどな。
「我々はマイケルの遣いです。ご心配なく、あなた方に危害を加える気はございませんので」
マイケル?
……もしかしてマイケルって、マイケル・ジョン・ハミルトン――大統領のことか?
「皆城様が襲われていたとしても、相手が兵器を持っていない限りは手出ししなくても良いとの事だったので見守っていただけのことをお許しください」
流暢な日本語で謝られる。
腰を45度に折り曲げて。
いや、それは全然構わないんですけど……
見張りとかついてたんですね。
というか、護衛のようなものか?
「この者らは我々で処分しますので、皆城様はお気になさらず」
処分て。
「……あの」
「はい」
「マイ……じゃなくて大統領にお礼を伝えておいてください。あと、見張りとかはあんまりやりすぎると内の狂犬が牙をむくので、程々にお願いします……というか気を使うんでできればやめてもらいたいのですが」
「そういうわけにも……いえ、マイケルに伝えておきます」
……こんな人達がいたとは。
あんまりやりすぎると、とは言ったが、うちの精霊達が気づいていないとは思えない。
特に対処していないということは問題はないという判断をしたのだろう。恐らく。
……しかし綾乃が絡まれているだけだと思っていたのに、まさかこんな大事になるとは。
可哀想に、動物三人組は黒ずくめの男達を見てすっかりブルっているようだ。
まあ……どんな目に合わされるかは知らないけど、自業自得ってことで。
4.
黒ずくめの男達が動物三人組を黒ずくめの車に乗せて走り去るのを見送った後、あっけにとられていた綾乃がおずおずと話し出す。
「……あの人たちは……」
「……とりあえず敵ではないはずだから、大丈夫だと思うけど」
それを聞いた綾乃はほっとしたように息をつく。
だが、今度は申し訳無さそうな表情を俺に向けてきた。
「ごめんなさい、私、昔からああいう人に絡まれやすくて……」
「……だろうなあ」
なんというか、綾乃はああいうのに絡まれやすそうな見た目というか雰囲気を出しているもの。
痴漢もされかけてたし、受難だな。
「頭……大丈夫ですか?」
これはお前頭おかしいんとちゃうか? という意味ではなく、殴られた後頭部が痛まないか、という意味だろう。
……そういう意味だよな?
「全然平気。あんなの何百発食らっても痛くも痒くもないよ」
「そうですか……よかった。知佳ちゃんが悠真くんのこと好きな理由がわかった気がします」
「え゛っ」
知佳の好意は綾乃にもバレてるのか。
意外とあけすけなのだろうか、あいつ……
それとも俺が鈍かっただけか?
うーん……両方か?
「……私も……」
「うん?」
「いえ、なんでもないです。あまり遅いと心配させちゃいますし、そろそろ帰りましょう?」
「あ、ああ、そうだな」
あんなのに絡まれたり怪しい黒ずくめが現れたりともっとショックを受けているかと思ったが、意外と元気そうだな。
家に戻ると、羞恥に悶えるスノウが机に突っ伏していて、何故かウェンディまで頬を赤らめていた。
フレアは割と平然としているが……
何があったのだろう。
俺がジト目で知佳を見ると、何故か親指を立ててサムズアップされた。
「会心の出来」
……またスノウに踊りでもやらせたのかな?
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