352.VIP札と下町の男と俺様と

「アリー、待って。

ここを片づけるから、一緒に戻ろう」


 外に出ようとした僕を従兄様が呼び止める。


「ふふふ、じゃああそこにできた温泉玉子屋さんでお弁当もらってくるね」

「じゃあこれを見せて俺のももらっておいて。

邸に戻ったら一緒に食べよう。

今日はニーアもセバスチャンもいないから、誰かについて行っちゃ駄目だよ。

ここから見えるあの足湯の所で待ってて」


 僕達一部の人にはいつでも食べ物を無料配布されるように3種類の札が配られてるんだ。


 黃札は果実水だけ、青札は果実水と決まった時間のお弁当、赤札はいつでも食べ飲みし放題。


 僕と従兄様は赤札だよ。


 赤札はこの領のアドバイザーやそれに近い立ち位置の人にしか配らないから、言動に注意しろっていう意味も含まれてるんだって。

別名VIP札だね。


「ふふふ、従兄様心配症。

ちゃんと変装してるから平気だよ」

「アリー?」


 従兄様が念を押すようにお顔を近づける。

残念。

このお顔は義母様とちょっと違う。


「言ってるそばからカツラを被り忘れてる」


 もちろん僕は下町男子コーデだよ。

地毛は焦げ茶のカツラにちゃんと隠してたんだけど、ここについてから蒸れちゃって外してたんだ。


「あ!」


 慌てて銀髪をまとめて鬘と帽子を被る。

お化粧で肌の色もこの日焼け風にしたし、ソバカスも入れたんだからね。


 ふふふ、変装初期とは比べ物にならないくらいの完成度だ!


「これで完璧!

、待ってるから早く来てね!」

「はあ、わかったよ。

くれぐれも気をつけてね、可愛い弟君」


 ほら、言葉もちょっと乱暴にしてるでしょ。


 苦笑する従兄様に手を降って、外装の完成したカフェ店から外に出れば、風にあおられて被ったばかりの帽子が少しずれちゃった。

慌てて目深に被り直してから歩く。


 歩く時はガニ股だし、立ってる時は猫背を心がけているんだ。


「おばちゃん!

いつものやつをくれ!

ぼ、じゃない、俺のと兄貴の!」


 危ない、思わず僕って言いそうになった。


 ふっ、俺もまだまだだぜ。


 木札を2つ見せて、持っていた手提げ袋を渡す。


「ふふふ、可愛らしいお嬢、んん!

カッコイイ坊ちゃん、出来上がったばかりの温泉玉子はいかが?」


 ん?

何か言い直された?

ま、気のせいか。


 僕から受け取った手提げ袋にストックしていたお弁当を2つ入れてくれてるおばちゃんからの、格好良いのフレーズに気分は良くなる。


「んふふー。

格好良い俺は温泉玉子を1つ、あ、でもおにい、コホン、兄貴のもだから2つくれ!」

「ぶふっ。

あ、あいよ!

カッコイイ坊っちゃん。

落とさないようにね!

ほら、あそこの足湯でお兄さんを待ってるんだよ」


 VIP札だからおばさんには僕が良い所のお坊ちゃんだとはバレてるんだろうな。

言葉遣いを乱暴な方に直したら、時々笑われちゃうんだ。


 でも負けないぞ!

今日の俺は下町の男だぜ!


 ふんす、と鼻を鳴らしてお礼を言って受け取った手提げ袋を片手に引っかけて足湯へ向かう。


「んー、足湯気持ち良い!」


 誰にともなくそう呟きながら、3人掛けベンチ仕様の、表面が研磨された石に腰かけて素足を浸す。


 お弁当は辺りをきょろきょろして誰も見ていないのを見計らって腰のマジックポーチに収納したよ。


 少し足湯を堪能していれば、不意に対面のベンチにドカッと座る人影が。


 ·······見覚えがあるぞ?


 なんて思って軽く帽子を被り直していれば、その人影は靴や靴下をポイポイッと脱ぎ捨てるようにして素足になった。

かと思ったら、バシャンと勢い良く足を突っこんだ。


 まあ大股で2歩の距離はあるから水しぶきは飛んでこないけど、他にもそことあそこに誰もいない足湯スポットがあるのに、何故ここに?

ちょっと不愉快だ。

でもここは大衆足湯スポットだからと我慢する。


「おい、無礼だぞ」

「····」


 と思っていたら、そんなふざけた事を告げられた。


 無視でいっか。


「おい、無礼だぞ。

お前、他にも足湯があるだろう。

他へ移れ」

「····」


 うーん、無礼はそっちだよね?


 無視でいっか。


 彼は以前僕がイタチ姿でぷらんぷらんしていた時に絡んできたのと同じような格好だ。

一応お忍び····だよね?


 相変わらず服は庶民服の中では比較的上質な方の素材。

よく手入れされている髪に、健康的な薄い小麦色のお肌。


「おい!

俺様をなめてると痛い目みせるぞ!」

「ブハッ」


 や、やっぱりまだ俺様だー!

しかも喋りが小チンピラ!


「な、何だ?!」

「い、いや、オレ、俺様····あはは!」


 もう駄目!

ナマ俺様の攻撃力が高すぎる!


「な?!

卑しい庶民風情が····うわ!」


 バシャバシャッ。


 勢い良くお湯を蹴り上げてぶっかければ、叫び声を上げて俺様は腕で顔を隠す。


「お前····モガッ」

「黙って」

「?!」


 自分で視界を塞いでいるのを見計らって大股で近づいて彼の口を手で覆う。


 勢い良く立ち上がったせいか、はずみで鬘と帽子がパシャ、と足湯に落ちて銀髪が風に舞った。

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