309.炭酸ジュース風
「お嬢様、よろしいのですか?」
僕の後ろをついてくる、できる専属侍女ニーアの魔法によってまたしても温風が僕に纏う。
歩き始めて少し遠ざかっていた眠気がまた近づいてきそうだ。
ニーアは僕の従兄に向けた淑女らしからぬニマニマ笑いよりも、別の事が気になったのかな?
もちろん何の事かわかってるよ。
「うん、いいの。
あのジュースはそこまで長く日持ちしないし、せっかくなら状態保存の魔法を使った物じゃなく、ちゃんと飲み頃になったのを飲んで欲しいんだ」
そう言いながらニーアと厨房に足を踏み入れた。
今はちょうどお昼休憩で、うちの料理人さん達は休憩室で賄いを食べてるみたいだ。
誰もいないね。
「兄様達用に揃えてたけど、バルトス兄様はデビュタント式でのお城の警備に続いて、そろそろ学園の卒業式の警備の打ち合わせが入ってるでしょう?
レイヤード兄様も保留にしてた指名依頼が溜まってたんじゃないかな?
2人共この冬は父様のお仕事中に僕の体調管理をしてくれてた分、自分達のお仕事をセーブしてたせいでお仕事が立てこんでて忙しいんだもの。
寂しいけど、なかなか帰って来られないのは僕のせいだから仕方ないよ」
そう、冬の間は義兄様達はできるだけ僕に付き添ってくれていたんだ。
それだけ体の状態も悪かったし、心も何だかずっと不安定だった。
それにあまり帰って来なくなったとは言っても、ここ2週間くらいの話だよ。
寂しいけど、もう成人したんだから子供っぽい駄々をこねたりしないもん。
····寂しいけどさ。
「僕の体にもいいから、酵素ジュースはいつでも新鮮な物を飲めるようにまた新しいのを揃えておくよ。
古くなるとカビなんかが発生しちゃうしね」
そう言って厨房の一角に並ぶ瓶を抱えようとすれば、ニーアが片手でさっと持って作業台の上に置いてくれた。
「少々お待ちを」
そう言うと、もう片方の手にしていた僕が使っていた食器やらを片づけてから、他の瓶も置いてくれる。
この瓶の中でじっくりと美味しく発酵したのが、酵素ジュースという名の炭酸風飲料だよ。
従兄様の前では定番の果実水呼びにしたけど、あちらの世界の酵素ジュースなんだ。
この世界に炭酸飲料はまだないみたいだから、カフェも営む従兄様は贈ったジュースを飲んですぐにグレインビル領へ来ちゃったんだろうね。
自領の利益に貪欲な従兄様だ。
この酵素ジュースはパンを発酵させたりする時にも使ってるよ。
というか飲めるのすっかり忘れてて、思い出したのこの冬だったんだけどね。
邸でパンを作る時にしか使ってなかったなんて、もったいない事をしてきたもんだ。
今ではうちの邸の料理人達は自分達で酵母を作ってるけど、始めて教えた時には皆びっくりしてたのを思い出す。
料理長は当初、腐った水を入れるなんて食材への冒涜だって怒っちゃうしさ。
それまでは酵母の概念の無い、パンが固くて当たり前の世界だったから仕方ないよね。
それに僕は元々通常形態のパンはあまり食べない方だったし、皆固いパンが好きなんだと思ってたんだ。
体が小さい頃は生きるのに精一杯で、パン粥ばっかりの生活だったのもあるかな。
少し大きくなってからは義母様の心臓病を治したくて食材そのものには興味を持ったんだけど、調理の方にまで興味を回さなかったのも影響したんだと思う。
「んふふふ、こっちの酵素ジュースは特別仕様でより発泡力が高くなったはずなんだ。
うまくできたかな」
そう言いながらできる専属侍女にタイミング良く差し出されたお玉ですくって、これまたタイミング良く差し出されたコップに少し注ぐ。
「んー、美味しい!
ニーアも飲んでみて!」
満面の笑みでそう言えば、ニーアもコップに注いで一口。
「これは····癖になる感覚と美味しさですね」
「でしょう!」
コリンと干したアリリアの実で漬けた酵素ジュースを、更に向こうの世界で言えばブドウに当たる果物の100%果汁を加えて発酵させたら本当に炭酸みたいになっちゃった!
この発見はたまたまだよ。
残り少なくなった酵素ジュースに果汁を足して飲もうとしてたんだけど、ちょうど来客があって忘れて放置しちゃったら微炭酸が炭酸になったんだ。
厨房で作って忘れちゃったから、料理人の誰かが気を利かせてちゃんと蓋して保存してくれたのも良かったんだろうね。
これに関してはあっちの世界でも同じ現象が起こるのかは知らない。
でもこっちでも化学的な現象は同じように起こるから、あっちでも起こるんじゃないかとは思ってる。
もちろんあちらの世界の炭酸水とは違うけど、もう炭酸ジュースでいいと思う!
「では本日はそれを出しましょうか?」
「うん。
せっかくだから、こっちの普通のコリンの酵素ジュースも出して飲み比べできるようにしてあげて。
従兄様だけ蜂蜜も添えてね」
「畏まりました」
「それじゃ、先に行くね」
後はニーアにお任せして、僕は客間に向かい、ノックする。
すぐに執事長のセバスチャンがドアを開けてくれた。
僕を見た瞬間に、今度はセバスチャンが温風を纏わせてくれる。
「ありがとう」
「とんでもない」
いつも優しく見守ってくれているお顔を見合わせてにこりと微笑み合う。
「父様、従兄様、すぐにニーアが持って来てくれるから、もう少し待ってね」
「もちろん。
それよりこの新作ケーキ、食べてみて」
ソファに座っていたらしき従兄様はさすが公爵家の嫡男だね。
さっと立ち上がって入って来た僕を義父様のお隣までエスコートしてくれたよ。
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お知らせ
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新章始まりました。
お休み中も応援や評価をいただき大変喜んでおりますm(_ _)m
本日までは午前と午後に1日2話更新しようと思っています。
お休み中も応援いただいたささやかなお礼の気持ちです。
よろしければご覧下さい。
同時進行中の下の作品も有り難い事に恋愛部門で何度か100位以内にランクインするようになりました。
1話1600文字程度のお話なので、サラッと読める仕様です。
これまでは毎朝投稿していましたが、これからはお昼過ぎくらいの投稿が増えると思います。
【稀代の悪女と呼ばれた天才魔法師は天才と魔法を淑女の微笑みでひた隠す〜だって無才無能の方が何かとお得でしょ?】
https://kakuyomu.jp/works/16816927863356796443
あとこちらも以前に完結した作品ですが、本日もランクインしていたので、よろしければ。
【ダーリン(仮)闇堕ち防止計画】前世:聖女&聖竜の飼い主、今世:こっ恥ずかしい二つ名(鮮血の魔女)冒険者&魔竜と古竜の飼い主&一途な悪女です
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