296.帰国後と書庫の絵本〜ギディアスside
「あった、これだ」
麗らかな陽気が差し込む王宮の一角。
ここは王族のみ立ち入りを許された書庫だ。
禁書スペースとは違って王族なら誰でも立ち入れる。
行きと違って正規のルートと正規の方法でヒュイルグ国から帰国して、早くも1ヶ月が経ってしまった。
来月の終わりには弟のルドルフの卒業式が差し迫っている。
本当ならすぐにでも来たかったけれど、そうしなかった、というか、そうできなかった理由はいくつかある。
まずは帰国してから直接父上からお叱りを受けた。
予想していた事だ。
通信だけでは足りなかったのか、なんてもちろん言わない。
返す言葉もなく、粛々と注意という名の小言を食らってその日は終わった。
そもそもが私からすると不可抗力だけれど、赤髪の男の件は伏せておきたかった。
間違いなくあの高位精霊らしき赤髪の男のせいだけど、貴重な経験が出来たとも言えるし、そもそもの存在が精霊だ。
責められない。
だからグレインビルの長男バルトスと共に、魔力の共振を使って転移をする実験をしてみたら、たまたま、ついうっかりヒュイルグ国王宮へと転移してしまった体にした。
どちらかというと、ごり押しした。
先にグレインビル侯爵と協議の上で結ばれていた約束があって助かったよ。
もしもヒュイルグ国にいるグレインビル侯爵家の子息と令嬢が、父である侯爵か兄であるバルトスに何らかの助けを求めた場合、2人のどちらかがかけつけ、その際に起きる何らの混乱の責も問わない事、だったかな。
そもそも混乱起きるの前提で約束しているのもどうか、というツッコミは一時期あった被り物が無い父の頭に免じて、入れないでおこう。
隣国とはいえ国家間を転移魔法で移動した手前、魔力を枯渇しかけてヤバい状態を装うのも一苦労だった。
何せまだぎりぎり余力があるのに、魔力の枯渇した演技なんて難しい。
実際に枯渇すれば冷や汗をかいて立ってすらいられない。
魔力を回復するのに最低でも数日は寝たきり状態になるのも仕方ないくらいに衰弱する。
演技の枠を越えているよね。
ヒュイルグ国の国王とその側近が赤髪の男の事を知っていて、彼ならやりかねないのを理解してくれていたのも彼らの協力に一役買ったみたいだ。
絶対過去に赤髪の男と何かしらあったんだろうな、というのは言わないでおいたよ。
2人のあの死んだ魚のような目と、あまりにもやけに同情的な顔がむしろ怖かったのは秘密だ。
グレインビル侯爵との協議がここでも助けてくれたし、国王の想い人であるアリー嬢の口添えも大きかったかもしれない。
もちろん数日は弟のルドルフの部屋で魔力枯渇を装いつつ、護衛のシルヴァイト=ルーベンスからも説教を食らいつつ、裏工作と2国間の調整に励んだ。
そんなわけで帰国後はすぐに迷惑をかけた関係各所にお詫びとお礼に回った。
そして1番の難関····溜まりに溜まった王太子の仕事!
数ヶ月ぶりに執務室に入ろうとドアを開けて、再び閉めたよ。
そのまま自室に戻ろうかとしたところで、仕事を押しつけていた側近達が文官とは思えない瞬発力で中から飛び出してきた。
泣きつかれて渋々入った。
流石に今回は申し訳ない事をした自覚はあるからね。
もちろん急ぎの仕事はヒュイルグ国から側近達と連絡を取り合いながら片づけていたよ。
だから、まさか、自分の執務机が天高く積まれた書類でもはや机の機能を発揮しない状態になっていたり、床の上にも書類の塔がいくつも出来上がっているだなんて事態は想定しきれていなかった。
もちろん本当に急ぎの仕事は父上の方にも回してくれていたけど····という事は、だ。
急ぎではない面倒な仕事が丸々残っているって事なんだよ。
主に政策関連でのお金と人の調整だけど、学園の報告書も混ざっていたし、本当に色々面倒。
ここら辺は常にある程度の采配で毎日動かしていたから、これまでは問題なく自分時間の確保ができていたんだけど、これが数ヶ月溜まった状態を目の当たりにすると逃げたくなる。
私の仕事って思ってた以上に多かったんじゃないかな?!
そして、やけに角ばった上質の紙や装飾に彩られた厚めの台紙でできた塔の1つ。
見合いの釣り書の塔。
もう転移で逃げていいかな?
一応今後は魔力の共振を試したり、転移魔法の乱用は禁止されたんだけど、非常事態って事にならない?
あ、側近達の泣きの顔がやばいな。
幸いにも台紙で厚みがあるからね。
見た目よりも数は少ないのが救いだと思う事にするよ。
そしてできる側近達との書類捌きという実労働という共闘を行う事、1ヶ月。
本来の仕事をこなしながら溜まった仕事を消化するのは本当に大変だった。
寝る間も惜しんで仕事に打ち込んだ。
ついでに卒業間近のルドルフにも手伝わせた。
卒業試験が、冒険者の昇格が、なんて言ってたけど無視した。
大丈夫、うちの子はできる子だ。
転移魔法も短距離なら安定して使えるようになった。
兄は声援だけは常にしている。
そして隈が定着しそうになりながらも、やっと少しだけ時間が取れたのが、今。
手にしているのは、黒い布張りの表紙で薄い本。
保存魔法がかかっていないらしく、経年劣化でどことなく白茶けて擦り切れている。
題名も思い出せなかった、
ずらりと並ぶ数々の本の中から記憶を頼りに探して手にした本に、そもそも題名は無かった。
片手で持ってそっと開けば、この絵本を初めて見た日の事も、本の内容も突然思い出した。
漠然と覚えていた通り、この絵本は人の世に
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