291.そうだ、カンガルーで帰ろう〜ヘルトside

「今日は船着き場周辺で一泊するって。

セバスチャンには兄上の方から連絡してくれるよ」

「なら安心だ」


 念の為だったが老齢の執事長、セバスチャンには前もって帰宅が遅れる可能性は伝えてから出てきておいて良かった。


 老齢とはいっても歴戦の戦士かと思うくらいに脱げば筋肉で覆われた見事な体躯がお目見えする。

いや、歴戦の戦士だったが。

本人はそろそろ己の育てたそこらの暗部やら騎士団長顔負けの手練れに負け次第、職を辞そうと考えているらしい。


 が、間違いなく最低でもあと10年くらいは辞せないだろうな。


 そもそも負けたらって、執事が何の勝負をつもりだろうか?


 そんな彼らは私の可愛い娘の前では執事の他に馬番、庭師、侍従、侍女、給仕係なんかをやっている。


 本職はそちらのはずだ。

何故かセバスチャンによって気づいた時には手練れ化している不思議現象が我がでは度々起こる。

まあ邸の中が家族にとって過ごしやすければ私は全くかまわない。


 余談だが顔の厳ついパッと見は破落戸みたいな風貌の厨房の料理人達は違う。

彼らはそこらの破落戸よりは強いだけの、料理人という名の娘の信者だ。


 1年近く離れて過ごしていた可愛い娘を単身で転移してここまで迎えに来たが、紛争中に何度か攻め入った事のある城だから転移に支障はない。


 むしろ我が邸の執事長を筆頭に、手練れ達を置いて来る方が難儀だったくらいだ。


 当然他国の領主である大公には事前に連絡した上で、娘には驚かせようと秘密にしておいた。

だが予想以上に驚いてくれたらしい1年ぶりの愛娘の顔は私にとっても破壊力が凄まじかった。


 はあ、バルトスの天使発言には激しく同意する。


「さすがに疲れちゃったんだね」


 ベッドに寝かせた妹の横にしゃがんで首筋に手をやる。


「良かった。

思っていたより熱は上がってない」

「城ではレイヤード達が体調管理に努めてくれていたお陰だ。

ありがとう、レイヤード」

「当然の事だよ、父上。

僕の可愛い妹だ。

でも、拐われて····怪我まで····」


 息子を労うも、顔を曇らせてしまったか。


 レイヤードは天才肌の兄とは違って努力家だ。

それに妹に対しての責任感はとにかく強い。


 これまで通信している時も、時折こうして自分を責める。


 まだ幼かった頃は実妹ルナ義妹アリーとの間で人知れず葛藤し、すぐには義妹の存在を受け入れられなかった負い目もあるんだろう。


「何度でも言うが、拐われたのはお前のせいではない。

だが悔しいなら精進して2度と遅れを取らないようにすればいい」

「····わかってる」


 しゃがむレイヤードの頭にぽんと手を置けば、本当にへこたれているようだ。

いつもみたいな小っちゃい雷撃がこない。


 うちの子、皆可愛いな。


 と、思っていたらパチパチした息子特有の魔力を感知した。


 照れ隠しか?


 すぐに手をどけ、話を変える。

雷撃は後からドアノブに触った時なんかに、地味にパチパチするから触りたくはない。


「あの一行と共に船で帰らせなくて正解だったな。

下手をすれば可愛いアリーが今頃寝込んでいただろう。

アリーの熱もこれくらいなら明日には落ち着くさ。

様子を見て3人で転移して邸に帰ろう」

「チッ、相変わらず勘がいいんだから。

父上はアリーの転移に専念して。

僕とニーアとお馬さん3兄妹はどうとでもなるから」


 息子よ、そんなに雷撃したかったのか?

父はいつでも受けて立つぞ。


 うちの娘についてヒュイルグ国側がどう考えているのか、娘が拐われるきっかけとなった謀反人達の末路をどうするか等を直接大公から聞くのは、あくまでついでだった。


 ちなみにだが、ヒュイルグ国王自らここまで共に馬車に乗って送ろうとしたのはうちの子達全員が断固拒否したらしい。


 別に慰謝料や謝礼にもそこまで拘ってはいない。

バルトスからも先に聞いていたしな。


 さっさと可愛いうちの子を連れて帰って、邸でゆっくりとムササビ娘と遊ぶつもりしかなかった。


 娘が疲れたらもちろんカンガルーの親子だ。


 ロリコン野郎の婚姻の申し出もとっくに、主に娘が直々に握りつぶしているから今更だ。


 代わりにこの国に硝子や小型卓上コンロやらの利益をもたらしたんだ大公がどう思っていようと関係ない。


 更に言えば、うちの子は3歳にして当時は王子の1人だったロリコン野郎の擁立や、この国とナビイマリ国を流行病からも守っている。


 私も知ったのは事が起こって何年も経ったずっと後だったし、うちの子何してんだと心からドン引きしたが····。


 ロリコン野郎の惚れた弱みもあっただろうが、大公の手術と引き換えに誓約魔法で今後の求婚はしないと取り決めた。


 そうした事を確認し、最終調整し、これまでの謝礼と慰謝料の件を書面におこして必要な話の顛末を全て聞いている間に、眠っていた私の天使な娘は熱を出してしまった。


 仕方ない。

この冬は予想外の長期滞在と誘拐で大怪我はするし、体調を大きく崩すしでこの子の人生何度目かの生死の境を彷徨う羽目になった。


 背は少し伸びたのに邸にいた時より痩せているとか、元々が虚弱体質なだけに異常事態も甚だしい。


 うちの領発案のスプリング機能付きの馬車とお馬3兄妹の脚技をもってしても、体には負担だったんだろう。


 今は微熱だが、魔力耐性も低い。

無理に転移をしてしまえば魔力酔いを起こして再び生死の境を彷徨いかねない。


 息子の言う通り、明日は私とこの子の2人で転移するのが得策だろう。


 そうだ、カンガルーで帰ろう。

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