278.手術をすれば終わりではない

「状況にもよるけどね。

手術をすればそれで終わりじゃないよ。

もちろん現状だけで言うなら呼吸も安定していて心拍も正常。

だけど元々弱りきってる心臓だったんだ。

今は動いてる心臓そのものが、次の瞬間には機能しなくなる可能性だってまだある。

どうなるかは彼次第」


 国王と王子は息を飲んで僕の顔を見ても不安定な状況は変わらないよ。


 僕はレイヤード義兄様の膝に乗ったまま説明する。


 でもバルトス義兄様にさっとチョコレートを差し出されたから、一口食べてからにした。


「死に直結するかもしれない起こり得る要因はまだあるんだ。

体の深部を切って縫ってるからね。

固まった血液が血管内を移動してどこかの重要な臓器で詰まるかもしれない。

しかも体力や免疫力も落ちているからね。

切った所から感染症を起こして膿む事もあるし、縫った部分が上手くくっつかなくて機能しなくなる可能性もある。

高熱が出て弱った体が耐えられない可能性もあるね」

「そんな····なら、魔法で治癒か回復を····」


 王子ってば安直だな。

けど、それがこの世界の常識なんだよね。

だから医療は遅れるんじゃないかな?


 テーブルのブラック珈琲のカップに手を伸ばそうとすれば、バルトス義兄様に差し出される。


 レイヤード義兄様に頭をよしよしされながら啜る珈琲の苦味と、口に残るチョコレートの甘味を打ち消し合う時に生まれる風味のハーモニーはたまらないね。


「それからね?

元々空いていた心臓の穴と心臓の不完全な弁を形成し直した。

これは人の本来の心臓の形に整えたんだけど、彼の元々の形から変えた事になる。

元々の形は生れつきの物だよ。

程度が酷かったらもっと小さな頃に何かしらの症状が出ていただろうね。

そうならなかったのは不幸中の幸いだったとは思う。

今回は本来違う場所にあった血管を切り取って、狭くなっていた心臓の血管部分をすげ替えたんだ。

狭くなっていたのは生まれつき機能不全だった部分を補う為に他を無理させてたからだと思うよ」

「そんな事が、できるのか····」


 僕の話は君達からすれば常識を覆すような内容だからかな?

国王の声がかすれてるね。


 口の中に残る香りが珈琲だけになるのを感じながら、更に一口。

できる専属侍女の淹れる珈琲はあのスラの微かな甘味すらも感じさせる。


 コーヒーマスター。


 ニーア、君にはこの称号を贈ろう。


 心の中でニーアを褒め称えつつ、説明を続ける。


「できるよ。

彼自身の体の一部を使って弱った部分をすげ替えたから、拒絶反応もないだろうね。

このまま彼が回復していくのなら、いずれは走る事も体を動かす事も問題なくできるようになる」

「それなら、やはり魔法で····」


 もう、王子は最後まで話聞きなよね。

ちょっとイラッてしちゃうぞ。


 まあいいや。

レイヤード義兄様が僕をよしよししてくれているから許してあげよう。


 バルトス義兄様が差し出すクッキーをパクリとやって、珈琲もコクン。


 美味しゅうございます!


 機嫌は元に戻る。


 国王はある程度わかってるみたいで、眉間に皺を寄せて僕の方を食い入るように見ている。

それぞれの膝に置いた手はズボンを握りしめているから、緊張してるのかな。


「ただね、もし気軽に治癒魔法を使ってしまったら、場合によっては彼の本来の形に戻ったら····死ぬよ?」

「あ····」


 王子ははっとした顔をするし、国王は眉間の皺を深くする。


「回復魔法だって今の弱りきってる体に使ったら、魔法を何度も重ね掛けしたような状態になりかねないんだけど、わかってる?」


 一応冷たく王子をチラ見して余計な口を開くなと言外に告げておく。


「魔法は確かに便利だよ。

だけど君達はそれに頼りきっていて、僕からすれば医療は遅れている。

もちろん治癒魔法を使えばすぐに治る可能性もある。

使って問題の無さそうな部分には既に使ってあるんだ。

もちろん重ね掛け状態になる危険を考えて加減はしてもらってる。

1度切断した胸の骨はヒビが残る程度まで、体の表面の傷も痕にならない程度にね。

血管を取った後の足の方は問題無さそうだから、綺麗に治したよ」


 国王は顔色が悪くなっているけど、大丈夫かな。

でも余談を許さない状況なのは理解できていってるのかな。


「でも心臓には一切使っていない。

それから、そもそもこの治癒魔法の使い方にはかなりの繊細なコントロールが必要だ。

下手な人がやれば心臓を含めた体全体に魔法が及ぶ。

でも僕の考える1番危険が少なくて効率的な魔法の使い方と物理的に切って取って縫って治す手術とを組み合わせてみたけれど、誰もそれを試した事はない。

それに術後管理を補助する為の用途別の薬もこれと思う物を使ってはいるけれど、薬の成分を事細かに抽出して作る技術どころか、作用や副作用まではっきりとまとめた物の存在すらもないから正確性には乏しい。

医療分野の中の薬学の観点からも君達は遅れている。

だから手術は成功したけれど、術後管理も不十分だから予断は許さないと僕は判断している」


 2人は僕の言葉に困惑し始めている。

そりゃそうだよね。


 この世界では薬草を煎じたり、粉にはするけど更に遠心分離器にかけたりして必要な成分そのものだけを抽出する技術もないし、化学構造式の概念もないもの。

顕微鏡もないんじゃないかな?


 僕の言葉の意味もどこまで伝わっているかはわからないよね。


「もちろん僕の考えすぎかもしれない。

治癒魔法や回復魔法を使えばすぐに立って歩ける可能性は否定しない。

どちらでも好きな方を家族である君や当事者である彼は選ぶ権利がある。

僕はアリアチェリーナに頼まれた手術に関しては問題なく終えた。

それだけだよ」

「····わかった」


 そう言って国王はソファに深くもたれて大きく息を吐いた。

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