276.惨劇はあの時以上〜ルドルフside

「ルド、着替えたらまずは全身に浄化魔法を使って。

その後これを着けて」


 言われた通りの手順で着替える。

帽子や口元を装う布はともかく、このエプロンは東の商会長であるカイヤが店先でよく使っているカッポウギなるエプロンによく似ている。


 全員が準備を終えると、青い色一色で目と手指だけ出ている状態となる。

ある意味一体感のある装いだ。


 魔法で手指を浄化して消毒してからあの時のぴったりした手袋も装着した。


 ベッドのすぐ横にいたニーアと旅人が、恐らく手術について話している。


 ベッドの周りには台があって、その上にはあの洞窟で心の妹が使用していたような多種の針、糸、ナイフの他にデカいハサミのような形状の物やらトレーやら、とにかく色々置かれていた。


 大公は裸で下半身だけ布がかけられた状態だ。

腕には針が刺さっていて、何種類かの透明で薄手の袋と管に繋がっていた。

赤い液体は····血か?


「君は以前アリアチェリーナに頼まれた時のように、その小瓶に入ってる液体を垂らして。

ただ時間を正確に図りながらしてもらいたいから、その砂時計の砂が落ちきる毎に垂らしてね。

皆当初の予定通りに自分の仕事に専念して欲しい。

万が一吐き気を覚えたら無理せずにここを出て。

バイ菌の管理だけは徹底しないといけないから。

時間は最低4時間は超えると思っていて欲しい。

具体的な心臓の状態は開いてみないとわからないから、はっきりいつ終わるとは明言できない。

ただ長くても6時間以内には終わらせないといけないと思っている。

僕は開始したら手は止められないし、誰にも触れられない。

立ちっぱなしだし、立ちくらみなんかの体の自己管理は各自でしてね。

それじゃあ始めるよ」


 大公の胸のあたりをかつて心の妹がしたように消毒する。

あの時よりは何をしているのかわかる。


 そしてそこからは····あの時の比ではない惨劇がはじまった。


 血と肉の焦げる臭いよりも、光景が生々しくえげつない。

冒険者として魔物の解体もしたが、人体ともなれば意識が全く違うのだと痛感した。


 正直吐くかと思ったが、あの時の心の妹で耐性が少しはついていた。

気合いで乗り切る。


 心臓をわざと止めた時から次に動かす時まで気が気ではなかったが、剥き出しの心臓が再び動き出した時は素直に感動した。


 全てが終わった後、あの時の心の妹のように旅人は静かに微笑んで言ってくれた。


「消毒して肉と骨切って開いて心臓止めて切って中を開いて切って弁を再建して縫って焼いて縫って切り取って焼いて縫って足の血管切り取って駄目な血管とすげ替えて縫い合わせて水で洗って縫って消毒しただけだよ。

立ちっぱなしだったし大変だったね。

お疲れ様」


 いつぞやの心の妹かよとつっこみそうになった。

労いの言葉が軽い。


 心の妹よりも大きくて安心感を与える手は、全く迷いのない手つきで大公の胸を切り裂き、躊躇なく手を突っ込んで血濡れた心臓を手で持ち、何かを切って縫い合わせる。

そうかと思えば足を切り開いて血管の一部を切り取って心臓のどこかの血管と繋げる。


 それを見て、何故シルの腹を縫い合わせて救った心の妹が自ら手術を行わなかったのか、この旅人に頼んだのか察する。


 拡大鏡や恐らく特殊な魔具を使って補助をしてはいたが、奇跡のような神業が全くの迷いなく、流れるように施されていくのだ。


 心の妹ではそうした事を施せる程の何かが足りないと判断したのだろう。

それに集中力や体力的な部分でも難しいのではないだろうか。


 バルトス殿は大公の体を氷魔法で仮死に近いほどに冷やしつつ道具を旅人に差し出していた。


 レイは旅人を直接的に補助しつつ、最後に雷の魔法で心臓に軽いショックを与えていた。

それにしても手を震わせる事なく未知の神業を完璧に補助するとはさすがだ。


 ニーアは初めて見るテンテキやユエキと呼ばれるものと、耳にした事はある輸血の管理を主に担当していた。

といっても輸血に使う器具は初めて目にする物だったが。


 俺は言われた通り砂時計を片手に液体を垂らし続けていたが、それだけでも長時間ともなると疲弊してしまっていた。


 だが旅人はそんな俺達への指示も合間に出して気を配りながら、自分の手先も動かし続けていたのだ。

それも長時間。

手術の技術だけではなく、どんな集中力をしているのかとそら恐ろしくなる。

心の妹の師匠なだけの事はある。


 しかも治癒魔法と手術の併合をするのは初めてだったらしく、部分的に魔法を施しては確認するという地道な作業も間に挟みながら、結局4時間程で手術を終えた。


 初めにそれ以上かかると言っていたから、恐らく早く終わった方なんじゃないだろうか。

そこはよくわからない。


 身につけていた顔の覆いと手袋を外しエプロンと帽子を脱いだ時の旅人の気を抜いた顔が、心なしか心の妹に似ている気がした。



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お知らせ

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いつもご覧いただきありがとうございます。

本日は2話投稿しています。

応援や評価や感想は今後の意欲にも繋がって大変ありがたく受け取っておりますm(_ _)m


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本日より新作投稿します。

【稀代の悪女と呼ばれた天才魔法師は天才と魔法を淑女の微笑みでひた隠す〜だって無才無能の方が何かとお得でしょ?】

https://kakuyomu.jp/works/16816927863356796443


恋愛とファンタジーカテゴリーと迷う感じの作品です。

1話1,600文字かそこらへんの長編になりそうな作品で、比較的勢いで書いてます。

書き貯めた物をさくさく投稿していくつもりなのでのぞいてみていただけると嬉しいです。

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