266.蠢く縄と素直な気持ち〜ルドルフside
「ん····はぁ····ん」
レイを訪ねる名目で心の妹の様子を見に来た。
護衛としてシルだけを連れ、いつものニーアに案内されて部屋に入れば心の妹は真っ白なイタチになって喘いでいた。
「何?」
レイは暖炉の前の複数掛けソファに膝にクッションを置き、その上に丸くなった妹を乗せ、小さくなった体躯に掛けた上掛けの上からそっとその体を撫でている。
俺はシルを部屋の隅に待機するよう指示して1人掛けの方のソファに座る。
寝込む妹の側にいる時は特にこちらを見る事がない、一見不機嫌そうにも見える無表情な横顔は平常運転だ。
何年か前のアビニシア領の城でもそうやって高熱で苦しむ妹の側についていた。
一々気にしない。
「熱が上がってきたのか?
咳は?」
「熱は少しずつ上がっているけど、咳は出ていないよ。
今日は兄上が来てしまったせいで朝早くから妙に張り切って動いていたからね。
まったく、僕と可愛いアリーの時間を邪魔した上に今日は僕より30分余計に抱っこしたりするから····」
あ、平常運転じゃなくて怒ってた。
30分以上とか細かいな。
ブツブツと文句を垂れ流している。
アビニシア領で寝こんだ際、咳が出始めると症状が酷くなって高熱が長引くと聞いた。
咳がなくてひとまずほっとする。
侍従として連れて来たジャスは兄上と共に部屋にいる。
兄上と共に連れ立って突撃訪問してきた彼の兄、バルトス殿もそうだ。
王宮魔術師団副団長という立場の彼の兄は一応休暇扱いになったと聞いた。
王太子である兄上がどういう扱いなのかはまだ未定、というか自国と調整している。
同盟国として繋いでいる通信用の魔具で国王としての父上への後出し報告は昨夜のうちに終えている。
その際に側にいたが、父上は怒るでもなく脱力していた。
『さすが····グレインビル。
そうきたか』
と呆れたように呟いていた。
どうやら何かしらの約束事をグレインビル侯爵としていたらしいが、予想外の方向から締結させられたんじゃないだろうかと感じた。
兄上もバルトス殿に対して同じような事を口にする時があるし、俺もレイにはよく思うからその発言には既視感しかない。
一応事前に兄上は書き置きという名の報告書は置いていたらしいく、昨夜の通信の時点で宰相が何かしらの処理には走っていると聞いてほっとした。
王太子としての当面の書類関係は先手を打ってここに来る前に処理してあるらしい。
元々真冬に行う主な王宮主催の行事は終えているから、問題は多々あるだろうがアドライド国側としては大きくはない····多分。
ヒュイルグ国側も今は反乱を鎮圧して少し時間が経過している。
未だ残務処理はあるらしいが、残党はもういない。
事が起こった数日後、城門の前に煤だらけの男達が拘束されて転がっていたらしい。
そのうち半数は上半身裸で怪しい魔具に拘束された状態だったとか。
魔具の何が怪しかったかというと、縄に柔らかい小さな突起が無数についていて、ゾワゾワ振動しながら蠢いていたらしいのだ。
男達は涙と鼻水と涎を垂らして笑いながら放心し、何人かは失禁もしていたとかいないとか。
それを聞いた時、まだ学生だったレイが兄であるバルトス殿の作る魔具について語っていた事を思い出した。
『兄上が最近僕に対抗して僕の可愛いアリーの防犯用の魔具を躍起になって開発してるんだけど、いっつもおかしな機能がついてるんだよね。
この前も起動したら自動で対象を捕縛する動く縄を作ったんだけど、動く縄っていうより蠢く縄でさ。
僕の可愛いアリーの細腕に巻きついたあげくにあの縄がゾワゾワ蠢いて震えてたのが気持ち悪いったらなかったよ。
くすぐったいー、てケラケラ笑うアリーは可愛かったけどね。
でも僕以外があんな風に笑わせるなんてって思ったら、思わず雷撃で落として燃やしちゃった。
防犯じゃなくて拷問に使えそうだったけど、僕の可愛いアリーに持たせる代物じゃないよ』
この時はただ、過ぎた笑いは確かに拷問になるなと思っただけだった。
学園で毎年行われる魔法技術大会で毎年兄上と優勝争いをしては優勝をもぎとるバルトス=グレインビルが作る魔具がどんな物か少しばかり興味をそそられただけだ。
あの話を思い出した俺は妹に手を出されたレイが秘密裏に動いたんじゃないだろうかと思った。
もちろん誰にも告げずに胸の内に封印した。
「レイ、聞きたい事がいくつかある」
「····はぁ。
何?」
途端に不機嫌さを顔に出されてしまうが、めげるつもりはない。
「アリー嬢は実の両親のことを覚えているのか?」
「何故?」
「それは····」
『それからアリーは少なくともうちに来た赤ん坊の頃からある程度の記憶がある。
この子の記憶に年齢は関係ない。
それにアリーは1度見た事は映像としてそのまま覚えている』
あの時レイが言った言葉だ。
赤ん坊の頃の記憶があるなら、両親を知っていてもおかしくはない。
もちろんそんな頃から記憶があるなんて話は初耳だし、レイでなければ信じきれなかった。
だけどどう考えても心の妹は実年齢よりも中身が成熟している。
ここ最近苛ついていたり、大泣きしたりして泣き叫んだりはしていたが、状況を考えればたかがその程度だ。
同い年くらいの少女ならもっと感情的かつ取り乱していてもおかしくなかった。
けれどもしも一般的に物心がつく年頃からではなく、赤ん坊の頃からはっきりと確たる自我があったなら?
それもグレインビルという特殊な一族で育っているのなら?
少なくとも俺より成熟した精神をしていても不思議ではない。
「ルドルフ王子殿下。
アドライド国王族の面々は私の妹に不用意に近づかないという誓約をお忘れか?」
畏まった口調、怜悧な声音で牽制される。
「それは覚えているという事か?」
それでも一歩踏み出す。
俺はやはりレイヤード=グレインビルと友になりたい。
そしてアリアチェリーナ=グレインビルとももっと近づきたい。
しばしの沈黙。
赤い目は俺の真意を確かめるように俺の目を射抜く。
やがてため息を吐いて視線を白いイタチになっている妹へと注ぐ。
「僕達家族にとって大切なのは互いに過ごした日々だ。
興味もないから聞いた事もないよ。
逆にそれを知っても無意味だからね。
この子が自分から話さない限り僕達が知る事はない。
そもそもそれが聞きたい事?
君には全く関係ないよね」
きっぱりと言い切るレイに嘘を吐いた様子は見られない。
確かに俺には関係ないし、覚えていたところで何ができるものでもない。
それなら····。
「確かにアリー嬢の実の両親の件は俺とは特に関係ないな。
だが過去に俺を拐った誘拐犯達はアリー嬢を標的にして動いていたと俺は確信している。
それにヒュイルグ国王がアリー嬢を長くここに留めようとしたのは私の世話やアリー嬢への婚約の打診が理由ではないのだろう?
アリー嬢の過去や能力と何かしらの関係はないのか?
俺も何かしら関わる事柄だ。
全くの無関係ではない。
何より俺はレイと友でありたいし、アリー嬢は俺にとってレイの妹であるというだけではない存在なのだ」
気になっていた事、そして俺の気持ちを素直にぶつけた。
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