244.ムササビボディな逃走劇

「仕方ありません。

探している暇もありませんし、そろそろあの我儘令嬢と謀反人達も捕獲されたでしょう。

時間がありません。

私達だけで出国するしかありませんね」

「待てよ!

まだあのガキがこの辺に隠れてる可能性だってあるじゃないか!」


 ひょろ長さんの提案に逞しさんが噛みつく。


 確かに逞しさんの言う通り彼らの目と鼻の先にいる。

天井近くの壁に指3本分くらいの小さな通気口が空いてて、僕はそこからこっそり覗き見してるんだ。


 通気する出入り口は小さいけど、この邸を通る通気路はリュックを背負うこのムササビボディでもぎりぎり行き来できるくらいの大きさはあるよ。


 この最北の地にある邸は暖炉がほぼ必ず配備されてる。

暖房の観点では通気口なんて邪魔だけど、不完全燃焼で気づいたらお亡くなりになる事故が起きないように貴族の邸には通気口が取り付けられてるんだ。


 当然だけど外に出る通気口は屋上近くの壁。

地面に近いと雪で埋まっちゃうからね。


 ただ、さすがに通気口の中は冷える!

僕の体に生えた毛皮でも防寒しきれてない。


 ふわふわな白い尻尾も体にくるりと巻き付けて丸くなるしかないね。


「ジルコ、ゲドの言う通りだ。

この辺りにいるかもしれねえが、いつあの部屋から出たのかもわからねえ。

その方法も謎だ。

これでどうやって探す?

時間はもうねえぞ」

「それは····。

だけどあの方にも時間があるわけじゃないだろう!

あの魔具で時間を稼いでも限度がある!」

「それで私達が捕まるんですか?

ここから王都までは距離があるとはいえ、相手はやり手のヒュイルグ国王です。

これまでの彼の手腕を考えてもかなりの智略家ですよ。

下手をすれば既にここを嗅ぎつけている可能性もあります」


 その言葉に逞しさんは顔を歪める。

その表情には怒りだけじゃない何か····焦りのようなものが垣間見えた。


 彼女はつかつかと僕のやや真下の壁に歩いてくる。


「········クソ!!!!」


 バゴ!!


 うわ····壁を殴りつけたら穴が空いちゃった?!

思わずビクッてなったからね!


 通気口が上の方についてて良かった。

下手したら僕死んでたかも。


 わわ!

今ベルヌと目が合った?!

逞しさんてばよりによって僕の真下の壁壊すの止めてよね!


 僕は穴から体を逸らして隠れる。

ちょっとスパイ大作戦みたいでドキドキしちゃう。


「嬢ちゃんを連れてく必要がねえなら、さっさと出るぞ。

ジルコ、前にも言った通りあの方に肩入れし過ぎて我を失うな。

俺とお前の目的はまず連中に真実を明らかにさせる事だ。

罰するのはその次だろう」

「····わかってるさ。

まだ不確かなのは。

だけどあの方に救われたのも真実だ」

「わかってる」

「そうと決まれば、行きますよ。

ああ、次にグレインビル嬢に会うのが楽しみですねえ。

前回の王子がどうやって逃げたのか聞きそびれましたし、今回の件も含めて次こそ教えていただかなくては」


 ゾクゾクゾク!


 う、背中に悪寒が走った!


 隠れてるから実際の表情はわからないけど、今のひょろ長さんのお顔は気持ち悪いに違いない!

次が起こらない事を切に願う!


「先に行け。

痕跡を消してから後を追う」


 ベルヌの言葉に2つの足音が遠ざかった。

恐らく魔具で転移するんだろうね。


 ムササビのお耳をそばだてて気配を追えば、不意にそれが消えた。

ケモ耳だし通気口にいるから他の部屋に人の気配があれば微かにわかるんだ。


「さて、嬢ちゃん。

まだそこらへんにいるんだろ?

まあいないならいないでいいが」


 返事はしない。

特に求められてはいないみたいだし。


「俺達はここから去るが、この邸は燃やす手はずだ。

あの魔具の痕跡を調べて追いかけて来られるとまずいからな」


 んん?!

痕跡を消すって、邸ごとなの?!


「だからいるならさっさとここから出ろよ。

嬢ちゃんには死なれちゃ困るからな」


 そう言って部屋から出て行く気配がする。


 うわ、大変!


 急いで迷路みたいな通気路をささやかな風の吹く方へと走る。


 わわ!

少しずつ煙の焦げ臭さを感じるようになってきた!


 くっ、ムササビボディが時々つっかえるんだけど?!

軽く振り返れば、まだ遠いけど黒い煙が見える。

追いつかれるとやばい。

慌ててリュックをお腹の方に回してまた走る。


 火の勢いがそこそこ強いから、魔具の周りに結構な量の油でも撒いてたのかな?!

転移用の魔具は確かに少しでも残骸があれば行き先から足がつきやすいものね!


 感じる風が少しずつ強くなり、外に繋がる通気口に出た!


 雪国だからね。

構造的に屋根の位置が高いし、この邸は3階建てみたい。


 目の前には大きな木がいくつか見えた。


 何が言いたいかというと穴の位置が高くて地面と距離がかなりある。

現在人よりもっと小さなムササビボディだから尚さらだよ!

更に言うなら、ほぼ無風。

あの木の枝に風に乗って飛び移るのも難しい。


 これ、滑空飛行に失敗したら死んじゃうやつかな?!


 まだこの高さで滑空飛行の練習はしてないんだけど····。

前世でパラグライダーとか経験しとけば良かった?!


「女は度胸って言うもの」


 僕の生お胸を見て男かって言った逞しさんの言葉は今は忘れる。

でも少しはあるんだからね!


 わわ、躊躇う間に真っ黒な煙に追いつかれちゃった。


 お腹に抱えるリュックの紐を更に首に交差してかけ直し、いざ!


 少し体を後ろに振ってからジャンプして両手両足を大きく広げる。


 一瞬ふわっとした浮遊感に上手くいったかと思う。


「うわ!」


 けれど突然の突風で体が煽られて上に巻き上げられそうになるのを何とか堪えてバランスを取る。


 だけどすぐ後ろの通気路から火と風がボッと勢いよく吹き上がり、突風と相まって大木の方へ吹き飛ばされた。

ちょうど雪の重みて折れてた枝の尖った部分を視界の端に捉える。


 嘘?!

串刺し?!


「うぐっ」


 何とか体を捻れば、串刺しはかろうじて回避できた。

だけど腕の辺りに灼熱感が走る。


 更に突風が吹く。


 しまっ····。


 ガン!


 そのまま大木にこめかみのあたりをぶつけて雪の中に落ちた感覚をどこか遠くで感じながら、意識が暗転した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る