240.過去の痛烈な皮肉〜エヴィンside
『私のここでの用件は
後は早くグレインビル領に帰る事だけが目的ですわ。
ですから滞在するのは後少しだけとしか考えておりません。
そもそも私は国王を始めこの国のトップ達全員が等しく大嫌いですもの』
大嫌いのあたりだけめちゃくちゃ良い笑顔だった。
宰相がこんな状況なのに俺に憐れみの目を向けるくらいには。
まあ自業自得だが、胸が痛んだのは言うまでもない。
だがあいつが何をどう仕込んだのかは、実は今も検討がついていない。
ただやはり、とは思った。
大嫌いな俺達の為だけにこの国に来てくれるほど甘くない。
あいつがこの国に来た狙いは何だ?
実現するにはグレインビル家当主であるあの養父が許可しなければ実現しなかった。
貴族として、辺境領主としては親善の為に娘をこの国に寄越すのはメリットがある。
だがあの養父が貴族の義務だけで
あの親子の関係は1度見ただけで十分なほどに互いを溺愛している。
となればヘルト=グレインビルは父親として娘自身の為に許可したはず。
『ですが特に何も致しませんわ。
だって何もせずともここにいるだけで、あなた達の望む囮にも餌にもなりますでしょう?』
考えを巡らせていれば、紫暗の目は宰相をしっかりと見据えている。
『そして宰相。
私はあなたの憎しみにも疑念にも不信にも応えるつもりはありません。
最も近くにいて、救えなかったのは他ならぬあなた。
あなたの中の未消化なあらゆる感情はあなたの物であって私の物ではありませんし、あなたの過去を慮る必要性も、興味も私にはありませんもの。
それにご自分で消化なさらなければ、恐らくあなたの人生において全てが形骸と化しましょう。
あなたがかつて感じた愛情も、正道を尊ぶ心も含めて』
冷たく凍える水色を向け続ける宰相に微笑みながら淡々と告げる。
『いつまでつまらない確執を後生大事に抱えて動こうとなさらないのです?
せっかくの復讐の機会を
あなたの愛するどなたかは、それこそを望まれていたでしょう。
そして時間と共に何の罪もなかった咎人の子供が自ら咎を負い、いつか禊を受けるのでしょうね。
ああ、それがあなたの復讐かしら?
咎人達は何一つ罪の意識を持たず、その子供にすら価値を置いていないのに子供へ復讐するとは』
1度言葉を区切ってクスリと笑う。
『何とも滑稽ですこと』
正確に、痛烈に皮肉る。
そこには人らしい気遣いは皆無だった。
言うだけ言って俺の愛しの化け物は部屋を出た。
小柄な背中を射殺しそうな目で憎々しげに見つめる宰相などまるで無視して。
だがそれから宰相は変わった。
これまで独自に調べ上げた元王太子と元王女に関わる全ての資料を俺に渡した。
引き換えに、もし何らかの動きによって元王太子と元王女を捕らえた場合の聴取に関わる権限は宰相が望むままに全て与えた。
殺さぬ事がもちろん条件だ。
そしてもう1つ変わったのが俺達の行動だ。
夜に行う政務は俺の執務室で必ず行い、夜明け前には1度各自が城の居室に戻って休み、朝食を摂ってから再開する事だ。
兵士の見回りルートは深夜に限り3パターンに絞らせ、深夜に居室に戻る際に出くわした場合の居室までの見回りは免除して持ち場に戻らせる。
もちろんわざと隙を作る為だ。
今回反逆者達に襲われたのも、いつも通りの時間に政務を一旦切り上げ、自らの居室に戻る際に見回りを持ち場に戻らせ、居室に続く回廊に足を進めた時だ。
その後は予想外に敵が多く、己の居室に逃げこんだ。
反逆者の魔法の集中砲火で部屋に施してあった守護設備でも防ぎ損ねた風刃がかすめたと思った瞬間、ふざけた名前の魔具の発動だ。
『これ、もしもの時の威力を試したいから持っておいて。
アリーが使う前に検証しといたいんだよね。
持ち主の体に一定の圧がかかった瞬間に弾いて反撃するんだけど、ちょっと威力強くなりすぎたかもしれないんだよね。
君、これから狙われそうだから』
数日前に義妹の元に戻ったと報告を受けていたが、すれ違い様にそう言ってぽんと手渡された。
むしろ言外に狙われろと言われていた気がする。
正直助かった。
助かったが、感度も威力も良すぎねえ?
下手したら誰かに小突かれただけで発動すんじゃないのか?
しかもしばらく雷が滞留してこっちがビリビリするし、人でも物でも何か触る度にパチパチして護衛の騎士達が密かに距離取って小さな職務放棄してたんだぞ。
あの直後に血相変えて駆けつけたヒルシュなんかバチンて鳴ってからは普通に大股で3歩は離れてたぞ。
シスコンのあの男が義妹にこんな危険物渡すか?
絶対わかってて俺に渡しただろう?!
一応国王だぞ、俺。
そもそも国王で試すか?!
受け取った俺が悪いのか?!
でもあの非力で虚弱な化け物の為ってあいつが信頼する義兄に言われたら受け取るしかないだろ?!
いや、まあグレインビルだしな。
中でもあの義兄の恨みを買ってる自覚はある。
まだヨチヨチ歩きの化け物を拐った時、邸にいた家族はあの義兄だけだった。
あの男もまだ10才にもなってなかったが、義妹を守っていた義兄から拐おうとしてあの専属侍女を殺したのが俺だ。
思い出すだけでへこたれそうだ。
それでも諦めきれない。
幼女趣味とか変態とか言われてきたが、それでも俺の魂が求めるのはあの可愛らしい化け物だけだ。
「それで、お前達を手引した者達はどこへ行った?
黙っていれば更なる苦痛を与えるだけだ」
「詳しくは····し、知らないのよ。
うう、痛い。
ビアンカを安全な場所で····ぐっ、保護しておいてくれるって····お願い、これを抜いてちょうだい····」
宰相は未だに太ももにナイフが刺さったままの元王女を冷たく見下ろしている。
元王女は痛みと恐怖からだろうが、涙を流しながら息も絶え絶えに素直に話す。
「罪人、城へ手引きした者は魔人属、熊属、ピューマ属の3人か?」
「ざっ、いや、何でもない。
3人だが、連中は城への手引きと娘の保護をするだけで国王を殺して王位を簒奪するのは私達の役目だった。
本来ならお前達を殺して城を奪い、仲間達を招き入れる予定だったのだ。
あの娘が投獄さえされなければもっと準備に力を入れられたものを。
あの3人なら既に娘と城を離れているだろう」
聴取という名の拷問を恐れた元王太子も素直だ。
宰相が口にした罪人の二文字に反論しようとするも口を噤む。
「なるほど、例の誘拐犯達の足取りがまた消えたってわけだ。
おい、念の為ラスティン大公を温室へ向かわせヒルシュと交代させろ。
護衛をつけて温室の守りも固めておけ」
「はっ」
まだどこに反逆者達が潜伏しているかもわからない。
いつ発作を起こして倒れるかわからない兄は貴賓達と1番安全な場所にいてもらう。
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