231.変態マッド再び

「「「「「大公!」」」」」


 大公の護衛やルド様達が駆け寄る。


「いつもの発作です!」

「とにかく建物の中に!」


 護衛達が抱えて雪を避けるのに建物の廻廊に入ってすぐに寝かせる。


「医師を!」

「引きつけか?!」


 口をパクパクしながら苦悶の表情でヒッ、ヒッ、と呼吸しているように見えるから、確かに一見そんな風にも見える。


 だけど····。


「すぐに心臓マッサージを」

「「「アリー(グレインビル)嬢?!」」」


 ルド様とシル様、それからコード令息が驚いたように口々に僕の名を呼ぶ。

他の護衛達もこちらを見やる。

 

「え?!

しかし呼吸はしています」


 大公の護衛の1人が驚いて聞き返す。

何人かは王宮にいるはずの医師を呼びに行った。


 確かに一見すると呼吸しているようには見える。


 けれどこれは違う。


 常人でも時々見られるけど、心臓病を患う人の方が確率的には出現頻度が高いとされている、死戦期呼吸と呼ばれるものだ。


 彼らにとっての心臓マッサージは溺れた時にする応急処置くらいの認識だし、何より我流が多い。

この世界は本当に医療が劣るね。


「していません。

胸が動いていない。

大公を死なせたくないならすぐになさいませ」

「し、しかし····」


 心臓を患っている人に、それも立場がある人にするのは確かに勇気がいるのだろうけれど····遅い。


 負傷覚悟で僕がやるべきかな?

か弱い令嬢体質のせいか適切な力加減をしようと思うと手首痛めちゃうんだよね。


「「僕(俺)がする」」


 見かねた兄様が腕に抱いていた僕を降ろし、大公の傍らに膝をついた。

ルド様もそれに続く。

シル様達はルド様の周りを護りに入った。


 義兄様はわかるけど、ルド様がすんなり僕の言葉に従ったのは拐われた時にシル様のお腹の傷を縫ったのを見たからかな?

この世界の常識からすれば、僕の言葉は非常識だ。


「ルドは人工呼吸して」

「わかった」


 義兄様の指示に従ってルド様は懐からハンカチを取り出して大公の顔、正確には口元を覆う。

もしかして義兄様から何かしらのレクチャーを受けてたのかな?


 それから約5分を2人で頑張るけど、自発呼吸が出てこない。

これはまだ人で試した事ないけど、義兄様にをやってもらうべきかな。

まだ成功とまではいかない気がするからあまり使いたくないんだけど。


 周りの人達も固唾をのんで見守っていた時だ。


「んん?!」


 不意に僕の口元とお腹に圧迫感を感じた瞬間、何者かに引き寄せられた。


「「アリー(嬢)!」」


 義兄様とルド様が同時に叫ぶ。


 護衛達は当然だけど自分達の主を護りに入った。


「やあやあ、お久しぶりですね。

お会いしたかったですよ、グレインビル嬢」


 ····ん?

この背筋がゾクッとする粘着質な声は····。


 視界の端に麦藁色の髪が映る。

数年会わない内に伸ばしたのか、長くなってる。


 僕のお腹に男性にしては細めの腕を回して腰の辺りで背後から抱えてるけど、彼のひょろ長い身長のせいで僕の足は宙に浮いた状態だ。

頭上から見下ろすお顔を上目遣いになりながら確認する。


 いつぞやの誘拐犯トリオの1人、ひょろ長さんだ。


「フードに耳がついていてお可愛らしいですね。

後でゆっくり堪能しましょうねえ」


 僕の中でこの上機嫌な彼は変態狂魔法学者マッドウィザード扱いになっている。

はっきり言って魔力0令嬢の僕に今も興味津々なお顔は変態、そしてあの時僕の血とを所望した彼はマッドだった。


 お名前は確かゲドグル=ダンラナだったかな。

元近衛騎士団団長で熊属のベルヌ=アルディージャやあのうるさい元近衛騎士団副団長のピューマ属のジルコミア=ブディスカはいないの?


 それよりも今転移してきたよね。

さすが元王宮魔術師団団長って事かな。


 同時に魔力障壁を展開してるから、皆こっちに近づけないだろうな。

この人こっち系の魔法は得意みたい。

魔人属なのも相まって実力は伊達じゃないのか。


 変態のイメージが強すぎて、ついつい色眼鏡で見ちゃうんだよね。


「おやおや、手を止めて良いのですか?

グレインビル侯爵令息殿。

まさかこんなにもタイミング良く貴方がこの方から離れるなんてねえ。

何て幸運なんでしょう」


 うん、何かその恍惚としたお顔が相変わらず気持ち悪い。


 あ、本当に義兄様の手が止まってる。

ルド様もこっちに集中しちゃってるじゃないか。


 とりあえず口元の手を両手で掴んで引っ剥がす。

そんなに力を入れてなかったのか、口元の手はすんなり剥がれた。

羽交い締めってほどじゃないけど、そんな感じで今度は肩に手が移動した。


「ぷはっ。

兄様、手を止めちゃ駄目!

ルド様も!」

「アリー!」

「兄様、嫌そうなお顔しても駄目。

でも今度2人きりの時にそれしてね。

あと5分たって呼吸が戻らなかったら教えた通りにして。

力加減は前に実験した感じで」


 言い終わらない内にシル様と護衛数名が僕達の方へ抜刀して向かいながら魔法攻撃を放ってくる。


 いや、ちょっと皆のお顔が鬼気迫り過ぎてて怖いんだけど?!


 もちろん僕に対してじゃないのはわかってるし、戦闘本能全開の獣人さんは怖いけどやっぱりかっこいいね!


「貴方方に興味はありませんよ」


 けれどその光景はぼそりと呟かれた言葉と共に一瞬で消え、次の瞬間には見た事のない場所にいた。


 どうやらひょろ長さんは手際良く僕を連れて転移したみたい。


 あれ、僕またまた誘拐された?!

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