217.晩餐主催者マナー〜ルドルフside

「なるほど。

まあそれならそうなのだろう。

それより晩餐だが、できれば宰相を伴い娘だけ、夫人は遠慮願いたいが可能か?」


 あの母娘のセットは正直きつい。


「宰相が出席するなら間違いなく可能でしょう。

実は今その方向で色々と調整させています。

王宮の一室を貸し出す要望を受けたのもその為です。

こちらとしても他国の王族や貴族に不快な晩餐を提供するわけにはまいりませんから」

「何故宰相がいれば可能に?」

「まあそういうご夫婦なんですよ。

ところで念の為にお聞きしますが、うちの宰相の令嬢は如何でした?

持ち帰られます?」

「····ないな」


 父上に即確認したが、本当に俺に任せると言われた。


「でしょうね。

それでは、時間が決まり次第こちらからそちらの外交官に連絡しますね」

「わかった」


 かなりあっさりと引き下がったぞ。


 猫っ毛を揺らしながら退出する側近を眺めつつ、少し前に新たに父上から仕入れた話を整理する。


 アドライド国としてはクェベル国との繋がりも考えたらしく、元王女であるあの夫人とその娘の情報収集の為に保留としたらしい。


 あの夫人がクェベル国の王女だった頃、かねてから彼女の言動はあまりにも度が過ぎたもので批判が集まっていた中、王家としての立場を危うくする醜聞を起こした。

その為、多額の持参金と国への支援金をヒュイルグ国に提示したらしい。

もちろん財政難だったこの国への餌だ。


 そして餌に食いついたのが先代ヒュイルグ国国王だ。

先代国王は勅命によって押し付ける形であの宰相に嫁がせたと聞く。

当時宰相には婚約者がいたにも関わらず、だ。

もちろん先の婚約は破談になった。


 しかし話はこれだけで終わらなかった。

当の王女だった夫人が猛反発したのだ。

それも公爵令息が王太子より立場が劣るという理由で。


 金に目が眩んでいた先代国王は宰相との夫人の言うがまま、彼女に有利な婚前契約を夫となる宰相に結ばせたとか。


 宰相が悲惨すぎるだろう。


 だが今のクェベル国国王とは当時の代から2世代空いて血縁関係も薄く、実は繋がりには何の影響も無い。

今更繋がりは主張しない代わりに、他の国々からも彼女の関わる事で何かしらを求められるのは断固として断るとの報告だった。


 過去の醜聞含めて何をやらかしてきたんだろうか。

あまりそこは詳しく教えてもらえなかった。


 そしていざ指定された時間の数十分前にジャス達を伴って来てみれば····心の妹がいない!


 宰相父娘と国王の双子の兄である大公は既に着席していた。

あちら側は国王と側近の席だろう。


 一応主催者である宰相の娘が席を立ち、こちらに来ようとしたが手を軽く振って制する。

それでもこちらに来ようとしたが、父である宰相が冷たく名を呼べば断念してくれた。


 だが座り直してからの視線の圧が凄い。

もう帰ってしまいたい。


 聞いていた通り人数はかなり絞った内々の晩餐のようだ。

外は猛吹雪だし、この最北の国では冬の急な会や予定のわからない会は滅多に開かないのが暗黙のルールらしい。

行き帰りにどんな災害に見舞われるかわからないからだ。


 席に着くと向かいに座っていた大公が立ち上がり、自己紹介を互いにする。

双子だけあって国王と全く同じ顔と色味だが、雰囲気は全く違う。

弟の方は厳ついが、兄の方は柔和だ。

立場と生きてきた環境の違いだろうが、ここまで明らかな差異を生むのは興味深いと思った。


 国王は国のトップの為、気を遣わせないよう時間ぎりぎりか、数分程度遅れて入って来るのがむしろマナーだ。

側近が付き従うならその者が同じくぎりぎりでも少し遅れても問題はない。


 まずい。

開始時間5分前になってもまだ来ない!

普通ならば内々の晩餐会でも開始時間の30分前には着席するのが暗黙のルール。

間に合わないなら事前に招待された側から知らせを出す。


 これには宰相も訝しがり、その場で娘を問い正した。


「私の侍女が伝えたはずでしてよ。

自国の王子殿下も出席する晩餐会に時間の余裕も守らず、その知らせもないなんて。

ですが、まだ子供ですもの。

皆様寛大な御心で····」

「理由は何だ」


 実の娘に向けるには鋭すぎる眼差しだ。

当然のように娘が顔色を変えて狼狽え始めた。


 待て。

主催者ならばやらねばならない事をしていないのか?!

それとも国の違いか?!


 これにはこちら側のジャスだけでなく外交官も彼女の顔をまじまじと見てしまっている。


「え····あの····」

「ビアンカ、お前が主催者であるならばこのような少数の晩餐会の場合、余裕をもって未到着の貴賓に再度の知らせと確認をせねばならん。

他の貴賓が尋ねた場合、疑問にも答えられるよう図らうのが務めだ。

私はお前の知るように先々代のクェベル国国王と先代ヒュイルグ国国王との契約によりお前の教育に口は出せぬ」


 ん?!

何の爆弾発言だ?!


 そういえば、婚前契約をこの宰相夫婦はしていたんだったか。

ひとまず主催者としてのルールはアドライド国と同じだったようだが。


「まさか王宮の一室を他国の王族や貴族をもてなす為として使用しながら、その程度の作法も母親から教育されていなかったなどあるまいな?

この場をお前の取り巻きとの茶会などと同列に扱ってはおるまいな?

場合によっては他国との外交を損なう国家反逆罪にも等しい行為となるぞ?」

「あ····の····」


 父親の冷たい目と国家反逆罪の言葉に顔色が変わり、震えだす。


「国王陛下が参りました」


 部屋の前に立つ侍従長が声をかけた。


 やばい、心の妹がまだ····。


 と思えば国王と共にエスコートされて登場した。

目が合って思わずほっとする。

そのまま俺の隣に座った。


 それにしても宰相の娘は自分がどんな顔をしているか鏡で見た方が良いのでは?

心の妹の方に顔を向けなければバレないとか思ってないよな?


 末席の2人が頑なに視線をあらぬ方へ向けたぞ。


 一緒に入ってきて着席した側近も何故かあえて前方の心の妹と視線を合わせないようにしている?


 間違いなく宰相の娘はアリー嬢に晩餐会を伝えなかったのだろう。

そして少なくとも側近はそれに気づいて国王と共に迎えに行った。

国王と共に登場するなら時間ぎりぎりの登場でも失礼にはならない。


 あの子もそれに気づいて、側近も気づかれた事を自覚しているから目を合わせないのか?


 ····力関係は彼女の方が上になっていないか?

絶対ここでも心の妹は何かやらかしてる気がするんだが····。


 グレインビルの悪魔使いが発動している?

何だが隣の空気が寒々しい。


 そうそう、もちろんこの場合は事前に主催者が把握していなければ恥をかくのは主催者となる。

何せ国王陛下の居城の一室を借りての晩餐会だ。

国の主と話していれば客人が知らせを出す事ができなくとも致し方ないとされる。


 加えて他国の貴族への招待の未伝達。

それが意図したものであったのなら自他国の王と王族への虚偽申告。

先程の宰相の言うように国家反逆罪へも繋がる罪が増える。

まあ今のところ、こちらが問題にする事はないだろうが。


 だが宰相の様子が違うな。

心の妹への視線がやけに冷たい。

何故だ?


 しかもそれを見た彼の娘の顔色が回復している?


 まさかとは思うが、娘の自尊心を悪い方に煽っていないか?

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