205.化け物との出会い〜元将軍side

「入るぞ」


 侍女が何度か繰り返し呼びかけても返事が無かった為に私の判断で扉を開いて中に入る。

奥の暖炉の側にあるソファに横たわる目的の少女を見つけた。


「眠っていたのか」


 静かに1人ごち、そのままソファを背もたれにして絨毯の上に静かに座った。


 暖炉の火を見ながら思い出すのは、自分の人生を大きく変えたあの日の出会い。


『ねえ、起きてくれない。

君が将軍?』


 ハッとしてガバッと体を起こす。

眠る時も常に握っていた剣を掴み、柄に付与していた防御魔法を発動させた。


 長引く隣国との紛争に疲れていたのか、侵入者が声をかけるまて完全に寝入ってしまった?!


 声の主を探すのに目を凝らせば、少し離れた場所にぼんやり影が浮かび上がる。


 何だ?

影はあまりにも小さい····子供、か?


 そういえば声質もかなり幼く、少し舌足らずな、鈴を転がしたような声だった。


 影は外套のフードをずらすと懐から小さな何かを取り出してこちらにわざと見せる。


 そしてゆっくりとした動きで互いの中間に投げた。


 ポワリ。


 小さな薄く橙色を帯びた優しい光が灯る。

それだけだ。


 けれどそれだけで相手の顔が見えた。


 白銀の髪に、目は紫。

目元はやや垂れ気味で優しげな印象を与える。

年は····片手で十分足りそうな、将来が楽しみなほどの美幼女だ。


『はじめまして、でいいのかな。

実際は2度目まして、なんだろうけど』


 優しげに微笑むも、目は全く笑っていない。

産まれて数年程度の幼子が、どうやったらこんな顔ができるのか。


 2度目····。


 そこで一昨日、自らが計画した卑怯な誘拐とその失敗を思い出す。


 は隣国の辺境領の領主一家が溺愛する養女を拐おうとして獣人と魔術師、側近と共に乗り込んだ。


 辺境の貧しく飢えた領民の為に、王都の城で悠々と暮らす国王からの施しの条件を満たす為だ。


 決行日は隣国の領主夫婦と嫡男が王城に出かける日。

この日は隣国の成人の儀に嫡男と参加する事はわかっていた。


 その為にこちらが仕掛ける紛争の規模や回数を計画通りにこなしていたのだ。


 そしてタイミングを見計らい、フェイントに部隊を編成して陽動し、邸の注意をそらせた。


 邸の周りや養女の部屋には守護の魔法をかけられている事は事前に把握している。

いざという時の為に、もう何年も前から潜ませていた手の者を使った。


 常に暗示を上書きしていたから平素はその者すら自分が間者だとは気づかない。


 養女は虚弱体質らしく、その日はちょうど高熱を出して起きる気配がなかったようで、騒がれる事もなく難なく連れて来られたらしい。

まだ年若いこの養女の専属侍女も手はず通り薬で眠らせた。

魔術師一家の直系だけあって戦闘能力の高い次男も誘導先に向かったと報告を聞いてほくそ笑む。


 だが、それはあと少しのところで失敗した。


 国境付近でシーツに包まれた養女を受け取ろうとしたまさにその時、邪魔が入ってしまう。


 間者により眠らせたはずの専属侍女が割って入ったのだ。

間者は蹴り飛ばされて既に意識がない。


 侍女は茶色の耳と尻尾が生えた獣人だった。

狐属だろうか。

彼女の足には短剣が刺さっている。

恐らく無理矢理に自らを起こし、未だに薬で眠りそうになるのを防いでいるのだとわかる。


 同盟国とはいえわが国が度々紛争をけしかける領だ。

侍女も戦闘力が高く、手強い。


 だがそんな時の為にこちらも準備はしてある。

身体能力に優れた獣人と魔術師が仕掛け、徐々に侍女の傷は増えていった。


 こちらは最悪養女共々殺してしまってもかまわない。

手加減などするはずもない。


 だが侍女は違う。

分が悪い侍女は養女を抱き抱えて逃走しようとしたが、側近が手持ちの長剣に風魔法で勢いをつかせてその腹目がけて投げ刺した。


 倒れた侍女はそれでも生きていた。

養女を奪おうとしても抱き込んで離さない。

その行動には養女への忠誠心を感じさせた。

部下が殴っても魔法で斬りつけても決して離さない。


 更に暴力的になろうとする部下を止める。

拐うのはともかく、女子供への危害を容認するほど落ちぶれたくはない。

元々悪いのはこちらだ。

それに侍女はもう意識を失っているようだった。

これ以上の暴力を仕方ないとするのは己の矜持が許さない。


 この傷では放っておけば直に死ぬ。

だが、ふと人の気配を察知する。

展開していた索敵魔法に何者かが触れた。


 数からいっても、恐らくはこの侍女が追う前に残しただろう何かに気づいた邸の者。

まだ少し距離はあるが、あの邸の者達だ。

油断はできない。


 せっかくここまで来てと思わなくはないが、侍女の養女への忠誠心や集団で振るった暴力に嫌気が差したのも手伝い、引くべきか迷う。


 だが領民の為にも国王への手土産は必要だった。

まだ意識のない幼い子供と忠誠心の厚い侍女の2人に手をかけるのは気が引けるが、殺すという選択肢を選ぶべきか。


 顔を背けて思考を迷走させたせいで、部下達もそれにつられて俺へと意識をそらせたのがいけなかったのだろう。


 意識を失ったはずの侍女が不意をついて部下の幾人かに抱きつき、ペンダント型の魔具を起動させて自分ごと爆発した。


 俺は咄嗟に剣の防御魔法で助かったが、私を入れて6人いた精鋭は私と側近1人のみとなった。


 側近も幾らかの浅くない怪我を負う。


 爆発音に正確な位置を掴まれ、養女を拐う余裕も無くなった俺は側近に肩を貸しながら逃げるしかなかった。


 それから10年近く経っても、側近は古傷に少なからず苛まれる事をこの時は知らなかった。

その話をする度にこの養女はいい顔でほくそ笑む。

間違いなくあの爆発の炎には何かが仕込まれていたんだろう。


 結局養女の顔すら拝めずに逃げ帰ったが、ちらりとシーツの隙間から出ていた髪は目の前のそれと同じ物だろう。


『思い出した?』

『噂通り魔力も無さそうだな。

どうやって入って来た』

『それ、重要?

もっと憂慮すべき事があるんじゃない?

わざわざこんな魔力のない幼児が君を敢えて起こしたんだ』

『殺そうと思えば殺せたと?』

『その質問、重要?』


 くすくすと笑う。

そして背筋に冷たい何かが流れる気がした。


 からの、明確な殺意。


『····どうすれば俺を助ける』


 間違いない。

この幼児はその意志1つで俺を殺せる。

そして後ろには何かが


 俺にできるのは命乞いしかない。

この痩せた北の大地で必死に生きる領民を置いて死ねない。

俺の身代わりとなって必死に魑魅魍魎が跋扈するあの場所で足固めをしてくれているにも、顔向けできない。


『振り向かないんだ?

あーあ、残念。

振り向いたら殺しても良いって約束だったのになあ』


 すぐ真後ろから爽やかで、どこか残念そうな青年の声。

だがその言葉は俺が振り向けば現実になる。

そう直感した。


『ふーん。

ねえ。

君、王になろっか』


 愉しげに、そして声には残酷な響きを乗せて幼児は冷たく嗤って俺に決定事項を告げた。


 そうしてあの日から、俺は王になる為だけに動いて今に至った。


「とんでもない化け物だよ、お前は」


 少女化け物は未だ安らかな眠りの中だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る