145.藁しべ計画

「くぅ、このリーの辛みの中にある海鮮の磯の風味がたまらない!

ベイはもちろんだけど、パンはあのお粉を練り込んでもちもち食感でリーに合う!

タコベイもセウユの風味とマッチしてるし、何より刻んだ生姜とベイとタコの食感が程よい!」


 従兄から降りてテーブルに並ぶ料理に再び舌鼓を打つ。

生姜はこっちではショナなんだけど、つい生姜って言っちゃった。

ま、いっか。


「アリー、何でも美味しそうに食べるよね。

でもやっぱり食が細くなっちゃった?」


 心配そうに眉を寄せる従兄様。

視線の先のテーブルの上には先に義兄様達が持って来てくれてた食べ物が残ってしまってる。


「うーん····まあ、すぐには」


 そう、料理達には申し訳ないけど僕の胃が小さくなってしまったんだよね。

これでも少しずつ量は増えてるんだけど、なかなか元には戻らない。


 だから義兄様達が食べてくれてるけど、一口焼きは甘い物苦手だからどうしよう。


「さっきギディに奪われちゃったから、これ食べてもいいかな?」


 あ、そっか、従兄様は甘いの好きな人だった。


「ぜひ」


 それを思うとギディ様、気を使って従兄様から奪ってったのかな?


 僕はまずは半分に割ったリーパンを完食する。

ウィンスさんにお願いして、小さめに作ってもらってるんだ。

半分は予定通りニーアが食べてるよ。

以前作ったのよりバージョンアップしたパンの食感に目を輝かせてるね。


 お握りにしたタコベイも小さい。

こっちは完全に僕専用の大きさ。

あっちにいるカイヤさんの気遣いだね。

残念だけど1個でギブアップ。

残りの1個はバルトス義兄様が食べてくれてる。


 最後のリーベイは小皿に移して残りは従兄様。

甘い一口焼きの口直しと合うっていうの、わかるよ。

僕も1つ取り返してお口にポイだ。


「ところでアリー、改めてなんだけど、本当に良かったのかな?」

「ん?

足りなかったの?」

「いや、十分過ぎる利益の補填だったし、分家筋の伯爵家も逆に喜んでくれた。

フォンデアス領もこれから潤う見通しはたって、南地区の領は連携が取れるし冒険者も出入りするからここの国防にも一役買って栄えていくと思う。

でもあの不良物件の買い取りに対して、アリーの支払った対価が見合わないんじゃないかなって」

「そう?

ある意味人身売買だもの。

高くつくのは仕方ないと思うのだけれど。

それにカイヤさんは多分厳しいから、今の従姉様ではそれくらいの付加価値をつけないと引き取ってくれなかったよ?」

「だけど豆の研究なんか、クラウディアにできるとは····」 

「そんな事はないよ?

レイヤード義兄様に何年も執着し続けるあの根性と執念深さは尋常じゃないもの。

浅はかだけど、自分の手を汚さず取り巻きや人伝に他人の手を使って結果を少なからず出してた人の使い方。

魔力も学力も高くは無いけど少なくもない使い勝手の良さ」

「貶されてるのか、褒められてるのか、どっち?!」

「もちろん褒めてるよ。

しかも本人は土や木の魔法が得意。

一応草花については貴族令嬢としての嗜みも持ってるし、淑女マナーも及第点で他国でも失礼が無い程度には振る舞える。

そして今回身のほどを知って高過ぎた鼻っ柱はぽっきり折れてある意味素直に人の話を聞くようになれた。

悪評ばかりの貴族社会に居場所が無くなってた事も自覚したでしょう?」

「う、うーん、それは研究者としの資質としては確かに····いい、のかな?」


 何事も短所があれば長所もあるからね。


「引きこもる意味でも小豆と、ついでに緑茶の研究はうってつけだし、ここで結果を出せれば庶民としても何かしらの名声は得られるんじゃないかな。

もし今以上にカイヤさんの目に留まるなら、どんな場でも通用する処世術も得られるかもね。

仮にとして戻っても、庶民として生きるにしても」


 気まずそうだね。

ま、直前の行動が行動で、自主的な行方不明かどうか判断がつかないって扱いでまともに捜索させてないものね。

公爵令嬢の行方不明なのにおざなりになるほど親身になってくれる人脈がないってちゃんと自覚した?


「豆って色々使い道がありそうだし貴族に限らず女性は美の追求に引かれるから、研究の延長線に食料以外の価値も見つけられるかもしれないし、成長促進の技術と安全性が手に入ったら国内外問わず研究者としても個人としても価値が上がるんじゃないかな?

研究費はグレインビル家が出すからロイヤリティも売上もうちの領のものだけど、庶民でも貴族でも関係なく何かしらの後ろだては得られるかも。

もちろん勤務態度やどの程度の結果を残せるかは加味するし、場合によっては切り捨てるよ」


 はっと顔を上げる。

僕からそんな言葉が出るの、意外?


「だけどどちらにしても今回嫁いだかもしれない時に得られたものよりもずっと大きな物をフォンデアス公爵家は得られたよね?

不名誉な理由での分家との婚姻の回避に金銭的な物以外の人脈、とか。

フォンデアス公爵夫人の英断で良いタイミングで利益と不良物件の引き取り先が転がり込んでくれて良かったね」

「アリー····フォンデアス公爵家全員に怒ってた?」


 そんなに顔を引きつらせて、今さら?


「私の兄様に散々ふざけた事して、親戚だからって甘え倒してタダで許してくれると思った?

少なくともうちは援助を手厚くしてた親戚だったのに、ねえ。

公爵家からやり手の伯爵家に嫁に行くなら結局どこかでまたレイヤード兄様に悪さするかもしれないでしょ?

その時の立場が夫人なら、巻き込まれた兄様が悪くなる事だってあるもの。

初恋を拗らせた女は容赦してると更なる被害を撒き散らすものだし、実際色々撒き散らしたでしょ?」

「····ははは」


 目が泳いでるよ、従兄様?


「それに財政潤う伯爵家なら結局生活水準はほとんど変わらないし、分家筋が本家筋のご令嬢にどこまで厳しくできるの?

中途半端な事をすれば本人の勘違いと被害妄想に拍車がかかりかねないし、拍車がかかったから今なんでしょ?」

「····へへへ」


 そのお顔で苦笑いしても誤魔化されません。


「厳しい対応のようで、結局は伯母様も自分の娘に甘いんだから。

それにその伯爵は情のある方みたいだし、やり手だけどやっても法に触れない程度の悪さで基本は正攻法の範囲内で事業を大きくした、そろそろ子供に代を譲ろうとしてる方。

だからこそ不良物件を譲り受けようとしてくれたんでしょうけど、そんな懐の広そうな方に嫁いでぬくぬく生きるなんて許してあげない」

「あの短期間でいつの間に調べたの····」


 わかってないなあ。

僕はグレインビル家のご令嬢様だし、人知れず人脈は形成してるし、貴族名鑑は愛読してるんだよ?


 しかも情報と時は金なりがバイブルだ。

何かバイブル増えた気がするけど。


 ま、種を明かせばそもそもその伯爵は僕が前から目をつけてた1人なんだ。

従姉様の悪行を知った時点で不良物件の買い取りと藁しべ計画が始動したに決まってる!

ちょうど執念深い研究者を求めてたのもあったし、藁がいつか安定供給される和菓子になるなら僕はお金も惜しまない!

幸い今回の慰謝料に王家も絡んで元は取れた!


 僕の1人勝ちだ!

わーはっはっはっ!

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