135.天使の降臨~sideバルトス

「くそっ、こんな時に面倒な」

「兄上があんなの見つけて聞き出したりするからでしょう。

無視しましょう」

「天使にばれたらどうする?」

「····さっさとやりましょう」


 そう、もし見過ごしたのがばれたら間違いなく天使は怒る。

それもこの場合は後を引くような怒りを買う。

俺の天使は優しすぎる。


 そんな俺達の目の前には小競り合い大好きな隣国の兵士もどきがぞろぞろいる。

隣国違いだが昔はグレインビル領でもよく見た光景だ。


 何故もどきかといえば、連中はいつでも切り捨てられる兵士だからだ。

つまりここにいる間は兵士ではなく、野党だ。

もし捕まっても隣国は知らぬ存ぜぬで通す。

大方足がつくような証は1つも持ってないだろうな。

ただ数がまあまあ多い。


 何故こんな事になったんだろう。


 城を出た後、うちの天使のお馬さん3兄妹がいかに優秀かを城から借りた軍馬で痛感しながら軍馬を走らせた。

元々距離ができていた追跡だったが、既に日が落ちてしまったせいで軍馬の走る速度が普通は落ちる。


 が、あの3兄妹は全く落ちない。

恐らくこういう時は竜馬の機敏な資質が濃い次女が天使専属侍女のニーアを背に乗せ、鼻の利く兄の真横を走ってサポートしている。

あの侍女も鼻が利く方だしな。


 途中何匹か魔獣の死骸が転がってたのは間違いなくあの兄妹が踏み潰すか蹴り上げたかニーアの火魔法纏わせて焼いたかしたせいだ。

普通に一個軍隊レベルの破壊力と統制力を持ってないか?

天使はともかく、専属侍女は戦争でも想定してるんだろうか。

うちの天使は可愛いから誰彼構わず狙われてしまう。

ちなみに天使は知らないが、ニーアは竜人だ。

1人でも普通に強い。


 しかしどういうわけか下位レベルの海洋系魔獣がちょろちょろしていてうざい。

最初に索敵してからこの短時間で増えてないか?

これは下手をすると人里辺りにも被害が出るぞ。

まあ辺境領民はそういうの含めて訓練してるだろうが。

····してるよな?


 と思っていたら魔物呼びの香を焚いている怪しい連中を見つけてしまった。

それも海岸沿いで旅人の集団を装って。

狩猟祭だから、こういうのがいてもそこまでの違和感はないし、暗いからわかりづらい。


 しかも城の警備を強化するのに見回り兵の時間をずらしたな。

こういう場合は逆だ。

何の為の貴族だか。

こういう時に守るのは領民でないと、彼らに何かあった時に後々摩擦を生むぞ。


 心の底から無視したかったが、このままでは領民に害が出る。

それは流石に看過できない。


 というわけで見える範囲で一掃した。

一応残党がいないか吐かせたら、こうしてまんまと大事になった。


 吐かせるのに海洋系の足が何本もあるウニョウニョした魔獣との間に氷の防壁作ってまず連中を囲った。

足先から首元へとゆっくり凍らせ、最後に防壁を溶かしていけば素直に吐いた。

どうせなら食われて死ぬまで吐かないで欲しかったが、根性が足りない。

吐いてしまった。

凍っていれば食われても痛みはないだろうに。


 腹が立ったから魔獣の方を凍らせた。


「落ち着け、俺。

俺の天使は可愛い上に理解もある。

お馬さん3兄妹に治癒魔法を使うニーアもいる。

落ち着け~、うちの領じゃないが領民は助けろ~····」


 何度か唱えてさっきの話を聞かなかった事にしようとするのは止める····努力はする。


「何の呪いの呪文ですか」


 で、ここで気味悪そうに俺を見たレイヤードが追いついたというわけだ。

チッ。


「レイヤード、天使の所にはあの3兄妹と間違いなくニーアが向かっている。

俺達はひとまずあそこの一個団体をやるぞ。

口が利けそうなのは海岸に凍らせて転がした。

大将っぽいのがいたら殺すな」

「はぁ。

わかりました。

後でアリーに遅くなってごめんて謝らなくちゃ」


 その言葉には大いに共感する。


「仕方ないな。

俺がお前のあの魔具で天使の好きな耳と尻尾を生やして気が済むまでもふられておくから、安心して学園寮に戻れ」

「何ふざけた事言ってるんです。

僕の魔具ですから、僕が責任取ってもふられます」

「他人が使った使用感を知ってこそ魔具は進化していくんだ。

涙を飲んで俺が使おう」

「絶対阻止しますよ、兄上」


 軽く兄弟間での小競り合いをしながら互いに乗ってきた軍馬を走らせて聞き出した場所へ向かう。


 それがここ、山から海岸へと移行した幾つかの崖下部分。

草木が覆い繁っている上に今日が満月だから崖上でまばらに生えた木々が影になっていて余計わかりにくくさせている。


 足下は海岸沿いだから塩水で濡れているし、足場は悪そうだ。

干潮に合わせて向こうから進んで来たんだろうな。

わかった上でよく見ないと認識されないような場所だ。


 おかげで人里からは少し離れた場所なのが救いだが、明らかに連中は国境を侵している。


 それにしても誘拐に魔獣にこいつらに、色々タイミングが良すぎるな。

首謀者は隣国か?


 隣のレイヤードは予想通りあの魔具の回路を逆算して場所を割り出し、ここまで来たらしい。

相変わらず魔具に関してはずば抜けた才能があるようだ。


 とか考えている暇はないな。

城から出て随分時間が経っている。

早く行かないとあの兄妹に先を越される。


 俺達は顔を見合わせ、互いに頷く。


 まずは薄氷だ。

見える限りの団体の足下をゆっくりと凍らせていく。

塩水だからか随分凍らせやすい。


 足下の異常に気づいたのか薄氷が張っていく方向にざわつきも進む。

見える範囲の連中の足下が凍った瞬間、細い雷柱が何本も走り抜けた。


 しばらくすると見える範囲の人影は全て倒れていく。

それを確認してあの場へ転移した。

何人かは意識がかろうじてあるみたいだな。

人属も獣人もいるが、これといって大将らしき者はみあたらない。

手にしていた回収済みの魔物呼びの香をそこかしこにぶちまけ、転移する。


 戻った瞬間、隣の弟がパチリと指を鳴らすと放電発火して小さな火花と共に煙が立ち込め始めた。


 そのまま俺達は転がしておいた連中の元へ転移して、思わず顔をしかめた。


 大柄な体格でフードを目深に被った男が連中の側で立っていた。

月明かりに光るのは剣だ。

そして間違いなく転移した瞬間に最後の生者の首をはねた。


 口封じか。

雰囲気からしてこいつが大将か?


 それにしてもどこかで····。


 と思った瞬間、隣のレイヤードが男に斬りかかった。

男が剣を受け流す。

反動でフードの隙間から月明かりに照らされた顔を見た。


 そういう事か。


 男は受け流した反動をうまく使ってレイヤードを弾き飛ばすと俺に斬りかかった。

魔法付与した剣か。

氷で防壁を作り、物理的に防ぐ。

魔法で障壁を作れば多分壊されてそのまま斬りつけられただろう。


「へえ、やるな」

「お久しぶりですね、元近衛騎士団団長殿」


 軽口をたたきつつも足元に氷槍を下から突き上げるが後ろに跳ばれて全てかわされる。


 横から飛ぶ雷矢を剣で弾いていく。


 デカイ熊なのに素早いな。


 ちらりと弟を見てから素早く距離を詰めようと走り寄る。

あちらも同じ動きで挟み込もうとした。

が、ぎりぎりで邪魔が入った。


 不意に馬の嘶きが聞こえ、俺達の間を竜馬と魔馬がそれぞれ遮った。


「兄様、待って!」


 可愛い天使が降臨した。

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