112.ザ·ラノベナイト

「シル様、後ろ!」


 嫌な予感に叫んでみたけど時すでに遅し。

緑光が真っ直ぐにシル様に向かう。

僕は王子の背中に庇われているし、蔓に対処しようと繰り出される王子の火魔法やシル様の風魔法で声が届かない。


 しかもあのひょろ長さん、殺気がないから質が悪い。

好奇心だけは滅茶苦茶ありそうだけど。

主に僕に!

さっきからチラチラ目が合うんだけど?!


 シル様が何かの気配を感じ取ったのかバッと振り向くけど、緑光を真正面から受けてしまった。


「くっ?!」


 横に飛び避けるけど、すでに光は消えていた。


「シル、平気か?!」

「問題あり····何、だ?!」


 驚いたように呟くと、脱力したように片膝と片手を地面につく。

剣を地面に刺して崩れそうな体をかろうじて倒れないように支える。


 懐中時計は光が止んでから針を物凄い勢いで逆回転しているけど、壊れたんじゃないよね····。


「シル?!」

「ふふふ、始まりましたね」


 シル様の姿が緑光を放って段々と小さくなってる?

ひょろ長の愉快そうな声とは対称的に、シル様の近くの蔓が怯えるように避ける。

他の蔓も動きを止めた。

やっぱりこの豆は興味深いな。


「ルド様····」


 僕は再び怯えたようにしてルド様の背中にへばりつき、そっと精霊眼を発動させて誰にも見えないように注意してシル様の体を観察する。


 あ、これ駄目なやつだ。


 シル様の体内でシル様の魔力と緑の魔力っぽいのが干渉して打ち消してを繰り返しながら徐々に緑が増えている。

緑の何かが小さな魔方陣を体内で形成しようとしていた。

魔法陣が刻む言葉と表す事象に驚きつつも、すぐに眼を閉じて蔓の間を走り抜ける。


「アリー?!」


 王子の制止は無視!

蔓は僕に反応しなくなっている。


 僕はケープに付けていた赤いピンブローチをむしり取る。

はずみで針先が皮膚を抉って血がついたけど、そのままシル様に押し付けた。


 バチィッ!!


 緑と赤の光が押し付けたピンブローチを基点に異なる魔方陣を描いて打ち消す。

赤い石がボロボロと砂塵のように砕けて消えた。


「このガキ!」


 うわ、びっくりした!!

いつの間に近くに来てたの?!


 とんでもなく怒気を纏った三角耳が石無しになったピンブローチを持つ僕の右手を捻りあげ、反対の手で頬を打った。

捻りあげられたはずみでブローチはどこかに飛んでっちゃった。

三角耳は憎々しげな顔を僕に向けながら空いた手で抜刀して未だに脱力から立ち上がれないシル様に視線を移すけど、その刃が振るわれる事は無かった。


「アリーを放せ!」


 王子の放った高魔力を圧縮した幾つかの水刃が三角耳に真っ直ぐ放たれた。

怒りで反応が遅れた事と、腐っても高い魔力を有する王子の手加減無しの魔力を圧縮した水の刃に本来なら死傷していたはず。


 けれど彼女の後ろに走り寄ったひょろ長が張った防壁が弾く。

ただし刃の攻撃力と完全に相殺されて防壁も消え、弾き損ねた1つの刃が彼女の頬を掠めていた。

そして水刃のすぐ後を突進してきたルド様がいつの間にか抜刀して三角耳に振り下ろす。


「この、糞ガキ····」


 ドスの利いた声を出しながら一振り目をギリギリ肩の皮1枚の犠牲でかわし、三角耳は掴んでいた僕を後ろのひょろ長に投げ捨てると抜き身の剣でルド様の下からの二振り目を受ける。


「甘いんだよ、坊っちゃんが!」


 叫んで剣を横に弾くとルド様に回し蹴りをお見舞いして引き離し、その勢いを使って元々狙っていたシル様にその刃を振り下ろした。


 けれど少し前に聞いたような金属音が響き、三角耳の剣が弾き飛ぶと今度は三角耳より少し背が高い程度まで背が縮んだシル様が剣を振り下ろし、彼女の肩をザックリと切り裂く。


 でも、浅いな。


「「ちっ」」


 双方から舌打ちが聞こえた。


 顔を上げて剣を構えたシル様は····背だけじゃなかった。

眉間の皺と目の鋭さがいくらか薄くなり、顔つきも少年のように若返っていた。

あの魔法陣が指し示した通りに。


 ザ·ラノベナイト!


 狼のお耳と尻尾少年、素敵ですね!

ちょっと軍服に着られてるかんじが初々しくて素敵可愛いですね!


 なんて内心うはうはしてる僕の事は誰も気づかな····あ、ルド様が尻餅ついたままこっちを残念な何か見るみたいな目で見てた····僕はそっと視線を外す。


 三角耳は肩を押さえて俊敏な動きでひょろ長の後ろに飛びすさる。


「ああ、可哀想に。

動かないで。

今治して差し上げますから」


 とっても労りのある言葉をひょろ長さんは慈悲深い目で話す。

が、ひょろ長さんは後ろの彼女ではなく何故だか僕に熱視線を絶賛投げかけ中だ。

場違いなほどの上機嫌な声でひょろ長さんが治癒魔法を僕にかける。


「おい」


 後ろの彼女がイラッとしつつも声をかけてますよ?


「おや?

効きが悪いですね?」

「魔法が効きにくい体質だから、かけてくれるなら上級のじゃないと治らないの」

「おい!」


 後ろの彼女はそこそこの怒りを含ませたドスの利いた声で呼び掛けてますよ?


「なるほど、実に興味深い」


 嬉々として上級の治癒魔法をかけると僕は痛みから解放された。


「おい、こら!!」


 後ろの彼女はさらに大きな声を張り上げましたよ?


「えっと、ありがとうございました?」

「いえいえ、貴女にはこれから色々と実験に協力してもらいたいですし、先程の事も是非ともご説明····」

「おい、いい加減にしなよ!!」


 ずっと僕達に無視され続けた三角耳が肩から血を流しながら怒りに身を任せてとうとう怒鳴り散らした。

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