96.お褒めの言葉よりケーキ
「グレインビル侯爵令嬢は体が弱いと聞いていましたが、本日のおかげんはいかが?」
王妃様の僕への声かけで仕方なくケーキから意識を遠ざける。
僕の事は気にせず夫人達とお話ししてくれればいいのに、なんて失礼な事を考えちゃう。
「気にかけていただき誠にありがたく存じますわ。
お陰様で本日は熱もなく、恙無く過ごさせていただいております」
だから早くケーキ食べさせて欲しいな。
「まあ、それはよろしいこと。
そういえば、あなたの素敵な嗜みをブルグル公爵令嬢とアビニシア侯爵令嬢から見せていただいたわ。
全てご自分で考案したの?」
「いいえ、全てではございませんわ。
基礎は母に、そして今は屋敷の使用人や領民達が関わっておりますの」
「まあ、使用人や領民が?」
僕の言葉に王妃様はとっても意外そうな顔をした。
だけど僕が忘れた頃に時々受けるような、名も知らない貴族が向けてくる類いの侮蔑の感情は感じられない。
「はい。
グレインビル領ではずっと昔より領内の教育に力を入れております。
貴族のように1人が抜きん出た知識を持っていなくとも、教育によって得た彼らのささやかな知識が数を束ねる事により、王妃様からありがたくもお褒めいただく嗜みを得る事ができたのですわ」
うちの領の識字率はこの国1番の高さだし、皆物知りなんだ。
王妃様もそこは納得したみたいだね。
「そう。
だからグレインビル領は発展したのね。
邸からあまり出ないと聞いているけれど、マナーはどなたから?
見たところ公爵家であっても遜色のない洗練された所作よ」
「ありがとうございます。
基本的な所作や礼節は母に習いましたわ。
そのようにお褒めいただけて、亡き母も喜んでおりましょう」
「あなたが随分小さい頃に亡くなったのに、素晴らしい記憶力をしているのね」
王妃様ってばやたら褒めるんだけど、何かあるのかな?
「記憶力というよりも習慣、でしょうか。
お恥ずかしながら微熱程度で体調が安定しているのはここ1年程のお話で、物心つく頃から1日のほとんどを邸で過ごしておりますの。
時間だけは常にございましたし、むしろ私にはそれしかできる事もございませんでしたわ。
もちろん今も家族から教えられる事もございますが、体調の事もあるので外部の誰かに教えていただくという事はこれまでにございません」
「そうだったのね。
今は体調が安定しているのよね?
1度お城で私が個人的に開くお茶会に招きたいわ。
数人程度の小さなものだからあまり負担にはならないと思うのだけれど」
え、嫌だ。
僕のお話聞いてたかな。
微熱はしょっちゅうなんだけど。
え、ちょっと義兄様?!
その目をここで王族に向けちゃ駄目じゃない?!
何か空気が冷たくなってるよ?!
シル様のお耳がピンてなって義兄様に向かってるよ?!
微妙に王子の顔色も悪くなってない?!
でも王妃様ってば鈍感力高いね?!
「栄誉あるお話ですが、今日のお茶会に向けて体調を整えるだけで今の私には精一杯でございましたわ。
体調1つ思うようにできない、まだ社交の場に出る年齢にも達しない幼子をどうかお許し下さいませ」
「あら、それは残念だけれど仕方ないわね。
ルドルフもそう思わない?」
ちょっと、何でそこで王子に話ふるかな?!
ていうかそろそろ解放されたい。
僕とのお話長くない?!
ケーキ食べたい!
「そうですね。
しかし社交デビューして体調がもっと安定すれば微熱も出なくなるかもしれませんから、その時の楽しみに取っておくのもよろしいかと」
それはフォローなのかな?!
社交デビューしない方向で考えてもいいかな?!
「そうなれるように尽力致しますわ」
体が丈夫になる方向だけね。
王族とお城でお茶会なんて、絶対嫌なんだから。
「楽しみにしていますよ」
よし、微笑んでおくだけで返事しないでおこう。
「それでは母上、次に参りましょう」
ナイス王子。
「そうですね。
それでは皆、また夜会で会いましょう」
僕達も前の卓の人達がしたように立ち上がって礼をもって見送る。
「アリー嬢、また晩餐会でな」
すれ違い様に僕にだけ聞こえるような囁きが聞こえた。
風魔法かな。
夜はボイコットしていいかな。
でも家族でそういうの出た事ないから密かに楽しみにしてたんだよね。
あ、義兄様ともすれ違うね。
また後でね、格好いい軍服の義兄様。
目が合って微笑んでくれたから、僕の想いは伝わったのかな。
さ、気を取り直して····。
「お待たせケーキ達」
うっとりした熱い眼差しを向けながら着席してフォークを握る。
ついつい声に出しちゃったのはご愛嬌だね。
いざ!
「あらあら、先ほどまでの顔と違って本当に嬉しそうに食べるのねえ」
微笑ましそうに僕を眺める伯母様。
「····信じられませんわ」
2枚目を空にして例の彼に目配せしてから3皿目の攻略を始めた僕を何とも言えない顔で凝視する従姉様。
「お母様、私もケーキ食べたいです!」
「私も····」
「····そうね、美味しそうですものね」
仲良く立ち上がる3人の淑女達。
うんうん、早く取りに行っておいで。
「私達も参りませんこと····」
「ええ、そう致しましょう····」
わわ!
挨拶が済んだ公爵家の面々が徐々にスイーツコーナーに向かって行く。
うわ、侯爵家の面々も加わり始めた。
従姉様の方のケーキを食べたら持ってこれなかった残りの種類を制覇して、2順目に突入しなくっちゃ!
あれ、何だか王妃様ってば、他の卓の挨拶早くなってない?!
王子もケーキの方をチラ見してないかな?!
····くっ、ケーキは僕の獲物なんだからね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます