91.最悪のタイミング

 辺境城に到着すると僕達3人は馬車を降りて案内人に従って城内に入っていく。

王族も滞在してるからか、なかなかの警備だ。

アビニシア領はまだ隣国と小さな小競り合いはある領地だから元々の兵士の数が違うんだけど、本番の今日を挟んで前後1週間ずつは王都の騎士も混ざってて辺境城も王城と変わらない印象になるんだね。


 普段の辺境城はグレインビル領にもあるお城と同じで砦の警備や何かしらの演習で使ってはいても、昔みたいに領主とその家族が住んで常に警戒する事はしてないみたい。

それだけここの領もグレインビル領も落ち着いたって事だね。


 うちの領は外交で国防を補うようになったし魔具を使って警備の補助もしてて、何より常に警戒してた霧の神殿もその必要が無くなったからお城の使用頻度はとにかく低くなったんだよ。

いつの間にか魔獣もあまり寄り付かなくなったし、平和なのは何よりだね。


 会場に入ると既にたくさんのご夫人、ご令嬢が笑顔で歓談していた。

でもきらびやかだけど女性特有の気迫を感じる。

何だろうな····マウント合戦、みたいな?


 席に案内されながら僕は何となく上座を見る。

三大筆頭公爵家と主催側のアビニシア侯爵家のご夫人達、それからそのご令嬢達は優雅に座っているけれど、あと1つ誰もいない席が設けられている。

多分そこに王妃様が座るんだろうね。

辺境領で行う狩猟祭とお茶会に則した席次だ。


 あ、公爵家に断り入れながらアビニシア侯爵夫人がご令嬢2人と席を立ったね。

王妃様が来るまで挨拶巡りかな。

開始の時刻まで少しだけど時間がある。

先に公爵家の円卓巡りってところか。

主催は大変だね。


 フォンデアス公爵家は公爵家としては2番目に日が浅いのもあって公爵家の中では1番下座に席を設けられていて、僕は今回そこに座るよ。


 この円卓には他に3つの空席があるけど、まだ来ていないのか、他の席で歓談しているのかはわからない。


 一応言っとくとグレインビル侯爵家は古くからあるような代々続くいくつかの公爵家と同レベル扱いの家格だったりするから、僕がここに座ってても問題はないんだ。

というのも10年に1度くらいで改稿される貴族名鑑のグレインビル侯爵家がそういう序列で記載されてるから。

改稿される度に異議を唱えるグレインビル家が10年に1度の風物詩らしいけど、異議を唱えるのは毎回うちだけで他家からその事についての正式な異議の訴えはないらしい。

わが家では王家の悪戯名鑑と呼ばれてるのは不敬になりそうだから秘密。


 今は公爵令嬢がたくさんいるから従姉様呼びにするけど、従姉様は多分そこをちゃんと考えずに爵位だけで家格を考えてるから爵位建前本来の家格現実が見えてないんだ。

もちろん貴族名鑑だけで判断はしちゃいけないんだけどね。

そもそも改稿される10年の間に貴族の栄枯盛衰がどれだけあるかわからないもの。


 まあ普通に見ただけじゃ気づかないかもしれないけど、少なくとも他の公爵令嬢が従姉様と同じ考え方をしているとは限らない。

というかこの会場でのそれぞれのお話し相手や数名単位のグループを観察するだけでもその可能性は低いんじゃないかな。

今日ここに招かれてるのは一部例外を除けば伯爵位の中でも中堅所くらいまでだから人脈作りにはうってつけの場なんだろうね。


「あなたはちゃんと気づいているのね」


 隣だからこそ聞こえる程度の声量だ。


「どうでしょうか」

「あなたが娘であればと思うわ」


 従姉様の肩がピクリと震えて俯いてしまう。


「ありがとうございます。

ですがお勧め致しませんわ」

「あら、どうして?」

「ふふふ、私の愛おしい家族だからこそ、私をうまく使って下さっているだけでしてよ」

「あら、私では役不足?」

「いいえ、伯母様。

愛情不足の間違いでしてよ。

私の愛おしい家族と同じ愛情を私に注ぐには、伯母様は常識的な方ですもの」

「確かに、あなたを前にしたあなたの家族を見たのは初めてだけれど、愛情表現が非常識かつ重苦しかったわね」


 僕達家族が一緒にいた時の光景を思い出したのか、伯母様が苦笑する。


「それほどの愛情を注がれれば、私もついつい同じだけ、いえ、それ以上の愛情を返したくもなりますわ。

受け止める方も大変でしてよ」


 言外に自分も他の家族とおなじく非常識かつ重苦しいと言っておく。

この国は従兄妹同士なら結婚できるから、なるべく可能性は潰しておこう。


「そうね、色々諦めるべき所は諦めるべきね」


 伯母様は僕の意図にきっと気づいた。


「ねえ、クラウディア。

あなたにはこの子より、いえ、足下に及ぶ程度には育って欲しかったのよ?」


 穏やかに爆弾ぶちこんでく人だよね、伯母様って。

もちろん僕達のやり取りは真横の僕達以外には聞こえていない。


 従姉様はバッと顔を上げた。

切羽詰まったような、苦しそうな、そんな表情を浮かべて伯母様にすがるような眼差しを向けた。


「つまらない顔をしても、ねえ。

残念だけれどこれ以上失望させるだけの期待もあなたにはもうしていないのよ、クラウディア?」


 声が聞こえなければわが子に向ける優しい笑顔だろうな。


 ····怖っ。

貴族怖っ。


 従姉様は真っ青になって震えてしまってる。


「ごきげんよう、フォンデアス公爵夫人にご令嬢。

それからグレインビル侯爵令嬢」


 アビニシア侯爵夫人とその令嬢達が最悪のタイミングで挨拶に回ってきてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る