89.お詫びクッキーの裏側~sideレイヤード

 今、僕は今日からしばらく宿泊するゲストハウスの客間の椅子に腰掛けていて、隣には不機嫌なのを全く隠そうともしない父上が足を組んで座っている。


 テーブルを挟んで目の前には伯父上一家。

といってもあの従妹勘違い令嬢はいない。


 男2人は顔色が悪いけど、アリーが提案した2つの提案は久々に顔を合わせたフォンデアス公爵夫人により受け入れられた。


 伯母上は涼しい顔をしているけど、うっすらと目の下に隈が見える。

周りを観察してみれば、伯母上の後ろの侍女もそうだ。

恐らく昨夜の別荘での話し合いが終わった後に従兄が知らせたんだろう。

アリーが満足する量を作るんだから、徹夜で下準備はしないと間に合わないよね。

少しばかりざまあみろと思うけど、多分アリーは今の僕の心情を予想して“伯母様のお詫び手作りクッキー”を提案の1つとしてご所望したんだろうな。

僕の妹はやることが地味にせこくて可愛らしいんだね。


 昼前だけど、すでに甘い香りが漂っていて、甘いの苦手な僕には少しばかり不快だ。


「一応最終確認だけど、その提案を飲めば裁判による訴えと取引の停止は無し、書面に書いてあった賠償についても内々の処理で納得してくれるんだね」

「そうだな。

だが私の本心を言えば私の可愛い娘の提案など無視して本来の取り決め通りにした上で裁判による訴えを起こしたいところだ。

貴族裁判、それもフォンデアス公爵家とグレインビル侯爵家のものなら傍聴席も埋まりそうだしな」


 伯父上が念を押すと父上は不機嫌なのを隠しもせずに

威圧する。

それくらい今回の件は酷すぎるし、あの従妹は証拠を残しすぎたんだ。


 数年前の娘の不始末で締結した約束事は書面にしてそれぞれの当主間での直筆のサインと家紋印を捺印していた。

その書面にはそれを反故にした時の賠償も含めて書かれてある。


『随分ふんだくる内容だけど、これ、僕の好きな王都のあのケーキが食べられなくなっちゃわない?』


 僕の膝に乗ったアリーにはあの後この書類を見せるようにお願いされた。

伯父上が娘を溺愛して庇い続ける性格を考えて作った賠償だからもちろん容赦がない。

そうでもしないと本気で娘を止めないんだから、どうしようもない。

結局本気で止めようとしても止まらなかったからどうしようもないのは親子揃ってみたいだけど。


 アリーを除く僕達グレインビル家は前回の件に引き続き起きた今回の別荘での件は貴族裁判にする方が多少はすっきりしたんだよ。


 大体、裕福な伯爵家の後妻なんて甘過ぎる。

家格は落ちても裕福な伯爵家なら将来社交の場でアリーと出会う可能性だってあるんだ。

何よりあの従妹なら逆恨みして僕の可愛いアリーに危害を加える危険性だってあるに決まっている。


 それに加えてフォンデアス公爵家の事業の成功の裏にはうちの領からのロイヤリティが大きく絡んで赤字から黒字経営になった経緯があるんだけど、その全てを停止させてもこちらは困らない。

ちなみにそれをすれば従妹の予定してる嫁ぎ先もそこそこに打撃を受けるから、裕福な伯爵夫人ではなくなるよね。


「ねえ、ヘルト。

レイヤードにもアリーにも申し訳ないって心から思ってるよ。

でも····」

「あなた」


 予想通り庇おうとしてるんだろうけど、それを伯母上が制する。


「愚か者への身の振り方の決定権はその書面の約束事をあの者自身が反故にした為に私に移りましたのよ。

私に隠れて色々と画策してくれたようですけれど」


 すうっと目を細めて隣の夫を見やる。

伯父上はビクリと肩を震わせたけど決して妻を見ない。


 それはそうだよね。

すでに手元を離れた娘の最終決定権を妻に秘密で息子に与えたように思わせて行動させたんだから。

父上との通信を途中で切ったのだってこちらの過失を幾らか生んであわよくば賠償を軽減させようとしたんだよね。

或いは娘の後妻になる未来を潰したかったんだろうけど。


 自分の娘の性格を知らな過ぎじゃない?


 親戚関係だし、母上が亡くなっても母上関連には甘くなりがちな僕達の性質に甘えようとしたんだろうけど、余計拗らせただけだ。

それとも娘と同じで公爵家だからとでも思った?

グレインビル家のおこぼれで陞爵しただけなのに、これでロイヤリティの停止に加えて裁判なんて起こされたら降爵、将来的には自領を再び衰退させた事によって褫爵もあり得る。

おこぼれ陞爵で領の経営を失敗しそうになったのをグレインビル家が助けたにも関わらず、その息子と娘を貶めたんだから王家も黙ってはいないだろうね。


 何より社会的にも経営的にも抹殺されれば衰退しかない。


「アリーの2つの要望はフォンデアス公爵夫人として、伯母としてお請けするわ。

そしてどちらの立場からも、母親としても正式に謝罪します。

アリーにはこちらに到着次第、改めて。

まずはお2人に謝罪を」


 ゆっくりと亜麻色の頭が下がる。

ハッとしたように両隣の2人も頭を下げるけど、本当に遅い。


「私達が話す事はもうない。

公爵夫人、この後私の娘に何を提案するかは知らないが、私の可愛い娘を傷つければ容赦はしないと肝に銘じておいて欲しい」

「もちろんわかっております。

アリーの提案の1つはすくなくとも調整が必要となりますから、公爵夫人としてお話しさせていただくだけ」


 やっぱり母上と学生時代から付き合いがあるだけに一筋縄じゃいかないみたいだ。


「それでは、こちらの2人は煮るなり焼くなりお好きにして下さいな。

私はまずはアリーの提案の1つの為に席を外します」


 父上が頷くと優雅な一礼と共に侍女を伴って奥に消える。

後ろ姿が少し疲れている気がする。


「え、煮るの?!」

「焼かれるって、物理的にですか?!」


 この2人の血縁者達は一々騒がしいな。

静電気程度の雷を2人の足下に軽く雷を走らせた。

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