86.昔の葛藤~sideレイヤード
「ねぇ、どうしてあんな事言ったの?」
従兄との会話の後、アリーが提案した事に納得がいかなくて話の途中だったけど滞在中の自室に抱き上げて連れてきた。
父上もアリーに許可はしたけど不機嫌そうで、僕は止められはしなかった。
「兄様、怒ってるの?」
「アリーには怒ってないよ」
「知ってる」
膝に乗せて頭を撫でると嬉しそうにくすくす笑う。
仕草が可愛らしくて、あの主張の激しい勘違い令嬢みたいな妹でなくて良かったと心底安堵してしまう。
でもいつもみたいに体を僕に預けて甘えてきてはくれないんだね。
「アリー、もしかしてアリーの方が僕に怒ってない?」
「怒ってるよ?」
やっぱり。
笑顔の中にもささやかな怒りが見える。
けれど昔と違って感情が豊になったな、なんて少し嬉しくなったのは秘密だ。
「アリーが関わってるのに黙ってたから?」
「うん」
即答だ。
アリーは小さくて体も弱いのに、そんな事おかまいなしでいつだって僕達家族を守りたいみたいだ。
特に今回みたいに自分のせいで何かしらの危険が家族にあったと思うような事で知らせてないと、笑顔の仮面の下でしばらくの間静かに怒り続ける癖がある。
でも今回もアリーのせいじゃないんだよ。
「ごめんね。
それで、どうしてあんな事言ったの?」
だけど納得できない事に目を瞑ってはあげられない。
特に僕自身があの勘違い令嬢にそれだけの怒りを感じているんだ。
「····使えそうだと思ったの」
今の間は何だろう。
少し気まずそうに視線を他所にやる。
何か隠した?
「それだけ?」
「恩も売れるしうちの領も潤うから悪いことじゃないでしょ?」
「アリーはそんなにグレインビル領を大きくしたいの?」
「えー、んー、潤うのは良い事だよ」
少し言い淀んだよね。
「アリー?」
「後は····僕の探し物の為」
今、言葉を選んで目を泳がせたよね。
でもアリーは僕達に嘘は吐かない。
ずっとある物を探してるのも本当だ。
だけど本当の事を全て話すとは限らない。
「アリーは聞けば答えてくれるけど、聞かれない事はあまり話さないよね。
僕は何を見落としてるの?」
「うー、んー····」
途端に口ごもる。
困った顔が可愛らしい。
「見落としては、ない?」
何で疑問系なのかな。
今度はコテリと首を傾げる。
数年もすれば成人になるけど、家族の前での仕草はやっぱりまだ幼くて可愛らしい。
「アリーは今何が引っかかったの?」
「····理の····うーん、違うか····僕の記憶」
「記憶?」
「うん、多分?」
何だか自分の言葉に自信がなさそうだね。
「どうして?」
「····僕の記憶がどこかでおかしいんだ。
何かが引っかかってるけど、うまく思い出せないの」
自分で言いながら少しずつ意識を自分の内に傾けてるのかな。
きっと今回感じた何らかの感情が引き金になって僕達に会うより前のほの暗い何かを触発したみたいだ。
僕の妹は色々複雑なんだよね。
「アリー、ごめんね」
「どうして?」
「困らせちゃったみたいだから」
「困ってないよ。
ただ、色々と僕の中の辻褄が合わない気がして気持ち悪いんだ」
ほんの少しだけど、昔のように表情と感情が消えた気がしてそっと抱きしめて片手は後頭部、もう片方を背中に回してぽんぽんと優しく叩く。
アリーがうちに来た時からの、母上に教えて貰った取り戻しの儀式。
母上は愛の抱擁と言っていたけど、思春期が影響を与えているらしい今の僕にその言葉はまぁまぁ恥ずかしい。
色々振り切ってる兄上は気にした事なんてないだろうけど。
「兄様?」
「アリー、君が何を抱えていても僕の可愛い妹だよ。
ルナの代わりじゃないし、一緒にいられた時間は短いけどそもそも今だってルナもアリーと同じく可愛い妹で代わりなんて誰にもできないんだ。
アリーはアリー、ルナはルナ。
アリーが僕達を守りたいと思ってくれるのと同じで、僕達だってアリーを守りたいんだよ。
だからずっと僕達の家族として守られていて」
徐々に小柄な体から力が抜けていく。
「····ん、ありがとう。
僕の始まりは母様だったけど、今は兄様達も僕にとって代わりのいない
レイヤード兄様はきっとたくさん葛藤があったはずなのに僕より先に受け入れてくれて、僕が受け入れるまで待ってくれてありがとう」
少し体を離して優しげな顔を見せたかと思ったら、ふわりと笑う。
表情も感情もちゃんと戻ってくれたみたいだ。
小さい手を僕の背中に回してぎゅっとしがみついてきたと思ったら、顔を僕の胸元にぐりぐりと押しつけてくる。
「んふふー、レイヤード兄様、大好き」
愛が溢れちゃう、なんて小さく呟くのが聞こえてくる。
何だこの生き物、たまらないんだけど。
反射的に抱きしめてしまう。
「僕の妹は本当に可愛いな。
僕の方こそ、受け入れられなかった最初の僕を受け入れてくれてありがとう」
当時の幼かった僕には消化しきれない葛藤があって、それを後ろめたくも感じていた。
『あにょにぇ、ほんとうにょいもうと、おもわにゃい、いいにょ。
わかってゆにょ。
ぼく、ぶんふしょうおう。
ぼく、にょぞんでにゃい、へいき』
本来ならまだ話せるだけの体の成長が追いついていない状態で一生懸命伝えてきた時の小さかった
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