66.王子の謝罪と出発前の日常

「····」

「····すまない、アリー」


 僕はかつて見た事がないほど深刻な顔をしたこの国の第2王子と薄暗い檻の中で向かい合って座り込んでいる。

王子の両手首には頑丈そうな手枷が嵌められていて重そうだ。


 僕達の間には同じく手枷をされたルド様と同い年くらいの、シル様にとても良く似た傷だらけの狼獣人が横たわっていて、僕は破ったスカートの切れ端で1番傷の深い彼のお腹を両手で押さえて止血中。

切れ端はじわじわと血の染みを広げていってる。


 か弱い僕の両手首には何もついてない。

僕には必要ないって判断したんだろうね。


 獣人さんは血の気の失せた顔で浅く息をしている。

出血がひどいからね。

シル様よりは細いけど、肉食系獣人さん特有の将来が楽しみになる良質な筋肉がついた右腕と左の太ももの出血はすでに僕のスカートの一部を巻き付けてある。


 僕は取りあえず愛想笑いをしつつもこう思わずにはいられない。


(どうしてこうなったー!!!!)


――――


「アリー、本当に体調は平気?

熱が出てるんじゃない?」

「そうだ、俺の天使の顔色が優れないぞ」


 うん、直前に支度を手伝ってくれたニーアから今回の越冬は微熱程度で終わって肌艶も良いって褒められたんだけどな。

僕の事なのに自分の事みたいに嬉しそうに話してくれてほっこりしちゃったんだよ。


「可愛い私の娘が狩場や城になど行けば一目惚れする馬鹿な子息と嫉妬深い令嬢の熱線で溶けてしまう」


 うん、人は目からビームなんか出さないし溶けないからね。

むしろビームだと焼け焦げちゃうんじゃないかな。


 僕はそっとバルコニーに続く大きな出窓に目をやる。

季節は春だ。

麗らかな陽気。

夜はまだほんのり肌寒いけれどグレインビル領のあちこちに僕の大好きなアリリアの花が咲き始めていて山々が白く彩られている。

春風に乗って時折香りが鼻をくすぐる。

再来月にはアリリアの蜂蜜が手に入るんだろうなぁ。


 ちなみにアリリアって、あっちの世界の桜に似てて香りはもう少し甘いんだ。

向こうと違って花の咲いた後はさくらんぼみたいな実がなるんだけど、めちゃくちゃ酸っぱい。

甘酸っぱいんじゃなくて、ホントに酸っぱい。


「アリー、そんな憂いのある顔をするくらい体調が悪いんだね」

「そうだな、これは出かけてる場合じゃない」


 おっと、一瞬の現実逃避を見逃さずに病人に仕立てようとするなんて。

抜け目のない義兄様達もできる男でとっても素敵だよ。


「心配させるなんて悪い子だ。

良い子だから父様が部屋まで運ぼうか」


 悪い子なのか良い子なのかどっちかな。

どっちにしても義父様の事が大好きな子に変わりはないけどね。


 僕は抱っこしようとした義父様をかわして大げさにため息を吐く。


「父様も兄様達も心配し過ぎだよ。

狩りの時以外は皆ついていてくれるじゃない。

それに狩りの間は伯母様と従姉のお姉様がついていて下さるんだから問題ないでしょ。

せっかくこの冬は初めて体調が大きく崩れなかったんだから、そろそろ僕を病人扱いするのやめてよ」


 僕はぷくっと頬を膨らまして怒ってるアピールだ。


「「「私の(俺の)(僕の)天使が尊い」」」 


 いや、皆の発言と僕の表情がちぐはぐなのに気づいてる?

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