8.天使の慟哭~ヘルトside1

「父上、これを見て」


 学園の寮から転移して帰宅した次男のレイヤードが見せた映像に思わず顔を顰める。


 今日は私の天使の初めてのお茶会の日だった。

まだ10才ではない為、本来ならこのお茶会への招待はないはずだった。

狸爺、もとい我が国の陛下より直接の誘いという名の、あの泣き落としさえなければ。

2人きりの非公式の場とはいえ、あれは流石にひいた。

言葉そのままの泣き落としだったが、いい年した中年の親父にされても気持ちが悪いだけだ。

気持ち悪さに思わずうっかり頷いてしまった。


 とはいえ、相手は腐っても一国の国王だ。

王子に史上数人目の魔力0の人間を経験として見せたかったのか、陞爵を断り続けるグレインビル家を忠臣としてあわよくば娘を人質に縛り付けたいのか、それ以外の意図があるのか。

腹黒い思惑があるのは間違いないだろう。


 帰ってきたアリーは天使の微笑みでお腹いっぱいと感想を伝えてきた。

表情に憂いも無く、この時は私の心配は杞憂だったと思った。


「誰かと仲良くなれたかい?」

「うーん····何人かとお話しはしたけど、その場限りで終わりだと思う。

お友達はまた違う機会に狙ってみるね」


 かがんでギュッと抱きしめれば、天使も負けじと抱きしめ返してくれる。


 貴族の世界は食うか食われるかだ。

小さな子供ばかりのお茶会であっても大人達の思惑が絡み合う。

そこに異例の陛下の推薦による参加、しかも魔力0の何かといわく付き、最年少の小柄で人畜無害そうな美少女となれば、つまらないマウントを取ろうとする子息令嬢も出てくると思っていた。

それにうちの天使は本当に可愛い。

今回はませガキごみくずを引っかけなかったようだが、もし引っかけていたら間違いなく廃棄したに違いない。

口にしないだけで何かと辛い目にあってきたはずだからこそ、正式なデビュタントまで自領でのびのび過ごし、デビュタントの際には側について守るのだと決めていたのに····あのクソ狸め。


「焦らなくていいんだ。

何ならこの領でずっといてもいいんだからね、私のアリー」

「ふふふ、父様大好き」


 そんなやり取りをしたはずだ。

なのに、何だこれは!


「ブルグル皆殺しだな」

「僕もお手伝いします、父上」


 天使の手首に下衆な手垢つけやがって。

多少の護身術の心得でもあるのだろう。

小さな関節をわざと捻って痛めつけていた。

平静を装っているが、それなりに痛かったはずだ。

以前からブルグル公爵は何かと難癖をつけては揚げ足を取ろうとしてきたが、全て論破してきただけに私への印象が悪かったのは知っている。

嫡男がバルトスの部下となったのも恐らく気に食わないはずだが、双子達にアリーを攻撃するよう指示でも出していたのだろう。


 幸いレイヤードの機転と第二王子が関わった事で証拠と証言が手に入った。

皆殺しは冗談だが、皆潰しはしてやろう。


 念の為、全ての映像を確認する。

アリー、本当にお腹いっぱい食べたのか。

食いしん坊な天使で可愛すぎるだろう。


「バルトスを呼んでおいてくれ」


そう言って私はアリーの部屋へ急いだ。

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