二大騎士団長出陣

 混乱に陥ったものの、観客の避難は驚くほど速やかに進んだ。


 敵方が動いた際は迅速な対応が必要なために、係員だけでなく騎士団までもが配置され事の収拾に当たっていたからである。


 問題はバリアを破った怪物。観客の避難が早いとはいえ帝国闘技場には多くの人々が入場していた。悲鳴をあげながらワラワラと動く観客へ注意が向かないはずもなく。


「オオォォオオオッ!」


 上級炎魔術『アトミックレイ』


 怪物の両手に炎が握られる。それを束ね、観客席へ向けて灼熱の熱線を放った。


「なっ!?中級雷魔法『ライトニング』!」


 ハイが稲妻で光線を迎撃しようとするも、エネルギー量もまた格別であり、熱線は難なく耐え逃げ遅れる人々を焼き溶かそうとする。しかし、ここは帝王のお膝元。そう何度も無礼を許すほど意味の無い場所ではないのだ。


 特別区観戦席最上階より、ガラスを突き破り落ちてくる影が一つ。軽やかに着地したのは軽装に身を包んだ齢30前後の男性だ。


「おいたが過ぎるわよ!」


 男性が杖を振りあげれば、熱線の射線上で地面が盛り上がり分厚い壁となる。熱線はある程度土の壁を溶かした後に爆発を起こした。


 注意をひいた男性へと再び熱線を放とうとする怪物。しかし次の瞬間、上空から降り注ぐ氷塊の雨に打たれ地へ叩き付けられた。


 怪物が空を睨む。ゆっくりと降りてきたのはクリスティーヌ騎士団長ヘレン・クリスティーヌ。怪物を前にしてしかし、微塵も恐れや焦りは抱いていない。


「陛下の前でガラス壁を突き破り飛び出すとは。驚いて肩が跳ねていたぞ。後ほど叱られるかもな」

「あらいけない。でも許してくれるわ。あの熱線を民に撃たれたらとんでもない事になっちゃってたわよぅ」

「……まったく、キミの判断の速さには毎度舌を巻くよ。でもよかった、前回も前々回も優勝者と戦ったのは私だったし。腕は落ちていないようだね、ヨルン」

「貴女こそ、戦い続きでバテてないようで何よりだわクリスちゃん」


 くねくねと身体を動かす彼こそ、ヨルン騎士団をまとめるナラクンナ・ヨルン。少々問題を起こすことがあるが、公私共に善性をもって行動するれっきとした騎士団長である。


「クリスティーヌさん…」

「ハイ殿。貴方は控え室へ行って、残っているトーナメント参加者たちを連れて闘技場から脱出してくれ」

「でも…」

「大丈夫よぉ。私たちだけでなんとかなるから、早くお行きなさいな」

「……わかりましたヨルン…さん?」

「あたしオカマなのよ、好きにお呼びなさい」

「え…オカマ?」

「そうよ、オカマよ。……なんか文句ある?」

「い、いえ!何もないです失礼します!」


 風の魔法力によるブーストでその場を去るハイ。クリスティーナは苦笑いでヨルンを窘めた。


「またそうやって杭を打ち込んで……面白半分に人を威圧しないでくれないか」

「反応が可愛いのがいけないのよぉ。ハイくんいいわね、食べちゃいたいくらい」

「まったく……気を引き締めてくれ。彼もそろそろ抑えが効かないようだ」

「ォォ…ォォォオオオオッ‼」


 上級炎魔術『フレアストーム』


 怪物が地面へ両手をつく。流し込まれた魔力は拡散し幾つもの火柱となって吹き出した。


「付与魔法『エンチャント・フレイム』強化魔法『ブロック』。これでいくらかはマシになるはずよ」

「ああ、助かる」


 瞬間、火柱が2人を飲む。怪物が手に魔力を溜め熱線を放とうとした時、火柱から2人が飛び出した。


「スキル【離反詠唱】【無詠唱】【魔法力覚醒】発動!」

「スキル【無詠唱】【魔法増強】【急加速】発動!クリスちゃん!」


 ヨルンから強化魔法『マジックパワー』と弱体魔法『マジックハック』が飛ぶ。クリスティーヌの魔法力の質が上昇するも、魔力耐性を下げる弱体魔法は効果を発揮しなかった。


「あら、レジストされちゃったわ」

「充分さ!」


 上級炎魔術『アトミックレイ』


 クリスティーヌが答えると同時に怪物の手から熱線が放たれる。クリスティーヌはそれを付与魔法『エンチャント・フライ』で空へ飛び回避。魔法力を練り上げ氷の属性へ変えていく。


「暑そうだな。涼しくしてあげよう」


 上級氷結魔法『ブリザード』


 凍てつく冷気が氷の刃とともに怪物を襲う。怪物は火を起こし対抗しようとするも、氷の魔法力の激流によって火の魔力は魔術を形成する前にかき消されてしまう。


 それならばと怪物は地面に手を付け魔力を放出、赤熱した地面が爆発しその中へと潜って行った。


「あら、土の中に潜っちゃったわね」

「あの熱線や火柱を出されたら厄介だな。引きずり出そう」

「そうね。それじゃあ、ほい!」


 ヨルンが地面に手を付け土の魔法力を流し込んでいく。柔らかくなっていく土の感触を確かめると、クリスティーヌへ合図を出した。


 宙に浮くクリスティーヌは杖に魔法力をかき集め、風の魔法力へと変換させる。出来上がるのは風の大槍。魔法ではない魔法力操作の応用だが、スキルと強化魔法の重ねがけにより魔法並の威力を確かに持っている。


 柔らかくなった地面へ風の槍を撃ち込み、爆発させる。土とともに怪物が吹き飛ばされ姿を現した。


「ォ……ォォオオオ…」

「よし、出てきた。畳み掛けよう」

「ええ。せっかくの魔闘会を台無しにしてくれちゃったおバカさんには、相応の罰を与えなきゃあ」


 2人が魔法力を練り上げ始めたその時、特別区観戦席の最上階で爆発が起こった。


「な、なにっ!?」

「まさか、この怪物ちゃんは囮!?これだけの戦力を陽動に使うなんて!」


 怪物の力は凄まじい。敵の狙いは怪物を使って破壊の限りを尽くすつもりなのかと予想していた2人は完全に虚をつかれた。


「すぐ応援に駆けつけないと!」

「でも、この子はどうするのよ!まだ余力はあるみたいだし、あたしたちが離れるわけにはいかないわぁ!」


 吹き飛ばされていた怪物が起き上がる。その目からは未だ闘志の火が感じられる。傷も思ったよりも少なく、戦いを続けるには充分な様子だ。


 二手に別れようにも、先の戦いでこの怪物は一人で倒せるほど軟弱ではないことがわかっている。観戦席を襲った相手の実力も未知数。一人という半端な増援で果たして足りるかどうか。


「仕方ないわ。クリスちゃんは行って!」

「だけど、ヨルンはどうする!?」

「押さえてみせるわ!貴女だけでも帝王様の元へ!」

「……ぐっ、しかし…」


 ヨルン一人で怪物を相手取ることもまた難しい。しかし何より守らねばならないのは帝王。いよいよ腹を決めかけたその時だった。


 まさに飛びかからんとしていた怪物が巨大な爆発に飲み込まれた。


「!?」

「これは……魔法!」


 上級炎魔術『アトミックレイ』


 怪物が後ろへと振り向きざまに熱線を放つ。しかし熱線は突如空中で停止し、怪物へと跳ね返された。


「ォォオオオッ!?」


 怪物の巨体が倒れ、2人の向かい側の様子が明らかとなる。そこには幾つもの人影があった。


「クリスティーヌさん!ヨルンさん!お待たせしました!ここは僕たちに任せてください!」


 避難を指示したはずのトーナメント参加者たちが、戦闘態勢で揃っていたのだった。

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