襲い来る悪意

 闘技場の地下。人通りの少ない通路に少年はいた。


 第1ブロックにて波乱を巻き起こした彼は、周囲をしきりに見回しながら廊下の隅に座る男の前に立った。


「ブロック突破しました……」

「当然だ。お前に宿るその力は、他の者が持つ魔法力など足元にも及ばぬ。それはそれは偉大な物なのだ。使わせていただいていることを感謝し、誇りに思うんだな」

「はい……」


 男は魔道具を取り出すと、伝達魔法『メッセージ』を発動した。


「指定したトーナメント参加者に付け。処理共に他者にはくれぐれも気付かれるな」

『はっ』


 魔道具を切ると、男は興奮した様子でしきりに舌なめずりをしながら少年に文字が彫られた紫色の石を渡した。


「もし、その力を発現させてもなお試合模様が怪しい時は使え」

「こ、これは…?」

「一時的に力を増強させる魔道具のようなものだ。その力を発現させれば前大会優勝者と魔闘会覇者以外に遅れをとることはないだろうから、あの2人との試合用と思えばいい」

「………………」


 少年は石を手に取るのを躊躇った。しかし、男の言葉で顔が変わる。


「あと少しでお前の仕事は終わるのだ。あと少しだ。私が合図すれば、すぐにアレの命は消える。ここまで来てつまらん抵抗をするな」

「っ、はい」

「わかったならいい。さっさと控え室に戻れ」


 少年は石を受け取り、その場から立ち去ったのだった。





 参加者たちは、思い思いの場所で昼休憩を過ごしていた。


 共通控え室で他の参加者を観察する者、個人の控え室で休息をとる者、作戦を確認する者などなど。


 そんな彼らに、魔の手が迫っていた。


 まず気が付いたのはロウだ。先程まで投影術の魔道具近くの壁によりかかっていた参加者がいない。


 周囲を見回してみると、何人もいた参加者が数名消えていた。


 場所を移したのかとも思ったが、何か違和感がある。軽く杖をつき魔法力を探知してみれば、僅かな魔法力の残滓を発見した。


「………………」


 ロウが移動を開始した。目指すは個人控え室、最も会いたくない前大会優勝者の元だった。





 個人控え室にて、特大剣を壁に掛け、俺は軽く身体を伸ばしていた。


「……はぁ、まったく」


 無意識にため息が出た。それは先の試合で疲れたからという訳ではなく。


「……合わないな」


 相手の攻撃を受け止めるのではなく躱す。その慣れない戦法に不満があるのだ。


【スーパーアーマー】などのスキルを使わないのには自分なりの考えがあるからだ。手の内を見せないなどの策としても機能するソレのために、スキルを使わずに試合を乗り越えなければならなかったのだが……。


 やはり今までの戦闘スタイルとは違ったことをすれば、動きもぎこちないものとなり不自然さが出てきてしまうのだ。


「………………」


 久しぶりに暴れようかと思っていたのだが、騎士になるためにはなんとしても勝ち上がらなければならない。


 それを無しにしても、今回の魔闘会はなにやらきな臭い。用心するに越したことはないだろう。


「……はぁ、素振りでもするか」


 俺は立ち上がり、壁に掛けた特大剣へと近づき……壁へと腕を突っ込んだ。


「ゴッ!?」

「……フンッ」


 壁に隠れていた不届き者の首を掴むと、壁から引きずり出し床へと叩き付けた。


「が…あ……なぜ…」

「……土魔法の応用で壁の中に潜み、相手が得物を取ろうとした所へ奇襲と言ったところか。だが残念ながら、俺は魔法力に敏感でな。潜んでいることなど部屋に入った時からわかっていたぞ」

「ぐっ、かかれぇ!」


 床から、壁から、天井から曲者が現れる。すでに詠唱は済ませていたのか、次々と魔法が放たれた。


 俺の頭付近に暗いモヤのような物が現れ、次いで霧のような物が身体にかかる感触。そして最後に首へ刃物が突き付けられた。


「……は…?」


 しかしそのどれもが無駄だ。すでにスキル【スーパーアーマー】と【状態異常無効】を発動してある。


 暗いモヤは相手の視界を暗闇で封じる状態異常魔法『ブラインド』、そして霧は相手を麻痺させる状態異常魔法『パラライズミスト』、刃物はその姿を確認できないため付与魔法『エンチャント・インビジブル』か。


 そのどれもが暗殺などに用いられる魔法だ。なるほど、俺の懸念は当たっていたらしい。


「ナイフが……刺さらない?」

「それどころか状態異常にも…」

「く、くそ!撤退するぞ!」


 土魔法で再び潜ろうとする賊。しかし、それを俺が黙って見逃すわけもない。


 床に転がっていた賊を蹴り、ぶつけることで魔法を阻止。次いで特大剣を掴み取り一薙ぎ。剣の腹で賊どもの頭部を殴打した。


「……ふむ」

「は、ヒィッ!?」


 足を振り上げ、床を踏み抜く。未だに潜んでいた賊は怯み、その隙を突き顎を蹴り抜いた。


 脳をゆらされた賊は沈黙し、今度こそ身を取り巻く危険は去った。


 外から感覚の早い音が近付いてくる。戦闘を聞き付けた誰かが駆けつけてきたのか。


 扉が勢いよく開かれ、顔を出したのはハイだった。


「どうした!何かあったのか!?」

「……賊がいた。他にも仲間がいるかもしれん。参加者たちに警告をしなければ」

「……いや、すでに行方不明者が何人も出ている」


 第三者の声。いつの間にやら、ハイの背後にロウが立っていた。


「いま無事なトーナメント参加者は、俺たちを含めて8名。探知を行ったが、すでに賊どもは闘技場から出ているようだ」

「そんな……狙いはいったい…」

「……ひとまずこの事態を係員に伝えねば」

「そうだな」


 転がった賊をロウの捕縛魔法『バインド』で纏め、俺が端を持って引きずる。


 俺は未だに燻る予感めいたものに、これからの魔闘会の行く末を案じるのだった。


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