第56話 閑話 世界樹

≪…暗い…≫


私は世界を調律する存在として、この世界が生まれたときの神より創造された。


≪…怖い…≫


ところが、この世界に人間が誕生し、人間は瞬く間に世界中に勢力を広げ、世界の秩序を乱し始めた。


≪…寒い…≫


そんな中、ある人間の国が私の力に目をつけた。私の葉には高い癒しの力が、枝には高い魔力適合性があり、それぞれ薬や魔道具の良い素材になったためだ。それに加えて、魔力には世界を調律する力があり、様々な兵器に転用することができることが広まったため、奴等は目の色を変えて私の捜索を始めた。


≪…寂しい…≫


ついに私は見つかり、長い年月をかけて隷属魔法を受け続けて、ある時意識を失った。長い眠りのなかで、次第に力が失われていくことだけは理解できていた。


≪…辛い…≫


残りの力があとわずかであることを認識し自身の消滅を覚悟していたある日、突然、隷属魔法が解除され意識を取り戻した。


あんなに若々しかった自分の姿が、こんなに丸裸で弱々しくなっていることに泣きそうになってしまったが、目の前に人間子供がいることに気づき声をかけた。


≪…だ…れ…?≫


黒目黒髪の美しい人間の子どもは、真っ直ぐこちらを見つめて挨拶をした。


「俺はコウスケといいます。ドリアードのドリアンからのお願いで、あなたを助けに来ました。」


ドリアード!?最後まで私を守ってくれた世界樹の護り手!生きててくれたのね!あぁ、最後にその事を知れただけでも良かった…。


そうか、ドリアードは“ドリアン”という名前をもらって楽しく暮らしているのね。


…黒目黒髪…女神の寵愛…聖剣…ダンジョンマスター…闇の精霊…シャドウドラゴン…理を越えた存在……


≪…そ…う…ですか。ドリアードが…。“隷属魔法”を解除していただき、ありがとうございます。でも、見ての通り、私はもう駄目です。ドリアードには、間に合わなかったと伝えてください。…それにしても…理を超えた聖剣を持つ異世界の勇者…ですか…。フフッ…最後に…あなたに出会えて良かった…。≫


そう私が言うと、コウスケ様は悲しい表情をして、時空間収納からダンジョンコアを取り出した。


「あなたがこの世界からいなくなると、モンスターが強化され、動植物が弱体化してしまうと聞きました。我が儘を言って申し訳ありませんが、俺がダンジョンマスターをしますので、ダンジョンコアになってくれませんか?」


その驚く提案に、私は暫く考え込んでしまった。


私がダンジョンコアに!?


いままで考えたこともなかった…


世界を静かに見守り陰ながら調律してきた私が…世界に負荷をかけるダンジョンコアに…


最後には人間に隷属させられ搾取されるだけの存在で終わる筈だった私が…


もう一度、コウスケ様の顔をみると変わらず迷いの無い表情をしていた。


…私はもうじきここで死ぬ存在…これからは、自分の好きに生きてみるのも良いかもしれない…


……


…女神様…私は自分の信じる道を進みます…


≪…………、あなたの言葉を信じましょう。お願いします。≫



ダンジョンコアが私に吸い込まれ、激しい光を放った。


……


光が収まると、私の体は小さな木龍になっていた。いつでもコウスケ様の側にいれるようにと願ったのが聞き入れられたようだ。


『フハハ!“緑色”で“ドラゴン”とは、コウスケが好きなモノづくしではないか!』


コウスケ様が“緑色”と“ドラゴン”が好きなことを知って、身体中が沸騰しそうになるほど歓喜してしまった。


≪そうなのですか?コウスケ様についていくのに巨大な樹の姿では不便かと思い、木龍を模してみました。しかし、ダンジョンコアとは素晴らしいですね。新しく生まれ変わった気分です。コウスケ様との強い繋がりも感じます。≫


身体が動かせて、自由に空が飛べる…


暖かい何かで心が繋がれる…コウスケ様の記憶や感情の一部が流れ込んでくる…これがダンジョンマスターとコアの絆…


新しく得た様々な感情を噛み締めていると邪魔者が現れた。


パチ!パチ!パチ!


「素晴らしいッ!≪世界樹≫が甦ってリーフドラゴンになるとはッ!これでまた≪世界樹≫のエネルギーが使えるようになる。感謝するよ≪ハズレ≫。」


私を暗く寂しい地下牢に閉じ込め搾取した愚か者ども…。私から奪った力でスキルを封じる結界―絶界―で私達を囲ったのか。


本当に不快な生き物…。他者から奪うことしか考えていない。これからは、このような愚かな生き物に屈したりは決してしない。


「君達は、まんまと誘き出されて特別製の檻に閉じ込められたんだよ。早々に諦めて大人しく“隷属”されてくれたまえ。」


なにを勝手な。このような愚か者が支配する国など滅びてしまえば良いのに。


そう考えていると、コウスケ様が≪闇の精霊≫の真名を呼び、精霊との最上位契約である魂契約を締結した。


…す、凄い…、精霊の力が弱まっている時代に魂契約を行い、これ程の力を引き出すなんて…。これならば、絶界の中でも力を行使できるはず。


……


そのあとは、一方的だった。コウスケ様が一・二回攻撃をすると愚か者は戦闘不能となり、あっさり退却していった。


……


もしかしたら、とんでもない方のダンジョンコアになってしまったかもしれませんね…フフッ…。これから末長くよろしくお願いします。

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