杞の国の二人

「もし天が落ちてきたなら、どのようにしたら良いだろうか」


「日や星や月が落ちてきたら、私も君も、ただでは済まない」



真剣な面持ちで何を言うかと思えば、有り得ないような未来を語るものだから、私は呆れ果ててしまった。


「なんですかそれ。安心してください、そんな事は起きませんから。ほうら、天なんて、こんなに遠いんですよ」


「絶対に起きないという証明もできないだろう。遠いからこそ大きくあり、もしも落ちたならば、逃げ延びることは、困難を極める」


おどけて天に手を伸ばした私に、変わらず彼の人は、ごく真面目にそんな非現実を語った。

見慣れた瞳、真っ直ぐ正直な光を、私はふと見つめる。


「馬鹿だなあ。そんな余計な事を心配してどうするんです。証明はできませんけど、それこそそんなことが起こるようものなら、私たちは二人まとめてご臨終ですから、考えるだけ無駄ですよ」


「だから恐ろしいのではないか」


彼の光が私の姿を捉えるから、どきりとした。

この瞬間の、光や、空気や、漂う時間までに、私の心は簡単に、小さくなる。

胸が狭くなる。


「私にはもっと、恐ろしい事がありますよ」


彼の人は眉をひくりと動かす。


「何だそれは。これ以上に何を恐れる?」


瞳を少し憂いて揺めかせながら、それでも彼の瞳は吸い込まれそうなほどに、きらきらと光っている。


「教えてくれないか」




……その光が。私ではない誰かを照らすことが。捉えて、離さないことが。もし起きたならって思うと。

何よりも、天が落ちるよりも。日や星や月が落ちるよりも。

私、恐ろしいです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る