湖には竜が住んでいる

湖には竜が住んでいる。


行き止まりなんだから、神秘もそこに溜まるのさ。

川じゃどうにも速すぎる、海じゃどうにも広すぎる。

だから竜は湖に住む。



そうだ、面白い話があるぜ。

この間な。遠方から一人でやって来た旅人が、どじやって湖に落ちたのさ。


そいつ、どうなったと思う?



流石の竜も哀れに思って、救い上げてやったか。

それとも無断で押し入られたって気分害して、すぐ様追い出したか。

不愉快だからって、そのまま死の底に引きずり込んだか?





そいつは目立った特徴のない奴だったが、とびきり優しい奴だったのさ。

そう、心が綺麗だったって言うと、わかりやすいな。


竜もうっかりだったのか、もしくはわざとだったのか、そいつが湖に落ちたとき、そいつの前に姿を見せた。

深藍色の中、無数の泡の隙間から、一瞬だけ目が合ったんだと。


気付いた時には、びしょ濡れのまま一人で、湖の傍に倒れてた。




それからそいつは旅人を辞めて、湖の傍に小屋を建てて住み出したのさ。

竜は陸の上でのことはどうこうできねえから、それを黙って見てるしかないわけだ。


いやあ、この話を聞くと、人から神秘だなんだって呼ばれる竜でも、可愛い所があんだなあってな。


どうだ、興味があるなら、その湖まで案内してやろうか。


あんたのような人なら、きっとあいつも喜ぶだろうから。

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